銃声

応募作品

吉田柚葉

小説

2,527文字

合評会2019年11月応募作品。明日仕事に行くのが嫌なので現実逃避で書きました。

まいばん、とこにつくと、きまって銃声がきこえる。パーン、パーン、と二発。近くではない、ずいぶん遠い音だ。部屋の電気を消してベッドに横になり、背中とマットレスの隙間からその日いちにちにあったさまざまな出来ごとの記憶がわたしの頭へとすべり込んで来、おなかの奥……、子宮にほど近いところに厭なかんじがどんどん溜まってゆき、やがて厭がひとまわりして、意識の遠のくけはいが部屋をじゅうまんしたとおもえば、その遠くにかどわかされたわたしの意識をまちぶせて撃ちぬくように、パーン、パーン、と二発。そう、きまって二発。銃声がきこえるのだ。

きょうもきこえた。

いつからかわたしはその記録をとるのが日課になっていて、きのうの時点で四十八日連続で銃声がきこえていた。だからきょうで四十九日間連続ということになる。あしたもあれば、五十日連続記録が達成されることになるが、今日の、パーン、パーンという二発の銃声が遠くにゆきついたわたしの意識を撃ちぬいたそのしゅんかん、わたしはあす、その記録がけっして更新されないであろうことを明確に、明瞭に、つまりは確信的にさとったのだった。やっと終わったのだという安堵がわたしをつつんだ。

わたしは部屋の電気をつけて、枕元に置かれたメモ用紙に正の字の四画目を書きこんだ。そうしてすぐにメモ用紙をまるめてゴミ箱に投げすてた。ひつようのないものをとっておくひつようはないからだ。わたしは満足してねむりについた。

つぎの日の朝、目玉焼きの黄身のぶぶんを箸のさきでつついてそれが半熟になっているかどうかをかくにんしながら夫が、「そういえば」といった。「きのうの夜は銃声がきこえなかったね」。わたしはおどろいた。これまでだれにも銃声のはなしをしたことがないからだ。まさか夫にもあの音がきこえていたなんて……。わたしは、

「きこえたわよ」

といった。夫は、そうか、ぼくはきこえなかった気がしたんだがね、と、しゃくぜんとしないふうにいった。

「ということは、ぼくがさきに終わったのかな」

「終わった?」

と問うと、

「でも、おとついの夜に『終わった』という感じはしなかったな。やっぱりきのうきこえなかったのはぼくの勘違いだったのかもしれない。いや、しかし……」

と、とても重い声でいって、ブツブツとじぶんの世界に入ってしまった。

だけど、わたしはもっとこのことについて夫と話がしたかった。その重い声の意味するところがとても気になったし、夫は「終わった」という感じがしなかったらしいが、わたしはきのうの二発で、「終わった」という感じをたしかに感じとったのだ。だいたい、わたしと夫はねむりにつく時間が違う。だとすれば、わたしと夫がきいていた銃声も別ものなのだろうか。あの銃声は、いちにちになんども発せられるものなのだろうか。

そうこうしているうちに、いつしか夫のひとりごとはやみ、黙々と箸を進めはじめた。すると、食べ始めると夫はすごく早いので、三分もたたないうちに朝食をすべて平らげ、部屋を出ていってしまった。わたしは、じぶんのグズなところをうらんだ。これでもう二度とこの話を夫とできない。こんなに大切なことで、とても不安になるようなことなのに……。

わたしがぼうぜんとしていると、近くではない、ずいぶん遠いところから、「それじゃあ、行ってくるよ。イヤだけど」という夫の声がきこえた。だけれど、わたしのからだはピクリとも動かなかった。すぐに、ガチャン、という、玄関のドアのしまる音がした。ふだんからわたしは、日によって玄関で夫を見送ったり、見送らなかったりするので、きょうも夫は、反応のないわたしのことを不審にはおもわなかっただろう。そうおもうと、恐怖が、おなかの奥……、子宮にほど近いところからせり上がってきた。わたしは、目のまえの、ほんの二口ほどしか手をつけていない朝食を見て、すさまじい吐気におそわれた。そのおかげで、からだの硬直はとれ、しぜんと動き出し、これはじぶんの意思かどうかわからないけれど、気がつくとわたしはトイレに居て、いつまでも便器に白いものを吐きつづけていた。

