夢先案内人

かきすて(第19話)

吉田柚葉

小説

1,964文字

革命のファファーレが鳴っているので公開します。

封筒のなかには会員証と三つおりの便箋がはいっていた。便箋には「母が亡くなりました。出資金は寄付させて頂きます」とある。なかなかの達筆だと小川裕二はおもった。うんざりだった。こういう字で、こういう内容の文章を書くひとと、かれはうまくはなしがつうじたことがなかった。

パソコンに会員番号をうちこみ、会員情報をひらいた。電話番号をかくにんすると、呼吸をととのえて、受話器に手をのばした。

五度目のコールであいてはでた。「はい、木下でございます」という女性の声は、くだんの達筆から想像したとおりのものだった。裕二はじぶんがコープの職員であることと、組合会員の脱退には会員証のほかに脱退届の記入が必要であること、そして出資金の寄付はできないということを丁寧につたえた。とたん、女性は激昂した。

――こっちは好意で寄付したいと言っているのよ。あなたね、その好意をうけとれないと言うの。

裕二は毅然とした態度でこれに対応した。どうにか納得してもらって電話をきったときには三十分間もの時がすぎていた。ながーい電話だったねえ、と裕二のとなりにすわる杉田が言った。そんなていねいにあいてしなくて良いのよ。はい、でもクセで。まえのしごとって市役所だったっけ。そうですね、大学卒業して五年ほどつとめました……、と会話をつづけながら裕二はパソコンでこども園におくるための請求書を作成した。「印刷」をクリックすると、プリンタがエラーをつたえる音をたてた。見ると、紙が尽きたのだった。裕二は杉田にコピー用紙のある場所をきいて、かのじょが指さしたたさきにむかった。二箱ほどもらってきてくれる、と杉田は裕二のせなかに言った。

はたして、裕二は、まよった。ちかくに、しろいジャージを着た髪のながい女性がいたのでかのじょに声をかけた。

――コピー用紙なら、そこの部屋よ。

裕二は礼を言った。

――あたらしい人ね。

――はい。

女性は五十代もなかばと見えた。アイシャドウが毒々しく、裕二はふけつにかんじた。

――まだわかいのに、なんでこんなところに入ったの。

――いろいろありまして。

――パソコンはつかえるの。

――まあ、すこしは。

――つかえると言ったって、うちこむのなんてだれにでもできるしねえ。できると言うのならSEまでいかないとねえ……。で、シフトは昼からだけなの。

――はい。

――昼からじゃあねえ、こづかいくらいにしかならないものねえ。なんかやりたいことはないの。

――いえ、とくに。

――だったら資格とれば良いわ。簿記でも英語でもなんでも……、勉強すれば良いとおもう。やりたいことをさがすとか。

――すみませんが、そろそろ業務にもどらなくてはならないので。

――あなた、まだわかいんだから、勉強して資格とりなさい。なんでも良いのよ、ほんとに。じかんあるんだから。ね、やりたいことをみつけてさ。わかいのよ、あなたは。わたしなんてもうきえていくだけなんだから。ね、資格とりなさいよ、それが良いわ。

――わかりました。

裕二はあいまいに頭をさげてその場を去った。女性は「がんばってくださいね」と言って、まだまだしゃべりたりないようすだった。

プリンタに給紙して請求書を印刷すると定時になったので裕二は事務所をでた。

電車のなかでフェイスブックをひらくと、裕二が参加しているオンラインサロンの主催者があたらしくコラムを投稿していた。主催者の本業はお笑い芸人であったが、絵本をかいたり、ビジネス書をだしたりもしていて、今はむしろそちらの活動のほうで有名だった。また、ここ一週間ほどは、かれが製作総指揮をとったアニメーション映画の劇場公開がはじまったことから、コラムの内容もそのマーケティングにかんする話題一色であった。

きょうのコラムの題は「『なぜ、あのひとの考えは古いままなのか』」というものだった。ようするにクラウドファンディングを礼賛する内容である。裕二にはいいかげんに耳にたこであった。

――オンラインサロンを退会しようか迷っています。

というメッセージをサロンメンバーの友人のLINEにおくった。すぐに既読がつき、返信がきた。

――もちろんそれは小川さんの自由ですが、何故今なのですか。

――今というのは?

――北野さんの映画が公開され、最もサロンメンバーの応援が必要な時期です。北野さんの夢に直接携われるせっかくの機会なのに、今はもったいないなあと思います。

返信の文章をかんがえているうちに電車は裕二がすむマンションのもより駅についた。

おりた。

駅をでると、ふぶきだった。かさをもっていなかったので、しばらく駅のなかでじかんをつぶすことにした。

駅内には、北野の映画の巨大なポスターがはってあった。「夢を、信じぬけ」というキャッチコピーがでかでかと印字されている。

改札ではひとびとの往来がつづく。生活のにおいがした。

2021年1月30日公開

作品集『かきすて』第19話 (全40話)

© 2021 吉田柚葉

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