ママ友たちに愛を

絶世の美女(第2話)

吉田柚葉

小説

8,916文字

ゴールデンウィークに旅先で書きました。『甘い予感』というタイトルになるはずでしたがやめました。

平日のなんということもない日のひるさがりにきんじょのスターバックスコーヒーでノートパソコンをひらいているのはぼくがフリーライターをなりわいとしているからである。店内にはほかにもちらほら客がいてぼくと同様にノートパソコンをひらいている男性客もいることはいるのだがまず目につくのは女性であり、かつはママ友たちである。

ママ友たちはだいたいにおいて三人ひとくみでグループごとにもうしあわせたようにひと席あけてかたまってすわっておりぼくはしぜんかのじょたちにかこまれるかっこうだ。ママたちのなかには猿とキューピーちゃんの間の子みたいな赤ちゃんをかかえたママもいてなにかの拍子に赤ちゃんのなき声がパーンと破裂する。パーン、パーン、と。それを例外とすればかのじょたちの会話はきわめてへいたんで音楽性にとぼしくそのわりにひどくやかましいという地獄でいまもおもしろくもなんともないかるい自虐をよそおったマウント合戦をこころみてはガラスをひっかくような不快な声で下品に爆笑しているが、土地が、土地が、土地で、土地の、とことばにつまってそれでもおしゃべりをまえにすすめようと声が右肩上がりに上がってゆくひとりのママの猪突猛進たる様を横目に見てそのみにくく太りくさった容姿にふいにかさなるのはぼくが中学一年のころの音楽教師……、そいつは音楽教師のくせになぜだかぼくのクラスの担任をしていて朝のホームルームなどでよくぼくを視姦してきやがったのであった。そいつのなまえはもう記憶にないのだが、なんでもまだ三十代前半だとかで頬は庭にある白い石みたいにツヤツヤしていて目鼻立ちもけっしてわるくないのだがそのからだははちきれんばかりに膨張していてなにを食ったらそんなになるのかとふしぎだったのだが夏やすみあけにとつじょとして学校からすがたをけした。うわさによれば教え子に手を出したとのことだがじつはそうではなく、人身売買に手をそめていて、それどころかふだんから人肉を食していたというのは市長であるぼくの父からのたしかな情報である。

いいか公崇、そういうことはこの世の中ではそうめずらしいことではないんだぞ。弱肉強食というのはたとえではなく、そのままの意味なのだ。おまえはそういう世界で生きているのだということをよく自覚して、たべられない側でいられるように努力しつづけるひつようがある。

どう努力すれば良いの?

ありがたいことにこの世界の支配システムの中心には「世襲」がある。血の力、土地の力だ。おまえはおれのあとをつげば良いのだ。そして、さらにおまえの息子へとそのバトンをわたしていけば良い。

ぼくはあいまいにうなずいた。勉強とかそういうことを言われるとおもっていたのに、そうではなかったからだ。してみると生きる努力とはセックスをおこたらないということだろうか……。未来永劫この支配システムを継続してゆくためにおまんこしてくれる女をさがしてタネづけしようと頭をフル回転させる、それが努力ということだろうか。だとするのならばその素質はたしかにじぶんにそなわっていると思われた。ところであの先生はどうなったの? とぼくは父にたずねた。

もちろんたべられたさ、と父はなにをあたりまえのことをという感じでちょっとあきれた風に言った。からだ中すっかりぜんぶというわけではないが、たべられるところはたべられたよ。あの女はほんらいたべる側のにんげんではなかったんだ。それがなんの因果かこちら側に足を踏み入れてしまった。そうしたバグはかならず正されなくてはならない。だからルールどおりたべる側のにんげんたちにしっかりたべられた。単純明快たる帰結だ。

だれに、というのはさすがに口にしなかったが文脈上そのたべる側のにんげんのなかに父がいるのはたしかであった。あの音楽教師のはちきれんばかりに膨張したししむらはこの中肉中背の父の腹におさまり、すでにしてうんこになってしまったのだとおもうと、あれほど不快におもっていたかのじょの蛇のようにじめっとした視線がとたんに効力をうしなうようだった。とどうじに、父とそのうしろにひかえているさらに巨大な蛇がじっとりと舌なめずりをしているのがうっすらと見えるようで、このあとの人生を生きぬくにはとどのつまりセックスしかないのだとおもえばやはりきゅうくつを感ぜざるをえないわけだったが。