こんなとき銃声がきこえれば、と思った。

じぶんでもまるで意味がわからなかったが、そう思った。

ずいぶんながい間そうやって、ようやく落着いてくると、やっと、きょうのじぶんについて考えがおよんだ。きょうは、BコマとCコマにひとりずつ生徒が入っていて、りょうほうとも中三で、しかも期末テスト三日まえなので、ぜったいに休むわけにいかない。なにがなんでも体調をととのえるか、体調が悪いのを自分にたいしてごまかさないとならない。アレはいつも重いほうなので、自分へのごまかしはひとなみに慣れているつもりだが、それとおなじ感じでごまかせるものなのか、重い不安に対しては、ごまかしてもどうにもならないのではないか、と思った。せめて誰かの手がわたしの背中をさすってくれれば。夫の手がわたしの背中をさすってくれれば。わたしは便器の水をながした。

じぶんの部屋にもどって、ベッドの上に横になると、とたん、熱くない炎にふれたような違和感が左手をつたった。見ると、薬指につけた指輪がなくなっていた。わたしは絶望的なきもちになった。もしかすると便器にながしてしまったのかもしれない、と思い、わたしは便器の水をながしただろうか、いや、たしかにながした、だとすれば見つけるのは無理だろう、わたしが指輪をなくしたことを夫が知ったら離婚をきりだされるかもしれない、まったくわたしはなんてことをしてしまったのだろう、と死にたくなった。わたしは、死にたくてからだが重いわたしをひきずってだめもとでトイレに行ってドアを開き、テーブルの上をフキンで拭くように手のひらで床をなでて、何もひっかかるものがないのをかくにんすると、意をけっして便器の中に手をつっこみ、まるでじぶんのからだではなくなった感じを感じながら、ひっしになって奥に奥に指さきをのばした。うちの固定電話がけたたましく鳴って、いつまでも鳴って、それが世界が動き出すような、一生が変わってしまうような悪いしらせだということはすぐにピンときたのだけれど、わたしはひっしになって奥に奥に指さきをのばした。

2019年10月14日公開

© 2019 吉田柚葉

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


2.8 (12件の評価)

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

純文学

"銃声"へのコメント 18

  • 投稿者 | 2019-11-06 07:02

    拝読いたしました!
    すごく好きです。数回読みなおしましたが理解はできず、ただ「四十九日」「子宮」「夫婦」から水子を連想したり、でもなんで二発?と思いつつ、でもそういう納得感みたいなのは特に求めてなくて。
    ひらがなを多く使ってたり、一文が長かったり、そういうことが作品全体の持つ「なんか不穏な感じ」と緊密に結びついて強固な作品世界を作り上げてるといった印象を受けました。文章から受ける印象とは裏腹に無駄な部分が少なくて、相当な手練れとお見受けしました。
    全体に書かれていることがわからない(=一言で言い表せてしまわない)からこそ、文章によって立ち現れる作品世界をそのまま楽しめました。
    すごくよかったです。

  • 投稿者 | 2019-11-13 22:12

    実家のような安心感と古典のような安定感があるから、柚葉さんの小説は安心して読めますね。
    僕は便器に指輪落としたら諦めます。

  • 投稿者 | 2019-11-16 02:16

    あす、銃声は聞こえないだろう、とさとって安堵し眠りについた「わたし」だったが、どうして安堵したのだろうか。翌朝になると「わたし」は昨夜とはうってかわって不安や恐怖にさいなまれている。それは夫が昨夜は銃声が聞こえなかったと言ったことに作用しているのだろうか。読む人によってさまざまな銃声の解釈がありそうだなあと思いました。

  • 投稿者 | 2019-11-17 20:01

    四十九日鳴り続けた二発の銃声、同じく銃声を聞いていた夫、大事な人とうまく接することが出来ず自分を責めるわたし、なくなった指輪の行方とわたしの身に起きる変化と夫の身に起きるなにか…全てが曖昧に語られ曖昧なまま終わるところに、らしさを感じました。

  • 編集者 | 2019-11-18 11:25

    厭なのが分かった。夜、床に入ると考え事が止まなくなったり色々不安になる性分なので、何となく厭なのが分かる。他人に説明できない不安を静かに描くのは中々だった。

    • 投稿者 | 2019-11-22 13:13

      この作品の、なんと難儀なことか!これは幾度も読み込んで、高級料理にするみたいにゆっくりと咀嚼して、その意味を、魅力を堪能しなければ……。
      そう考えていましたが、解説を見て、自分と作品との熱量の差に笑ってしまいました。読み手の解釈で拳銃にも、自動小銃にもなろう作品だと思います。

