二〇一九年のスロウ・ボード

絶世の美女(第1話)

吉田柚葉

小説

7,532文字

『中国行きのスロウ・ボード』を読んで面白かったので書きました。

さいしょの中国人にであったときの記憶はもちろんないのだけれど、二〇一九年現在ぼくは日常的に中国人といっしょにしごとをしている。

というのも、ぼくはECサイトを運営している日本の会社で広報を担当しているのだが、商品ページのライターがみな中国人なのだ(紆余曲折あってそうなった。もともとライターは日本人で、ぼくもさいしょはライターとしてやとわれた)。

ライターたちは中国の事務所で商品ページを作成しており、まいにち、ページの下書きがエクセルファイルでおくられてくる。ぼくはそれに赤をいれて、チャットでライターたちとやりとりをする。広報と言っても、インフルエンサーにPRを依頼したあとはユーチューブの動画やインスタグラムの投稿がしあがってくるのをまつだけなので、さいきんはこの商品ページの添削がおもなしごとになっている。

ライターたちの書く日本語は、はっきりつたない。日本に留学経験があって、日本語検定一級を取得ずみのひとだけをやとっているとのことだが、書くことははなすことにくらべ、またひとつ次元がくりあがるむずかしさがあるのだとよくわかる。

「文章には必ず助詞を入れるようにしてください」

ぼくはテキストボックスにそんなコメントをいれた。なんども同様の指摘をしているのだが、なかなか改善されない。助詞ということばがわからないのかとおもい、「テニヲハを意識してください」と言いかえてみたこともあったが、そうすると、「意識してください」という表現がつたわっていない気がして、しかし、その程度の表現をしらないで日本語の商品ページなど書けるものか、とつきはなしたいきもちになる。だから、いまはもう余計なことをかんがえず、「やさしい日本語」なんぞくそくらえの方針で指摘する。わからないことばがあればそっちでしらべてくれというわけだ。

それから、商品のキャッチコピー案についていくつかだめだしのことばをいれ、添削した下書きのファイル名のうしろに「古田チェック済み」ということばを追加して担当のライターにチャットでファイルをおくった。一時間ほどたって、その修正にかんしてライターからメッセージがきた。

自分はたぶん、キャッチフレーズが他のメーカーのものと類似することを避けてます。多くのメーカーが「磨き残しゼロ」とよく使ってましたから、これを使うとインパクト無しと考えます。それは、間違った考えでしょうか。。。

このライターは、いま、電動歯ブラシの商品ページをつくっており、もう一週間ほどもそのキャッチフレーズにあたまをなやませている。「メグミ」というチャットのアカウント名以外はかおも本名もしらないのだが(おどろくべきことに、この会社ではそれがふつうなのだ)、こちらの意見を歯牙にもかけぬライターが大多数をしめるなかで、この子だけはしつこくぼくに助言をもとめてくる。なんでも、入社してまだ一か月ほどの女の子で、こんかいがはじめてまかされたしごとなのだという。

他社と全く同じキャッチフレーズはよくありませんが、ある程度似るのは仕方ないかなと思います。それに、「磨き残しゼロ」は、他社と似る以前に、当然のようによく使われる言葉なので、考える方向性自体をがらっと変えてみても良いかもしれません。

そんなメッセージをおくった。十分ほどまって返信がないので、昼休憩にはいることにした。

事務所ちかくのカフェにはいった。窓ぎわのせきに同僚の堤さんが見えた。こちらに気がついて、手をふられた。つづけて手まねきされたので、ぼくはかのじょとむきあってすわった。

「さいきん、いそがしそうにしてるね」

いじっていたスマートフォンをテーブルにおいて堤さんは言った。すでに食事はおわっていて、手もとのプレートにはすこしだけ赤いソースがのこっている。

「新人ライターの子のドラフトをチェックしてるんだよ。なんども相談されるんだ」

「めずらしいね」

堤さんは目をまるくした。目をまるくするようなことなのである。

「新人の子なんだ。まだあっちにそまっていないから、言うことをきいてくれる」

「なるほどね」

ぼくは堤さんに食べたものをきいて、おなじものを注文した。やがてプレートがきた。和風ハンバーグを主としたプレートだ。

しばらくたわいのない会話がつづいた。天気のぐあいとか、さいきんよんだおもしろい小説のこととか、そういった話題だ。

「わたし、らいげつ退職するの」

はなしがとぎれたときにだしぬけに堤さんはそう言った。ぼくは口にハンバーグをふくんでいたので、堤さんの目をみつめて、しっかりとうなずくにとどめた。堤さんにはまだなにかことばをつづけそうな雰囲気があったが、一瞬の逡巡ののち、左手の腕時計をちらりと見て、たちあがった。視線がぶつかる。