セックス、セックス、セックス……、と大いなる眠気にあらがうようにかんがえていると、土地が、土地が、土地で、土地の、と言っていたママが話題を変えたらしく、中富さんあれほんとメスね、メスよ、ほんとだれにでもまたをひらく、とそれっぽい話がきこえてきてじぶんの思考との持続性にハッとしかけるがそもそもママたちがはなすことといえばだいたいがそんなことであり、土地が、土地が、土地で、土地の、土地ということばこそが市長である父との思い出の記憶とのゆるやかな連関をしめしておりハッとするによりふさわしい。ようはかくも意気軒昂たるいきおいで艶聞に尾鰭をつけて矢継ぎ早に名誉毀損をしゃべりまくるでっぷりと太りちらかしたママもこの支配システムのなかにおいては中肉中背のぼくのきまぐれである日とつぜんステーキかなんかにされてみょうな夜会でお皿にならべられてしまう家畜の一頭にすぎないのであり、そうおもえば執筆をじゃまされることにも寛容になれそうではある。

とは言ってもさきほどから一文字も文章がすすんでいないのはまったく由々しきもんだいであった。ぼくのごとき弱小ライターはスピードこそがいのちであり書く文章の助詞がめちゃくちゃであろうと誤字があろうと脱字があろうとあるいはコピペであろうとパクリであろうとデッチあげであろうと朝に依頼をうけてその日の何時までにはぜったいに書きあげるというその信頼においてのみお賃金が発生する。今日中に提出せねばならない原稿は三本あり、それぞれ芸能(千字)、文芸(二千字)、映画(三千字)で、芸能と映画は午前中にやっつけたが文芸はまだほんの五百字くらいしか書いていない。これはぼくのしごとのなかでも比較的まともな部類にはいる人気ミステリー作家の新作の書評であり、本がおくられてきたのは二日ほどまえだが、そう言ってもじっくりと目をとおすじかんなどなくあらすじにてらしてざっくりひろい読みしてあとは紋切り型のヨイショをつらねてハイおしまいという予定だったところたびかさなる寝不足で集中力切れはなはだしく刺激をもとめてスターバックスコーヒーに来たまではよかったのだがこのようなママたちからの攻撃は予想外だった。いや、予想外というのは正しくなくけっしてこの攻撃は人生初のものではないのだ。寝不足のためにそこまで思いいたらなかったというだけのことだ。八時間ほど睡眠をとりきもちにゆとりがあれば平日のなんということもない日のひるさがりにスターバックスコーヒーになどいきもしないであろうに……。

とそんなことをかんがえているとじみめのメイクをした女性の店員がつかつかとぼくのところにやって来て耳もとでなにかを言ったのでききかえすとワンオーダー二時間制なのでまだここにいたければなにか追加オーダーをしてくれとのことだった。よくもまあ客がコーヒーをたのんでから二時間が経過したことを記録しているものだとおどろきあきれるとどうじに二時間もむだにしてしまったことに呆然とし、家にかえるのもまたじかんのむだなので手もとのマグカップにのこっていたコーヒーを一気にのみほしてレジに行きコーヒーを注文した。その一連のうごきによってすこし目がさめた気がしたが店員からマグカップをうけとって席につくとダンプカーのように圧倒的な眠気がなだれ込んできた。そこにママ友どもの笑い声とそれに食いぎみにかぶさってくる赤ちゃんのなき声(「あーーーーーーーーーーーーー!」)がまざるにいたっておんどれこの肉片どもがと原爆のうろこ雲のように瞬時に殺意がふくらんだ。おまけに人気ミステリー作家の新作は六人の高校生がじぶんたちのかよう高校でテロをおこすという筋のものであり、だからと言ってその行為に感化されたということではなく、くだらない三文小説に二千文字ものことばをついやしてほめちぎらねばならないというバカバカしさに大声をあげてわらいだしたくなったのだった。もしぼくがリュックサックのなかに拳銃をかくしもっていたとすればそれをむけるのはこのママ友どもかあるいはじぶんの脳天か、どっこいどっこいというところだった。
「俺たちは搾取されているんだよ」