  • 投稿者 | 2019-11-18 20:48

    うーん、私には読み解けませんでした。死者の話かとも思いましたが、ちがうのかな。ひらがなを多用する、銃声が聞こえた期間、唐突に表れるBコマCコマ、結婚指輪を無くしただけで離婚を切り出される環境、ヒントはちりばめられているようですが……合評会で解説が聞けるといいなあ。

    • 投稿者 | 2019-11-19 06:55

      BコマとCコマは主人公が行っているアルバイトのことです。「中三」とか「生徒」とか書いてあるので、塾講師でしょう。夫と寝る時間が合わなくて自分の部屋で眠るのもこのためです。

      著者
      • 投稿者 | 2019-11-19 17:31

        解説ありがとうござます!
        わあ、恥ずかしい。コマの意味を知りませんでした、、、

  • 投稿者 | 2019-11-20 06:53

    多少解説します。まず隠喩から。

    夫との朝食=性行(目玉焼き(卵)に注目)
    結婚指輪=コンドーム(使用前って、ほら、リングに見えるでしょう)
    便器=女性器(怒らないでください)

    以上から、ラストシーンは、挿入後、コンドームがなくなって、もしかして中に入ったままなのでは……、と焦って「確認」する様子を描いていることが判ります。基本的に下ネタです。
    あと、銃とか二発とか、なんかしょうもないの想像していただければ大体合ってます。

    著者
  • 投稿者 | 2019-11-20 19:07

    四十九日は、あの四十九日でしょうか。
    子供を流産した? 死産した?
    読み方によって様々にな見方が出来ます。

    しかし、読み手にまで厭な気分を感染させれる、この書き方。
    僕もなんだか嫌な気分になりました。良い意味で。

  • 投稿者 | 2019-11-20 23:55

    文体に独特のリズムがあって、読まされてしまいます。直接言葉が入ってくるような。

    仕事に行きたくないと布団に潜り込んで二度寝していると、変な夢を見ることがよくあります。寝覚めが悪くて泣きたくなります。
    なんとなくそんな気分で読まされた作品でした。

    諏訪さんへの回答で作者自身が解説をしていますが、下ネタのようには感じませんでした。

  • 投稿者 | 2019-11-22 06:40

    銃声という非日常に託して日常の夫婦関係の危機が示唆的に描かれている。夫婦の主題においても省略的な文体においても、ヘミングウェイの初期の短編「雨の中の猫」を思い出した。ただ、こういう種類の作品において解釈は読み手にとっての大きな楽しみなので、コメント欄やツイッター上で作者が嬉々として絵解きを始めたのにはかなり興ざめした。この隠喩はこう読むのが「合ってます」と作者が言ってしまうことで、作品の豊かさをみずから損ねているように思う。

    • 投稿者 | 2019-11-22 06:45

      まったく仰る通りで返す言葉もございません。それに関しましては猛省しております。

      著者
  • 投稿者 | 2019-11-22 14:30

    銃というテーマの作品、最初に「床」という文字と「パーンパーン」が目に入り、下的な何かを感じとりました。が、読み進めていくと、繋がるような、繋がらないようなで、思い違いかと思い読了しました。ひらがなが多用されますが、同じことばでも、例えば「自分」と「じぶん」と双方の表記があり、使い分けになにか法則があるのかなと思いました。

  • 投稿者 | 2019-11-23 14:57

    面白かった。夫婦間の微妙なちぢれが、銃声(ただこれ、銃声でなければならなかったのか?他の物でも代用可能では?例えば、なにか不穏なものが見えるとか)で連なっていく。主人公の心理の描写が結構くどく思えたので、もう少し省いたら読みやすくなるかもしれない。

    • 投稿者 | 2019-11-24 08:38

      コメントありがとうございます。最近つくづく思うのは、結婚生活ってのはお互いに銃を撃ち合うようなもんだな、ということです笑。大体は空振りなんだけど、どうしようもなく的中しちゃう一発もあるかもしれない。

      著者
  • 投稿者 | 2019-11-24 17:45

    北九州で日常的銃声が聞こえるそうです。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る