「じゃあまたね。いっしょにはらっておくから、こんど会ったときにかえして」

そう言って堤さんは去っていった。有無を言わさぬいきおいがあった。

ぼくはなるべくなにもかんがえずに食事をつづけた。メグミの商品ページのことも、堤さんのことも、いまはよこにおいておきたかった。

最終的に、赤いソースは堤さんよりもおおくのこした。あまりこのみのあじではなかったのだ。

事務所にもどると、チャットにメグミからメッセージがあった。

あらたなキャッチコピーをかんがえたとのことだが、いかにもどつぼにはまった案がおくられてきていた。それは「安心」ということばを強調したものであった。

「安心」という言葉は「不安がない」状態のことだと思うのですが、歯磨きにとって不安とはどういう状況でしょうか? 歯磨き中、不安に感じたという経験がないので、「安心」という言葉に少し違和感があります。あくまで個人的な意見です。

そう、かえした。すると、

そうですか。そうしたら、ちゃんと磨けるかないかが分からず、分かるようになったら、どの心境の変化が起こりますか?

と、きた。「安心」ということばに誘導したいおもわくが見てとれた。

ここでメグミのことばにやすやすと誘導されて、うっかり「安心する」とこたえてしまうことは、たいした問題ではない。ぼくのうっかりと、かのじょのつくるキャッチコピーの不適格さは関係ないからだ。だが、あえて言い負かされてやるたぐいの人間的成熟は、ぼくにはまだなかった。

歯が綺麗になったら「良かったなあ」と思います。あまり歯磨きで悩んだことがないです。

これは、しょうじきな心情である。だが、そんなにんげんの意見をとりいれることがこの商品ページにとってよいことなのかは判然としない。「あくまで個人的な意見です」とことわってはいるが、しごとにのぞむ態度としてふまじめなのは、いなめない。だが、この商品ページがかのじょのしごとである以上、どうしたってぼくはどこかふまじめでなければならないのだ。

それにしても、中国語と日本語は、ちっとも似ていない。おなじく漢字をつかっているため、似たものだとおもっているふしが、じつは日本語習得中の中国人のほうにもある。じっさいのところ、メグミがつかっている「安心」ということばとぼくたちがふだんつかっている「安心」ということばには中国と日本の物理的な距離以上のへだたりがあるのだ。だから、このチャットでのやりとりも、表面上は議論のかたちをとれているのだが、ほんとうは致命的なまでにかみあっていない。

そのつぎにおくられてきたキャッチコピー案は、「楽しく正しく口ケア!」というものだった。ぼくは「口ケア」ということばが「口腔ケア」および「オーラルケア」ということばの誤りであることを指摘するにとどめて、それはそれとして、もういちどかんがえなおすことをうながした。

けっきょくその日も、商品ページの下書きは完成にいたらなかった。かのじょがこの電動歯ブラシにかかりっきりで、ついぞ完成しないことに、社内では問題になっている。中国にはほかに二名のライターが在籍していて、いずれもメグミの先輩にあたるが、ぼくの見立てでは、かれらとメグミの能力にそれほどの差はない。メグミのページがしあがらないのは、ぼくに意見をもとめすぎるからだ。ぼくは、すくなくともぼくがつくるページの水準にいたらなければ、よしとは言わないつもりでいる。メグミのつくるページに完成の日がくるのか、それはぼくにもわからない。妥協という選択肢がぼくのなかでおおきなちからをもつのを、じつのところ、ぼくもまっているのである。

次の日の出勤とちゅう、すしづめの電車のなかでスマートフォンをかくにんすると、社内で使用しているチャットアプリにメグミからメッセージがきていた。エクセルファイルが添付されていて、「修正資料遅くなりましてすみません。できれば明日午後はチェック返信が頂ければ助かります。もし不明な点があれば、お電話はいつでもOKです~」とある。メッセージがおくられてきたじかんをみると、昨夜の二時すぎである。中国とは一時間ほどの時差があるとしても、メグミは深夜の一時すぎまで修正作業をおこなっていたということになる。たいしたものだとおもうが、よなかに書かれた文章にはあまり目をとおしたくなかった。やれやれ。

午前中いっぱいをつかって添削した。あたらしくかんがえたメインタイトルについてぼくにむけた補足の文章が書かれており、いわく、

「シンプルに使える」か「最適」かで迷ってますが、最適よりメリットが具体出来に分かると思うので前者にしました。

とのことだが、それについては、

シンプル:単純なさま。また、飾り気やむだなところがなく、簡素なさま。

何も機能のない製品が最もシンプルだと思うのですが、どういった意味合いで「すべての人がシンプルに使える一本!」という一文を書かれたのでしょうか?

