死者の癒着

吉田柚葉

小説

2,641文字

伊藤なむあひさんに捧ぐ。つまり隙間社に癒着する。

 スタバではドリップコーヒーしか注文したことがないと言って、そのとびっきりの美女は、紙のカップに入ったソイラテを口に含んだ。彼女の所作のいちいちがとびっきり美しいのは今さら断るまでもないことだが、そう言って彼女に見惚れてばかりいられないのは、ぼくが今、推理をしなくてはならないからである。

 つまり、このとびっきりの美女が、生きた人間なのか、死者なのか、さっさと見極めなくてはならないのだ。……

 

 近年の通信技術の急速な発達による一番の恩恵は、島国の片田舎にあるボロアパートの一室に居ながらにして世界中の人間とコミュニケーションがとれるようになったことだ。これは本当にすばらしい。ツイッターのDM機能がなければ、今日という日、うだつの上がらぬへっぽこプログラマーたるぼくがこんな風にしてとびっきりの美女とお茶をご一緒出来るなんて行幸は絶対にあり得なかった。だからそれには心から感謝する。ありがとう。

 だけれど、物事には必ず良い部分と悪い部分があるものだ。

 光があれば影がある。うちのオヤジだって、ものすごくお金を持っているときは、女性関係がめちゃくちゃだった。お金がなくなってからは、女性が寄り付かなくなった。あれ? これ全然良い部分と悪い部分の話になってないな。まあ良いや。

 とにかく、そういう世界にぼくたちは生きている。今回のケースで言えば、確かにツイッターを使えば誰とでも繋がれる。だけれど、誰とでも、というのが問題になることもある。つまり、スマホの画面の向こうでやり取りをしている相手が、人間なのか、死者なのか、それは実際に会ってみないことには確かめようがないのである。

 実際に会ってみないことには、と確かに今ぼくは言った。ぼくもさっきまでは、実際に会いさえすればその判断は容易だと思っていた。人間は人間だし、死者は死者だからだ。

 しかし、このとびっきりの美女を初めて間近で見たぼくの脳裏に瞬時にフラッシュバックしたのは、次のような言葉だった。

近年、人間は死者より死者らしく、死者は人間より人間らしく振る舞う傾向にある。

 これは今から三ヵ月ほど前に、ある哲学者(日本人!)がツイッターに投稿したツイートだ。わずか一時間で三百万リツイートされた。ぼくは、ケッ、キザな野郎だ、意味分からん、と思って、いいねもリツイートもせずに、タイムラインの流れるままにしておいたのだが、三百万人が反応するにはそれだけの理由があるようだ。今ぼくの目の前でソイラテの二口目に挑んだとびっきりの美女は、人間が死者らしく振る舞っているようにも、死者が人間らしく振る舞っているようにも見える。なんと言っても、とびっきりの美女だ。ちょっと美しすぎる。あと怪しむとしたら、ソイラテを飲んだときに発した、味がしないという感想。うーん、死者。と一応判定を下しておく。だってソイラテ、味するじゃん。

「あ、味しますね」

 と、とびっきりの美女は言った。うーん、人間。

 で、さらに一口。

「やっぱり味しないかも」

 うーん、死者。

 ……って、こんなことやってられるか。

 やっぱりベッドで確認するしかないのかな、とぼんやり思いながらぼくは、二転三転する彼女の感想に適当に相づちを打って、自分のソイラテに口をつける。味は……、多分する。ぼくだってスタバではドリップコーヒーしか飲まないのだ。薄い味は、味がするのかしないのかよく分からない。つまらない人生は、生きているのか生きていないのかよく分からない。おそらく同じことだろう。

「ミネギザワさんは普段どんな風に休日を過ごされているのですか」

 と、とびっきりの美女が言った。ミネギザワ? 誰やそれ。……ああ、そうか。ぼくのツイッターのアカウント名だ。なんだってミネギザワになんて弱そうなネギみたいな名前にしたのだろう。

「普段は、アニメを見て過ごしています」

 とぼくは〇点の回答をした。せめて読書と言うべきだった。でも、何を読んでるか訊かれたらどうせ詰むし、趣味が読書なんて、自分がつまらない人間だと告白しているようなものだ。ローランド様だったら、「ありえねえわ」と吐き捨てるようにして言って、HOST-TVのネタにするに違いない。グッドボタン六〇〇〇、バッドボタン四〇〇、の動画に仕立て上げるだろう。

 ところが、とびっきりの美女の反応は意外なものだった。

「それは、人間が作ったものですか、死者が作ったものですか」

 と、ぼくに問うたのである。ぼくは面食らった。そんなこと気にして見てないからだ。すごいアニメオタクだったら気にするかもしれないけれど、ぼくみたいなにわかは、そのアニメの作り手が人間か死者かなんていちいち調べない。それを気にするということは、やっぱり彼女、死者なのかもしれない。

「そういうことはあまり気にして見てませんね」

 と、ぼくは慎重に言った。

「なぜですか」

 と、とびっきりの美女が大きな瞳を上目遣いにして訊いてくる。吸込まれそうだ。

「なんでと言われても……、うーん、なんというか、人権的にナイーブなことでもあるしなあ……」

 と、ぼくはつまないことを言った(それにしても、死者と人権に何の関係があるのだろう?)。ツイッターの投稿なら、三いいねくらいだろう。

 が、とびっきりの美女はぼくの答えが大層お気に召したらしく、

「ツイッターでお見掛けするとおり、ミネギザワさんは非常に道徳的な方なのですね。素敵です」

 と言った。そうか、ぼくは非常に道徳的なのか、と思いつつ、ぼくの口はぼくが思ってもみなかった言葉を口走っていた。それはつまり、こんな言葉だ。

「そのミネギザワというの、やめてくれませんか。ぼくの本当の名前はミネギザワではないんです」

 言って、すごく後悔した。こんなとびっきりの美女に対してこの言い草はない。プログラマーなんていう、普段からあまり人と関わることのない職業を仕事に選んでしまった報いだ。きっと、頭がおかしい奴だと思われたに違いない。

 が、とびっきりの美女は冷静だった。彼女は次のように言った。

「では、何とお呼びすればよろしいのでしょうか」

 言われてぼくは、自分に名前がないことにはたと気づいたのであった。

そうしてそのことに気づいた瞬間、目の前のとびっきりの美女の顔がバグったように大きく歪み……、いや、この世界が丸ごとぐにゃりと歪み、闇に包まれたと思ったのもつかの間、行き場を失った光が四方八方に乱反射し、無量大数分の一に凝縮された宇宙の時空と次元のはざまにぼくはひとり取り残されてしまったのだった。

2019年10月27日公開

© 2019 吉田柚葉

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