UFOは回転しない

かきすて(第16話)

吉田柚葉

小説

2,654文字

冒頭のところだけ思いついてほったらかしにしていたのをなんとなくつなげました。

冨岡和志先生が主張するところによると、UFOが飛行時に回転して見えるのは、われわれがそれを外界から観測しているからであり、じっさいには、UFOを中心としたまわりの空間それ自体が回転しているのだという。いわゆる異星人とよばれる生命体たちは高次元空間をとおり道とすることで惑星間の高速移動を可能にしているのだ。
「宇宙人と異星人とでは世のなりたちがちがうんだよ。男性的なものと女性的なもののちがいと言ってもよいが」

と先生は言った。いつもどおり、きっぱりとした口調である。
「どちらが男性的で、どちらが女性的なのですか」

わたしが問うと、先生は眉間をおさえた。あきれているのだ。
「ロケットは、あれは、なんの形をしているかね」

わたしはかんがえた。そして、ふきだした。
「言いたまえ」
「……男根でしょうか」
「そうだろう」

先生はくすりともしなかった。「火力でドカン、が行き着けるのは、せいぜいが月までだよ」
「では、UFOは」
「それは、きみ、男根の反対だよ」

なるほど、UFOの形状は、女性器のそれと言えなくもない。

先生は宗教法人『風の民』の代表である。わたしは三か月ほどかれを取材している。来年のあたまにはかれ名義の本を出す予定だ。取材はここ、『風の民』本部の会議室でおこなっている。
「しかし先生、空間自体を回転させる、というのがどうもイメージしにくいと言いますか、それはUFOに内蔵されている装置とか、そうした役割をになうものがあるということでしょうか」
「惑星は自転している」

と先生は短く言った。おもわずわたしは、
「なるほど」

と唸った。だが、よくかんがえると、なにもわからない。しかし、先生の堂々たるたたずまいをまえにすると、なにを言われても首肯してしまうのだった。
「それでは先生、そうしたUFOのしくみについての情報はどのようにして得られたものなのでしょうか」
「どこから得たというものではない。ただ『解る』のだよ。そして、私がものごとを『解る』のは『さとった』からだ。すべてはその一点につきる」

一事が万事、これである。わたしは、
「なるほど」

と言うほかなかった。

とたん、先生がたちあがった。きょうはここまでということだ。わたしは、レコーダーをとめて先生に礼を言い、かれのために入口のとびらをひらいた。
「本を出すということで、それがどんな内容であれ、私としてはありがたいのだが、きみ個人のことを思うと、おすすめはできないね」

と先生は思い出した風に言った。脅迫と聞こえた。
「それはなぜですか」

緩慢な足どりでわたしに近づいてくる先生に問うた。
「文章を書くと、時間軸があいまいになるからだ」

と言って先生はわたしの肩に手をおいた。
「どういうことでしょうか」
「文章を書くとき、ひとの頭の中では四次元がひろがっているわけだが、書きつける言葉はつねに停止している。その矛盾を人間の脳は処理できない。つまり、狂う」

と、先生は断定した。さすがにわたしは、
「なるほど」

とは言えなかった。ただ、黙した。

先生がどこかにきえたあとも、わたしは『風の民』の本部にとどまった。本部は三十階建てのビルである。会議室がある五階の喫煙所でわたしはタバコに火をつけた。『風の民』は、酒やタバコのたぐいを禁止していない。

部屋には、ほかにふたりいた。いずれもスーツを着た男性であり、世間話に興じている。
「ことしは、フォーラムはひらかれるかな」
「わからない……、と言っている時点で、たぶんひらかれないんだろうなあ」

などと言っている。
「ひらかれるかどうかは、おれたち全員が本当にひらきたいと思っているかどうかなんだよ。げんにここに、ひらかれるかどうかでウダウダ言っている男がふたりいるわけだ。だからひらかれない」

と言って、男はこちらに目くばせした。視線が合った。男はタバコに口をつけた。おそらくもう何もしゃべらないだろう。わたしは喫煙所を出た。

電車のなかできょうインタビューした分の原稿をまとめた。UFOへの言及は文章にしなかった。それまでの話のながれから独立していたし、先生の説明も難解だったからだ。だが録音を聞きなおすと、もっとも先生の弁に熱がのっているのは、UFOについての部分なのだ。わたしはこまった。やがて電車はわたしの自宅の最寄り駅である西新宿駅にとまった。

駅内のスターバックスコーヒーにはいった。店内のWiFiを借りて、ノートパソコンで先生のユーチューブチャンネルをひらいた。アップロードされた動画のタイトルをざっと確認したが、UFOに関するものは見あたらなかった。わたしはイヤホンを耳につけて、しばらくのあいだ、先生の動画を再生しつづけた。一時間ほどそうしていると、ある瞬間、この三か月間わたしは、肉声、録音ふくめ先生の声とそのことばだけを聞きつづけていることに気がつき、ドキリとした。おもえば、さきほど喫煙所で耳にした会話も、先生からのうけ売りのことばである。先生のことばが、絶えずじぶんを満たしている、と思った。
「お客さま」

と男の声がした。先生の声ではない。見ると、店員だった。わたしはイヤホンをとった。だが、周囲にはまだ先生の声がただよっている。イヤホンがイヤホンジャックにきちんとささっていなかったのだ。わたしは店員に謝罪して、あわてて動画を停止した。

だが、先生の声はやまなかった。
「UFOが回転して見えるのはね……」「惑星は自転している」「一秒間に五感に入ってくる情報は千百万」「予祝するのだ」「言葉は事物に先行する」「心の声を聞け」「今日だけは怒るな」「心のコップを満たすのだ」「自我は外的要因の集合体」「ファティマ第三の予言が……」「目覚めるという意識を持ち、」「暴力の発令を」「それが、ゼノン効果」「瞑想により、事物を事物として捉え、すべては有るのだと悟るとともに、何もないのだと知るのだ」「感謝」「言葉以上の説明手段はない。だから、説法をこそ重視するのだ。重視するほかないのだ」「意識したところがきみのすべてだ」「ただ重力だけが……」「幻想でしかない」「観測するという行為」「外してゆくのだ」「一つ目組合が……」「触れると、ゆるむ」「ワンネスであること。宇宙と一体になること」「見つける」「時間の進み方を勘違いしている。未来から過去にながれるのが時間だ」「マインドフルネス瞑想だけが、『今ここ』へと直結でき瞑想法だ」

先生のことばがわたしの頭を支配するなか、わたしは椅子からたちあがれないまま、しばし呆然とした。

「つまり、狂う」

と先生が言った。

2021年1月12日公開

作品集『かきすて』第16話 (全18話)

© 2021 吉田柚葉

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