と質問のかたちをとった批判の文章をそえた。ちなみに、「最適」ということばは以前にぼくが例としてあげたものである。

最終的に、いつもどおり、ほぼすべての文章に赤をいれた。そのファイルをメグミにおくって三十分ほどすると、これまでになかったメッセージがチャットにかえってきた。

今電話していいですか?

ぼくはちょっと緊張して、「はい。大丈夫です」とかえした。すぐに、チャットに着信があった。ぼくはスマートフォンにいれたチャットのアプリのほうで、その音声通話にでた。

「あー、シャです」

シャ、というのがメグミの本名らしい。かのじょの声にも緊張のひびきがあった。

「はじめまして。古田です」

とぼくは名のった。

「えー、みていただいたページについて、ちょっとおはなししたくて」

「はい。なんでもどうぞ」

と言うと、メグミはじぶんのつくったページについてその意図をかたりだした。メグミの日本語は達者であった。そして、文章を書くに際してロジックもちゃんとあるらしかった。かくも巧緻にじぶんを弁護できる日本語力をもちながら、ひとたび文章をものすと、あまたの単語が列の順番をみだしたように文意がとおらなくなることに、邪悪な手品でも見せられている気分になった。

ぼくはメグミがひととおりはなしおわったのをかくにんすると、つぎのようにはなしはじめた。

「えっとですね、メグミさんがいろいろなことをかんがえてこんかいの商品ページを書かれたことはよくわかりました。その意図はとてもよくつたわりました。でも、大前提としておぼえておいてほしいことがあって、それは、読んだひとにつたわらなかった時点でライターの負けなんです。つまり、メグミさんのページができあがったとして、お客さんにその意図がつたわらなかったとしても、こんなふうに電話して説明することはできないでしょう。だから文章は書かれていることがすべてなんです」

メグミは、「あー」と感嘆の声をあげた。

「これからぼくはいろいろと指摘させてもらいますけど、それはべつにメグミさんがきらいだからとか、メグミさんを傷つけたいからとか、そういうつもりはまったくありません。ぼくはメグミさんの味方です。あるいは味方ということばは、ちょっとちがうかもしれません。すくなくとも、メグミさんとぼくはおなじ目的を共有しています。メグミさんもぼくもこの電動歯ブラシがたくさんうれればいいとおもっています。この歯ブラシがたくさんうれるために、お客さんにこの歯ブラシの魅力をしってもらうために、いっしょに良いページをつくりましょう」

それからぼくはメグミのつくったページの大小さまざまな問題を指摘した。ことごとく助詞がまちがっていること。ある機能の説明のところでべつの機能の説明もくみこむのはやめたほうがよいということ。四字熟語をたくさんつかってもいまの日本人にはひびかないということ。説明が技術者の目線になってしまっていること。

それらはすでにエクセルファイルに赤字でいれたことの反復にすぎなかった。はなしながらふと気づいたあらたな問題はあえて指摘せずにおいた。

メグミはすべての指摘をすなおにうけいれた。ぼくの指摘のなかには、国籍のちがいからくる感覚のずれにかんするものが意外にもすくなかった。ほとんどが、ぼくが新人ライターだったころに指導されたものだった。であるにもかかわらず、精神構造のちがい、とでもよぶしかない、とほうもなく巨大なつたわらなさのかたまりのごときものを、ぼくの魂はかんじとっていた。

「じゃあ、がんばってください。とにかく一文一文をていねいに書くことだけを徹底してください」

そう言って音声通話を終了した。徒労、ということばがうかんだ。

それからもしごと中にひんぱんにメグミから着信があった。メグミはそのたびごとに、はい、はい、とぼくの指摘にすなおな反応をしめすのだが、つぎにおくられてくるエクセルファイルでは、指摘した箇所がまったくただされていないのだった。

ある日、上司から会議室によびだされた。はいると、上司とぼくのふたりだった。上司は、じつにびみょうなにがわらいを顔にはりつけて、

「あの、シャさんがつくっている電動歯ブラシのページなのだけど、いつになったらできあがりそうかな」

と言った。初稿がおくられてきてからすでに二週間が経過していた。もうすこしです、と言いたかったが、電動歯ブラシのページは構成ばかりがころころとかわって、改善ということばはあたらないと見えた。

