らるら

かきすて(第26話)

吉田柚葉

小説

3,447文字

久しぶりに書きました。別に書かなくても良かったかなと思いました。

開店三十分まえ、店の電話が鳴った。ふありからで、辞めるとのことだ。入ってまだ三日目である。この娘はつづきそうだとにらんでいたのだが、私のそういう予想はまずはずれる。

後日メイド服を店に郵送してくれとだけつたえて電話を切った。ふと、ふありは美人すぎたのかもしれないと思った。

私は気持を切りかえて清掃にもどった。掃除機をかけて、ていねいにテーブルを拭いた。控室にいる女の子たちに声をかけて、ソファー席のちかくで朝礼をはじめた。朝礼と言っても、十一時をすぎている。開店からシフトが入っていたのは、うーにと、ちままと、あやと、ぱっちゃんだった。

さくばん研究してきた、不美人でもかわいく見える魔法のポーズの手本を見せて、「このとおり、俺がやってもまったくかわいくないけど、君たちがやれば萌え萌えだから。自信を持ってやるように」と言った。キモーい、と口ぐちに言われた。しかし、あんがいとこの娘たちは、私のはなしを聞いているのである。

開店から二十分ほど経ってから、らるらが出勤した。半袖Tシャツの袖からのびる腕に、おそらく十ではきかない数の、ためらい傷が見られた。
「おはよー、くまさん」
「おはよう、遅刻だよらるら。腕の、すごいね」と指摘すると、ええーすごくないよーとかえされた。「お客さんには見せないようにしようね。ちょっと暑いけど、きょうは長袖を着てくれるかな」

らるらはうなずいた。
「らるら、もしかしたらわすれてるかもしれないけど、きょうは客ひきの日だよ。やってくれるかな」
「えー、やだー。なら、かえる」

私は苦笑した。
「じゃあ、とちゅうまで俺がついていくから、それならやってくれるかな」
「わかったー」

店長に事情をつたえてわれわれは店を出た。「駆け落ちだけはしてくれるなよ」と言われた。じょうだんめかしてはいるが、げんにそんな前例などいくらでもあった。

中央通りへとつづく道をメイド服のらるらとあるきながら、秋葉原はうつくしい街だと、つくづく思った。平日ということもあって、人どおりはまばらだが、じっさい、人どおりがあってもなくても、この街には生気がない。主体がない。いわば、ゼロとイチでできた街なのである。
「きょう、ふありきてないね」

とらるらがつぶやいた。
「ふありは辞めたよ」

と私はこたえた。
「そっか」

らるらの目は静けさをたたえていた。ふありとともだちになりたかったとでも言い出しそうなけはいであった。

私はらるらがうちに来てから入れかわった女の子の数を指おりかぞえた。わずか三か月弱の間ではあるが、かるく三十人を超えた。だが、やはり、ふありは頭ひとつぬけて美人であった。
「ふあり、すっごくかわいかったなあ」とらるらはつぶやき、
「あたしもふありくらいかわいかったら、もっと良い人生だったんだろうな」

かえすことばをさがしているうちに、中央通りに出た。うちの客ひきの定位置は、アドアーズのまえだ。
「じゃあ俺はここまでね」

らるらはうなずいた。ここまできてしまえば、らるらは覚悟を決めるのだった。これ以上ごねると私を怒らせるのではないかと、怯えているのがわかった。女の子たちに暴言を浴びせたことなど一度もないし、らるらをとおりすぎていったあまたの男たちのようにだれかに拳を振り上げたことももちろんないが、ともすればそういう暴力のにおいを私は発しているのかもしれないと思うと、父親の血がじぶんの軀のなかでたぎっているのがにわかに感じられる気がした。だがいまさら血に拘泥はしない。私は私でしかないのだ。

店にもどった。客がひとりだけいた。ここ一か月くらい毎日くる、額にあぶらののった男だ。ほんにんはシャチョウだと言っているが、具体的にどんな会社を経営しているのかは、いっさい口にしない。ほんとうはその筋のにんげんだと、私は思倣している。

厨房から男に監視の目をむけていると、店長に肩をたたかれた。そうして、コピー用紙を手わたされた。昨夜、私がつくったシフト表だった。これでは店がまわらないんだよと店長は言った。きみは女の子のはなしを聞きすぎるんだよ、とつづけた。これじゃあ、店はまわらないんだ、たのむよ。早口にそれだけ言うと店長は奥に消えていった。