と、小説の登場人物のひとりである母子家庭でそだった男の子は言った。かれの両親はかれがおさないころに離婚しそれからは水商売をなりわいとする母親とふたりでくらしているのだが例によって例のごとく母親はかれに手をあげる。タバコのさきを肌におしつける。口きたなくののしる。それは貧乏からくるストレスでありそのことをかれも理解しているからこそその怒りは最終的に社会すなわちかれにとっての社会である高校にむけられる……、と言ってもうこれ以上説明するのもばかばかしいが大衆小説というのはいまだにこれほどまでに類型的な人物設定と紋切り型表現の集合体なのである。それにしてもこの搾取ということばはちょっと文脈に合っていない感がある。せめて迫害とかだろうとおもうがともすればこれは作家の本音がポロリと現出してしまったのかもしれない。こんな知能のひくい低俗な小説をものさねばたべていくことができないたべられる側のにんげんであるおのれをかえりみての自嘲的なメタ表現なのかもしれない。そしてそのメタ表現に気がつき、かつはいくぶんかの共感からうんざりしてみせるおなじくたべられる側のにんげんである弱小フリーライター……、いや、たべられる側のにんげんに擬態しているたべる側のにんげん、すなわち現代の貴種流離譚の主人公たる「ぼく」というこれまた頭のいたくなる類型的な図式を頭で作成しているとテーブルの上においたスマートフォンがぶるるるるるとふるえた。着信だ。出ると、

あ、あなた?

と聞きおぼえのある蚊のなくようなかぼそい声。一年だけいっしょになって半年まえに離婚した女だ。生きているのか生きていないのか意識があるのか意識がないのか感情があるのか感情がないのか判然としないことのおおい女だったがセックスだけはすこぶるバツグンであった、一夜のうちに、それはもう意識がとぶようなケタちがいのエロエロな恐悦至極の性技のかずかずを恒久的にくりだすものだから腰もくだけた。緩急のつけかたも申し分なく、ときにはじらすようにときには刺激的に、あたかもそこに愛があるかのように、いや、まったく愛が欠落したかのように感情をも操作するかのごとく快楽へのあくなき追求を貪欲に実行しつづけるこの女は生来のセックスマシーンであった。だがセックスだけが良くても結婚は成立しない。

どうした? と問うと女はボソボソと何かを言ったが「あーーーーーーーーーーーーー!」という地面にヒビわれが生じるのではないかと心配になるほどの爆裂たる赤ちゃんのなき声がうるさくてまったく聞きとれない。ぼくは舌うちした。そうだこいつはとにかく声がちいさいのだ。だからなにを言っているのかが聞きとれずそれがふたりのすれ違いを助長した。離婚の決定打となるあの日のあの言い争いのさいにこの女は、あなたはなにも聞いてくれなかった! とようやっと絶叫したが聞かなかったのではなくただただ聞きとれなかったのである。そうつたえたかったのだがそのときも原稿の締め切りにおわれていて手がはなせず、漫才のボケとツッコミじみたやりとりを突破口にして男女の関係修復へとつなげる超絶技巧じみた話術に頭と口をつかうひまなどなかった。だからぼくは「ただ聞こえなかった」という意外性のあるすれ違い理由からくるおもしろさによるふくみ笑いをかみ殺し、良いから離婚届をもってこい! と絶叫でかえしたのだ。

なんだよ、聞こえないんだよ、わるいけど、とぼくは言った。するとまたボソボソと女は何かをつぶやいた。らちがあかないので、わるいけどほんとうにいまいそがしいんだ、用があるならとりあえずLINEしてくれないかと言って一方的に通話を切った。すると数秒後にスマートフォンにメッセージがきて、周りが騒がしいのならどこか静かなところに移動すれば良いじゃないと変なことが書かれていた。バカかこいつ、いそがしいと言っただろうが! ぼくはスマートフォンの電源をおとした。まったくこいつと離婚したのは賢明な判断だった、こいつは声がちいさいからてっきりもの静かなひかえめの性格でセックスだけは積極的な理想の女なのだとおもっていたのだがよくよく耳をすませるとずいぶんと自分勝手なことをほざいていたのだ。それが「聞こえなかった」からそうとは気づかなかった。「聞こえなかった」せいで!