「わからないです」

ぼくはすなおにそうこたえた。そうか、と上司はつぶやいた。へやはむしあつく、窓を背に上司のひたいがあぶらぎってかがやいた。

「それでな」

と上司はいいにくそうにつづけた。「どうも、古田くんのシャさんへの指導がパワハラにあたるのではないかと……、社内でそういう声がでているんだ」

寝耳に水であった。ちょっとのあいだ、ぼくはことばをうしなった。音声通話でメグミに指導をしているときにときおりかんじた、ほかの社員からの視線が、暗い意味をもってせまってくるのをかんじた。

「ぼくはただこうしたらいいという意見をシャさんに提示しつづけているだけです。電話だってぼくからかけたことはないし、どなりつけるとか、かのじょの人格を否定するとか、そういうことはいっさいしてません。ページがいつできあがるのかだって、このまえぼくはシャさんにしっかりこうつたえました。『ぼくの意見はあくまでぼくの意見であり、最終的にページのしあがりをきめるのはメグミさんだよ』と。これをパワハラと言われるのなら、もうぼくにはどんな指導もできません」

ぼくは一息に言った。

「ああ。もちろん、わたしは古田さんをうたがってはいないんだ。ただ、そういう声があったから、ほんにんにかくにんしただけだ。そうだよな。わたしも見ていてそうだとおもう。すまなかった。もうだいじょうぶです。もどってだいじょうぶです」

上司は、なぜだかひどくおびえて見えた。

ぼくはえたいのしれないうしろめたさをかんじながら会議室をあとにした。

その日の夜はなかなかねつけず、朝方になってようやくぼくの意識はあちら側に片足をかけた。気がつくと、スズメの死体をにぎっていた。石のようにかたくて、ずっしりとおもたかった。会社のゴミ箱にそれをすてて、それから、スズメの死体がお菓子だったことにおもいいたった。まずいとおもい、ゴミ箱に手をつっこんでお菓子をとりだしたら、それは卵だった。卵は容易にわれて、とろりとしたものがあふれた。視線をかんじてふりむくと、そこには堤さんがたっていた。まったくの無表情で、ぼくをみつめていた。口がうごいた。なにかことばを発したらしいが、つたわらなかった。が、なにかとてもさみしいきもちになった。

そのきもちのままぼくはふたたびこちら側にひきもどされた。卵の黄身と堤さんの無表情が、まだ見える気がした。それらをおもいおこそうとすると、とたん、こちら側に意識が凝固していき、どんどんとさみしさの感情が濾され、さいごには輪郭のはっきりした罪悪感だけがのこった。そう、罪悪感だ。

それが何にたいする罪悪感なのかは、わからなかった。わかろうとしていないのかもしれなかった。

しごとをやすんで、海にいった。ぼくのほかにはだれもいなかった。くもり空のせいで、海は死の色を濃くふくんで見えた。

自動販売機で缶コーヒーをかってのんだ。しばらく灰色の海をながめていると、どうしてもしごとのことが気になって、ジーンズの尻ポケットからスマートフォンをとりだした。メグミはぼくが有給をとったことをしらないので、きょうもまた、電動歯ブラシの商品ページの下書きがチャットでおくられてきていた。ぼくは海風にふかれながらそれをかくにんした。なやみになやんでかのじょがたどりついた商品のキャッチフレーズは、英語で構成されたものだった。それも、ごくごくかんたんな英文なので、英語が得意でないひとがおおい日本人でも、わかりよいとおもわれた。

わるくない、そうおもった。どうじに、この手はそうなんどもつかえるものではないともおもった。これをよしとしては、メグミのライターとしての成長にはつながらないだろう。だが、商品の販売開始にケツがある以上、こんかいはこれでいくしかないと、ぼくのサラリーマンとしての理性はつよくうったえていた。

ぼくはこれで良いと思います。できれば日本語が良いと思いますが、他の方にも意見を聞いてみてください。

そう、メッセージをおくった。とたん、なにかがじぶんの手からはなれていった気がした。

海をみた。とおくにふねのかげがみえた。日本人がのっているのか、中国人がのっているのか、アメリカ人がのっているのか、あるいはそれらすべての人種がいりみだれてのっているのか、なんにしてもそのふねはずいぶんととおいところにうかんでいた。

2022年4月17日公開

作品集『絶世の美女』第1話 (全7話)

© 2022 吉田柚葉

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