十四時ごろ、らるらがもどってきた。つまり、客ひきにならなかったのだ。炎天下のなか、長袖のメイド服で道ゆく人に声をかけつづけ、無視されつづけるらるらを思った。らるらは、しかし、くらい顔をしていなかった。なぜかはわからない。
「あんまり人、とおらなかったか」

と私はらるらに声をかけた。
「うん。ごめーん」
「俺もさ……、俺もってわけじゃないけどさ、店長に怒られちゃったよ」
「つまみ食いしたの」

私はばか笑いした。
「シフト表つくるの失敗しちゃったんだよ」
「へえ」

あきらかにらるらは関心をもっていなかった。もしかするとシフトということばがわからなかったのかもしれない。
「らるら、なんかうれしそうだね」

話題をかえた。
「そうかなあ」

とはぐらかされた。きょうのらるらは、おそらく何もこたえてくれない。こたえはしないが、訊ねてほしいのが、らるらの性格なのである。だから、これでよいのだ。

二十二時ごろから私はひとりで事務室にこもって、シフト表をつくり直した。たんにお金がほしい娘、家族にお金を入れたい娘、学費をまかなうためにお金がほしい娘、秋葉原が好きでしかたのない娘……、ひらがなだけで構成されたみんなのなまえをとりはらい、かくばった本名を目にするたび、それぞれの生活が胸にせまって来て、ゼロとイチでつくられたこの街のかたすみに、燃えるような人肌がかようのを感じた。それがたまらなく不愉快なのだ。

二十三時すぎにどうにかものになった。店長もちょうど締め作業が終わったところだったので、プリントアウトしたシフト表をわたすと、ちょっと呑みにいかないかとさそわれた。中央通りの「ちばチャン」という飲み屋に入った。個室にとおされた。向かい合って坐り、この男の顔を正面から見たことがないと気づいた。店長は私よりも十センチほど身長が低く、私に話しかけるときは背後から手をのばして私の肩をたたき、こちらがふり向かないうちにさっさと要件だけ言って、店の奥に消えてゆくのが常で、私が知るかれは、その刹那の残像なのだ。私は店長の顔をまじまじと見て、生きたにんげんであることに意外の感をいだいた。
「チェリーアイランドが閉店だってさ」

店員から生ビールのジョッキをうけとりながら店長は言った。
「単価がやすすぎましたからね。うちの三千円でもどうかと思うのに」
「それでさ、うちも閉めようかと思ってるんだよね」

あんまり何ごともないふうに言うので、聞きながすところだった。
「店をですか」
「そりゃ店だよ」
「そんなに悪かったのですか」

すこしだけじぶんの責任を思った。同時に、すでに頭ではつぎのしごとを考えていた。とつぜんの閉店など、いくつも経験してきたのだ。
「まあ、閉めるということは、悪かったということだよ」

しばし沈黙がおりた。
「はじめておまえと会ったとき、ともだちになれそうだと思ったんだよ」

私はだまってビールを呑んだ。
「だけど、どうも、おまえは素性がわからないところがあるんだよな」

店長は、スジョウというふしぎなことばをつかった。話しながら考えているのが見てとれた。
「飲食とか営業とかさ、人あたりが良いようで、ほんとうはとんでもなく冷徹なやつなんて、星の数ほど見てきたんだけどさ。おまえはちょっと、そういうのともちがうんだよな。へんな言い方になるけど、宇宙人と会っているような、そんな感じ」
「宇宙人ですか」

クマだったり、宇宙人だったり、なかなかにんげんになれない。
「……いや、悪い。いまのは忘れてくれ。おれは表現がヘタなんだ」その日はけっきょく朝まで呑んだ。

それから二か月して店は閉店した。その一か月まえにらるらは店をやめた。と言っても、ほんにんの口からはっきりやめると聞いたわけではなく、ある日を境に来なくなったのだった。
「まえに呑んだときにさ、宇宙人とか言って悪かったな」

さいごの締め作業を終えて、店長は私に言った。
「何のことですか」

と私はとぼけた。
「呑みに行こうか」

つれていかれたのは、キャバクラだった。

三度目のチェンジで席についたキャバ嬢に、見おぼえがあった。ふありだった。店長を見ると、気づいていないようだった。
「どこかで会ったことがある気がするな」

と私は言った。ふありは、やだーと言って、私の膝をさわった。手慣れたものだった。

2021年4月10日公開

作品集『かきすて』第26話 (全28話)

© 2021 吉田柚葉

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