しばらくイライラしながらしごとをつづけた。女へのいかりが頭を覚醒させたのかあんがいにも筆にいきおいがついた。小説の登場人物たちの世界をのろうきもちにいくぶんかは共感できたせいもあるかもしれない。
「……本書はその到達点と言える」とワードの画面にうちこみ、とりあえず糸口らしきものが見えたので安堵すると世界から音がぬかれたという錯覚がありつぎに赤ちゃんの声がきこえなくなっていることに気がついた。鼓膜がつぶれたのかとおもったがとおくからパトカーのサイレンの音がきこえてきた。しらぬまに赤ちゃんがなきやんだらしい。夕陽がおちてどうにかまにあいそうだという時間に書き上がったのだがこまったことにWi-Fiがつながらなかった。スターバックスコーヒーのWi-Fiは一時間ごとにはいりなおすひつようがあり一日に限度はないのだがはたしてそのSSIDじたいがみつからなかった。こうしたことはめったにあることではないのだがごく稀にはある。原因不明である以上どうしようもないのだ。なんどかネットワーク一覧を更新すれば該当のSSIDがでることもあるがでないこともある。十回ほどこころみてみたがだめだった。せっかくの努力がむくわれないというのは人気ミステリー作家の新作に登場するテロリストたちがもつ共通の過去であり物語上それがテロにむかう端緒として機能していたわけがこれはたべられる側のにんげん特有の三次元的なイベントである。たべる側のにんげんがつくったシステムにくみこまれたたべられる側を絶望させるための落とし穴でありなんとなればゲームマスターであるたべる側のにんげんはこころみたことはかならずかなうようにできている。きょくたんなはなし金がなければ刷れば良いのだ。

ともあれそれはゲームマスター級のたべる側のにんげんの話である。父のごとき末端のたべる側のにんげんはある種の法律からまったく自由というわけではないし労働からも解放されていない。ましてやその「世襲」のバトンを正式にうけとってもいないぼくのごときは人気作家の駄作をヨイショするひつようさえある。半年まえに離婚したセックスだけは積極的で声のちいさいじつは自分勝手な女ひとりだまらせることもできないのだ。クソが!

で、思いだしたのだがすっかり女のことをわすれていた。もうなんの関係もない女なのでこころもちとしてはこのままほっておいても一向にかまわないのだがいそがしい折に急に家のインターフォンをおされてもこまるためスマートフォンの電源をいれてとりあえずLINEをかくにんしたところ、くだんの周りが騒がしいのならどこか静かなところに移動すれば良いじゃないというこちらの神経をさかなでするメッセージのあとにあらたなメッセージはなくそれが余計にぶきみだった。そのぶきみさが不愉快で女に対するいかりがメラメラとわいてくるが、ともあれWi-Fiがあるばしょに行ってこの三文原稿を担当者に送信せねばならないのでここからいちばんちかいファミリーレストランにむかってぼくはあるきだした。まあ十分くらいのものだ。その間にコンビニエンスストアのよこをとおりすぎここでも良いかと思ったが一体にコンビニエンスストアのWi-Fiはつながりが良くないことがおおくそこで四苦八苦している時間がむだなので一瞬の逡巡ののち足をまえにすすめた。ちょっと平衡感覚がおかしい気がした。ぼくのからだはすくなからず赤ちゃんの声にダメージをうけているようだった。右手ににぎるスマートフォンがふるえたが見るとしらない番号だったのでとりあえず見送った。

ファミリーレストランについた。ガストだ。いつからかガストはタッチパネルで注文をするシステムに変わっていてそれと関係があるかどうかはわからないがとにかく治安がわるくなった。たべる側もたべたくならないようなたべられる側のなかでも最底辺のにんげんたちのたまり場になっていた。ためにぼくのごとき弱小フリーライターもよく利用するわけだがかなしいことには絵面としてしっくりくる。入店してもろくに店員が案内にもこず気にせずあいている席に腰をおろす。タッチパネルで生ビールを注文してすぐにノートパソコンをWi-Fiにつなげるとぼくはしごとの成果を担当者におくった。ものの五分ほどでありがとうございますというそっけない返信がきたのでようやく呼吸ができた気がした。ちょうど生ビールがきた。一気にのみほしてなんだかんだ良い日だった気がした。

