シュークリーム

かきすて(第22話)

吉田柚葉

小説

1,379文字

四年ほど前に書いた小説です。保管がてら投稿します。

電車が停車のために速度をおとした。

とおくに見える果樹園が夕陽にかがやいた。もうひとつきも雨がふっていない気がした。

――このままずっと雨がふらなかったら、あの果樹園もやがて砂漠と化すだろう。

それはじつに幸福な想像であった。しかし家の最寄駅でおりてそうそうにスコールがきた。わたしは駅の入口で雨がはれるのをまった。

さいきん、ずっと耳なりが絶えない。医者はストレスのせいだと言った。妻はあからさまにめんどうがった。電車のなかや、この音の壁のごとき雨の音は、だから、ありがたかった。きこえるものもきこえないものも、ひとしくかきちらしてくれるからである。

五分ほどすると、目のまえのバス乗り場に、家のちかくに行くバスがきた。わたしは車酔いがしやすい体質だった。だが今日は娘の誕生日であり、すでに昨日の晩から、明日は早くかえると約束していたので、これに乗らないわけにはいかなかった。

車内なかほどの席に腰かけた。ハンカチで雨に濡れたスーツの袖や頭をふいて、しずかに外をながめていると、やはりバスの揺れはひどく、においは悪質で、すぐに吐き気をもよおした。

家に着くと、妻がでむかえてくれた。目のしたにはひどいクマがある。かのじょによると、娘は二階のじぶんの部屋で宿題をしているとのことだった。

「あれ、ケーキは」

と、妻は言った。

どきりとした。そういえば、駅ちかくのケーキ屋でホールケーキを予約しているのでかえりに受けとってこいと、家をでるさいに言われていたのであった。

「ごめん、わすれていたよ。すぐもらってくる」

そう言ってわたしは、玄関の傘立てにあった、百円均一で買ったらしい、みじかい傘をぬいて、家をあとにした。妻はなにも言わなかった。

雨はこぶりになっていた。だが、たかだか40センチほどしかない傘では、頭をかくすのでせいいっぱいだった。わたしは水をかぶるかっこうだった。ケーキ屋まではあるいて十五分ほどかかる。妻のくもった表情を想像すると、頭がおもくなった。

――妻がとりに行けば良いのだ。かのじょは一日中家にいるし、ペーパードライバーのわたしと違い、よく車を運転するのだから、スーパーに買い物にいくついでにでも、ちょっととってくれば良いではないか。

また、耳なりがした。

自転車がベルを鳴らして、となりを過ぎていった。

足もとの水たまりに、さきほど車窓からながめた、果樹園のけしきを見た気がした。照りつける空のもと、きらきらとかがやいていたのは、はたして何の実だったのだろう。時期としては、さくらんぼか桃、あるいは葡萄なのだろうが、わたしにはそのいずれにも見えなかった。何か、黄金にかがやく……。

わたしはケーキ屋にいそいだ。耳なりはぬけきらなかった。

ようやっとケーキ屋に着いて、店員に予約のことを告げると、すずしい顔で、ご予約はうけたまわっておりません、と言われた。わたしは、いや、そんなはずはないのですが、と言って、妻に電話をかけようとカバンのなかをまさぐったが、スマートフォンは見つからなかった。会社に置いてきたらしかった。わたしは、どうせ駅はすぐそこだしとりにもどろうか、となかばほんきでかんがえ、そのかんがえのバカらしいことに気づいて、しかし、わらえなかった。

店員は幸福そうに、にやにやとわらっていた。

わたしはじぶんのためにシュークリームをひとつ買って店をでた。

 

2021年2月13日公開

作品集『かきすて』第22話 (全28話)

© 2021 吉田柚葉

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