かのように

巫女、帰郷ス。(第10話)

合評会2023年05月応募作品

吉田柚葉

小説

3,574文字

合評会2023年5月参加作品。宗教に縁のない人生でした。

宗教法人ミホツ会三代目巫女大上登美夜おおかみとみよ九十五歳の誕生日を三日後にひかえたきょうのあさはやく島崎から電話がきた。ようやく映像がしあがったとのしらせである。十時に打合せがはいっていたがキャンセルするよりしかたない。私はすぐにいくとこたえていそいで車をはしらせた。郊外にある島崎のすむマンションには八時すこしまえに到着した。

インターホンをおすとすぐにロックのはずれる音がして玄関のドアがすこしだけひらいた。すきまからのぞく目と視線が合った。

「なんだ。おまえか」

島崎がそう言った。声には落胆の色が濃い。いくと言った人がきたのだからこの反応は妙である。

「おまえはおれを刺さないよな」

と島崎が問うた。

「刺す予定はない」

と私はこたえた。

「さいきんまいにちおなじ夢を見るんだ」

と島崎が言った。「インターホンに出て玄関のドアをあけたとたんにひとに刺される夢だ。『だましたな』なんて言われてな。おそらく信者のひとりだろう」

私は靴をぬぎながらだまってきいていた。

「いっそはやく刺されてしまいたいよ」

島崎はそう言って苦笑した。

奥の作業部屋にとおされた。床にはカラのカップ麺や食べおわったあとのコンビニ弁当の容器が散乱していて足のふみばがない。年に一度かれのマンションをおとずれるが掃除のぐあいは一定である。ゴミ屋敷になりそうでならない。そのせいで一年たったと思えない。ましてこんかいが十年目だとはとても思えない。来年も再来年もこれが反復されることが予見されて絶望的な気持になる。

島崎は髪がのびほうだいになっているあたまをボリボリとかいてデスクの上でスリープモードになっているパソコンを起動させた。

「今回の原稿もよかったよ」

なんらの熱もない声で島崎は言った。私はデスクのまえのオフィスチェアにこしかけた。そうしてパソコンからのびる有線イヤホンを耳につけて「aisatu2023」というMP4ファイルをダブルクリックした。登美夜のスピーチがはじまった。私がまる一週間かけて完成させたスピーチ原稿にかのじょの声がのる。

そこに体温がかんじられるか。かのじょがまだ生きているかのように見えるか。それをかくにんするのがきょうの私のしごとだった。

動画は十分間ほどで終了した。

2023年5月15日公開

作品集『巫女、帰郷ス。』第10話 (全29話)

巫女、帰郷ス。

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© 2023 吉田柚葉

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"かのように"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2023-05-18 22:45

    崩壊途上にある宗教団体なんですかね。教祖が死んでも後釜も探さず、教団運営の中心者が弱気になっているようでは。
    と思いつつ、そういう状況だからこそ家族の温かさを思い出せたのでしょうね。地震なら大丈夫だと言って、真っ先に夕飯の心配をするお母さんにほっとしました。
    かな表記が多いのは、主人公のこころのゆれですか?

  • 投稿者 | 2023-05-19 00:04

    某教祖も、とうに亡くなっているとの噂があるみたいですね。しょうもない話で恐縮ですが、いつだったか電車の中でたいへんな美少女が一心に文庫本に読みふけっておりまして、いったいどんな本を読んでいるんだろうとチラ見してみたらその某教祖の本で衝撃を受けた覚えがあります。
    主人公の真面目さというよりは読む側の自分のいい加減さによるのかもしれませんが、「世界の均衡をゆるがしかねない」などと言うほどの秘密なのかはやや疑問でしたが、でも伝統宗教とかでも結構そういう秘密抱えてたりしてそうですね。

  • 投稿者 | 2023-05-19 16:27

    母の愛に救われるなあ。
    東京ガスのCMたまに見たくなるのと同じ感情かもしれない。

  • 投稿者 | 2023-05-20 19:47

    吉田さんは普通あまり開かれない字を開いていて、それでいてあまり読みにくくならないのが不思議ですね。なにか規則性のようなものがあるのかしら。お題も回収されていて整ったお話でした。

  • 編集者 | 2023-05-20 23:37

    母の味ですね。帰る場所があるというのはいいことです。

  • 投稿者 | 2023-05-21 10:26

    難しくない漢字をあえて開いているのは作品の雰囲気作りをされているのだと思いましたが、意図は分からなかったです。家族愛のやわらかさ?
    疲れた主人公にやわらかい家族愛がじーんと染み渡る感じが伝わってくる温かい作品でした。

  • 投稿者 | 2023-05-21 12:02

    ひらがな遣いに込められたものはやわらかな家族愛なのでしょうか……佳品というべき、いい作品でした。

  • 投稿者 | 2023-05-21 15:54

    かなに開いていることばが多いのは、当人がすでに死んで脳が腐っているからなのではないかななんて思いながら読みました。不思議なペースの良作に思います。

  • 投稿者 | 2023-05-21 16:02

    主人公の方も母親に頭を下げれる、謝れるくらいになったっていうことですよね。時間の経過によって。時間の経過によって母親も老いたし、自分も老いたし。それに父親が生きてたらいまだに謝れないかもしれないし。

  • 投稿者 | 2023-05-21 19:06

     カルト教団で重要な役目を担い、後ろめたさを抱えながらも抜け出せない主人公の姿は、社畜と化したサラリーマンや、不本意な人間関係を断ち切れないでいる者たちなど、多くの人々に通じる問題だと思った。
     主人公のキャラや過去など、回想や会話などの形でもう少し情報がほしかった。
     ひらがなを多用する文体が気になった。単語の境目が判りにくくなるのでかえって読みにくい。

  • 編集者 | 2023-05-21 19:22

    皆が良いコメントをしてしまった。おかあさん…。お題を思いついた時には考え付かなかったような応答が色々あり、嬉しい。

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