ふとおもいたちさきほどかかってきた電話の番号をコピペしてGoogleで検索してみた。ヒットはなかった。なんとなれば固定電話である。もしかするとしごとの電話かもしれないし、日本のものではあるようなのでかけなおしてみるとすぐに出た。おぼっちゃんですかときこえてきた。地中ふかくから聞こえてくるような男性のひくい声だ。じぶんがおぼっちゃんかどうかわからなかったので父のなまえをだして息子ですとこたえた。ご本人ですねとかくにんがきた。そうだと言うと電話のむこうのにんげんは、ほんの数時間まえのことだがあなたのお父さんが自家用車で人を轢き殺したとつたえてきた。お父さんの政治生命はおわりだ、と。ぼくはあたまがまっしろになった。橋がおろされたのだと思った。世界が瓦解する音を聞いた気がした。

しかし、と男は言った。お父さんはわたしたちと取引をした。今後お父さんはわたしたちが支持したとおりのことをおこなう。そのことによってお父さんの立場だけはまもられる。

ぼくはどう言っていいかわからなかった。それは絶望にも聞こえたし希望にも聞こえた。なのでとりあえず希望を選択することとした。世界が瓦解するのが赤ちゃんの常軌を逸したなき声のせいだとすればそれは旧体制の崩壊であり新体制の産声だと思えば思えなくもないのだ。

ぼくはどうなるのですか?

まわらぬ頭でそう問うた。

男は、どうもならないとこたえた。きみたちはただ「十六の菊の紋章」からはずされて「十八の菊の紋章」のこまづかいになるのだ。さしあたってきみに課すしごとはないからこれまでどおりライターのしごとをただこなしていれば良い。ただしお父さんもきみもそしてきみの離婚した奥さんもみなわたしたちの監視下におかれる。それだけは肝に銘じて妙な気はおこさぬようにしなさい。

そのようにして通話は一方的にきられた。とどうじにスマートフォンの画面がまっくらになった。電源がおちたらしい。再度たちあげようとしても石化したようにうんともすんとも言わなかった。おそらくこのスマートフォンはもう二度と起動しないだろうと思われた。これが「監視される」ということなのだ。

つぎの日あさイチでぼくはきんじょのケータイショップにおもむいた。電源がはいらなくなったんですと店員に言ったら、とつぜんですかと問われた。とつぜんですとこたえると丁重に謝罪された。こういうことはよくあるんですかとしらじらしくも問うと聞いたことがありませんと言われた。たとえば遠隔でぼくのケータイを操作してシステムをダウンさせることは可能ですかと問うとなにかこころあたりがあるのですかと前のめりにきかれた。いやないけど……、とモゴモゴしていると、まずむりでしょうねと店員はしずかに言った。SIMカードもまったくだめになっていたのであたらしいスマートフォンを購入するよりしかたがなかった。店員にすすめられるままに最新型のiPhoneを購入した。店をでるとすぐに着信があった。「十八の菊の紋章」かとおもわれたが父からだった。

バカをしたものだ、と開口一番、父はよわよわしく言った。人を轢き殺したにんげんの第一声としてはいかにもピントのはずれたものであったがそれがみずからの罪を気に病んでのものではないことはあきらかだった。

十八ってなんなんだ? とぼくはきいた。

十八は真の統治者たちだ、と父は言った。世界中の金の管理をしている、裏の天皇をその長とする人びとのことだ。

それはたべる側の人たちなのかと問うとそうではないとの答え。やつらはたべる側とたべられる側という世界観そのものを用意して、ただながめている。やつらにかかれば、地球はまるくもなるしたいらにもなる。ほんとうにそういうことができるやつらなんだ。

ぼくは父の言っていることの意味がわからなかった。わからなかったが、すでにしてぼくがその壮大な世界観にのみこまれてしまったことはたしかだとおもわれた。

もうどうしようもない、と父は言った。おまえにはほんとうに申し訳ないことをした。おれはもうどうしてやることもできないが、どうかつよく生きてくれ。

そう言って電話はきられた。そしてすぐにまた着信があったので見ると半年まえに離婚した女からであった。でると案の定、呪詛のようなボソボソ声。

ねえあなたなにをしたの。あなたほんとうになにをしたのよ。なんでわたしがあんなにひどい目にあわなくてはならないの。ねえほんとうにあなたなにをしたの……。

ぼくは通話を終了した。ふと見わたすと、ガストはガストでママ友たちのたまり場だった。

2022年5月5日公開

作品集『絶世の美女』第2話 (全5話)

© 2022 吉田柚葉

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