良い子にむけて

かきすて(第15話)

吉田柚葉

小説

2,149文字

ちょっと遅れましたがクリスマスプレゼントです。

ソリと言っても、これは空をすべるのだから、雪の有無はとわない。むしろ、雪が降ると視界がさえぎられ、交通のじゃまになる。

とは言え、二十四日の東京の夜に雪が降ったことはこの十年間なかった。赤西の三十八年にもおよぶサンタクロース人生を見わたしても、プレゼントをくばる日に雪がちらついたのはわずかに二度をかぞえるのみで、リーマンショックがあった二〇〇八年と……、あと一度は思い出せなかった。

だが、今年は雪があった。水っぽい雪で、やたらにサンタ服にはりついた。赤西は鼻の奥に熱い鼻水を感じ、凍えながらプレゼントくばりをつづけた。こどもの寝顔はどれもかわいらしく、いとおしく、そう感じるからこそかれはこれまでしごとをつづけられたのだった。

同期はすでにひとりもいなかった。赤西の無二の親友だった竹中もさくねんをさいごに、このしごとをおりた。プレゼントをくばる家のリストをつくるに際しサンタクロース協会はその選別を国の判断にゆだねており、こどもの親が政治的に正しい思想を持っているかどうかで決定しているとの噂がまことしやかにささやかれていたのである。赤西はそれをただの陰謀論だと思ったが、かれの親友は信憑性ありと判断した。

――そうでなくても、良い子にはくばり、悪い子にはくばらないというのがおれにはたえられない。ほんらい、悪い子などいないはずだ。

それが、竹中の言い分だった。赤西も竹中もともに六十代のなかばにさしかかり、ようやく世間一般が想像するサンタクロースの容貌にちかづいてきたところであった。

五千件目のプレゼントをくばると、午前一時をすぎた。赤西の経験上、いちばん体にこたえる時間帯である。トナカイのジョンとメアリのあしどりもずいぶんと重くなっている。

「もうすこしだ」

と赤西はつぶやいた。それはじぶんにむけたことばでありジョンとメアリにむけたことばでもあった。かれらとはもう七年のつきあいだ。

つぎの家まではすこし距離があった。しばらく空を往くと、とおくに点滅するものが見えた。サンタクロースが乗るソリのライトが点滅することはなかった。だからまず思ったのは航空機だが、それにしては高度がひくい。

――クリスマスイブの夜、サンタたちを隠れみのにして日本にソリを飛ばしている国があるらしい。

とは、いつか竹中から聞いた情報だった。

――どこの国が、何のために。

と赤西が問うと、

――おそらく北朝鮮……。なんのためかというと。

と言って竹中は口をつぐんだ。その顔はすっかり老けこんで見えた。……

「いったん、地上におりよう」

と赤西はジョンとメアリに指示をだした。不審な飛行物体の存在をサンタクロース協会に連絡せねばならなかった。そういうものを見たと証言すると二度と現場に出られなくなるとはよく聞く話だったが、どうせ今年で引退するつもりだった。

ちかくの空地におり、かじかむ手でスマートフォンを取りだすと、とたん、目のまえに地面が飛びこんできた。ひたいをしたたか打ち、雪をかぶった草の葉が赤西の頬を切った。つぎに、後頭部に燃える痛みを感じた。手をあてると、ねっとりとしたものがついた。血である。

つぎに、腰に衝撃がはしった。つづけて二回。赤西は地面を這った。ようよう顔をあげると、バットをにぎった男性四人にかこまれていた。電柱にとりつけられた防犯灯に照らされて浮きあがった顔は、どれもまだおさなかった。

赤西はジョンとメアリに逃げるよう指示を出したかったが、声が出なかった。もうあと何度か衝撃を感じ、ふりつもる雪のつめたさと、血の熱さにつつまれながら、赤西の意識は闇にしずんだ。

目ざめるとそこは病院のベッドだった。体中に包帯が巻かれている。赤西はまずジョンとメアリを思った。そしてくばりそこねたプレゼントを思った。

しばらくすると病室に女性の看護師が入ってきた。かのじょによると、ジョンとメアリは撲殺され、ソリのなかにプレゼントのふくろはなかったという。

入院は二週間つづいた。退院して自宅にかえると、ポストにちいさな封筒が入っていた。サンタクロース協会からの賠償請求だった。額は一千万円にのぼる。

赤西は人しれず日本を立った。

翌年は、世界中で新型感染症がひろまった。クリスマスが近づいたころにWHOが出した声明によれば、「サンタクロースは新型感染症の免疫を持っていて世界中移動できる」とのことであった。言うまでもなく、それは嘘だった。だがもう赤西には関係がなかった。

赤西はデンマークにいた。不法労働者としてその日暮らしをつづけていたが、新型感染症のせいでしごとがなくなり、いまはキリスト教の教会でせわになっていた。さいふの中には、なにかあったときのためにのこしている二百クローネ紙幣が一枚だけ入っていた。

十二月二十四日、赤西は散歩がてらサンタクロース協会の本部のまえをとおった。広大な敷地面積を有しており、門からはレンガづくりの建物が見えなかった。かるい雪を肩にうけ、赤西は来た道を迂回して路地に入った。

路地には、たちんぼがいた。背後からコートの裾をひっぱられた。ふりむくと、少女がものほしげにこちらを見あげていた。まだ十歳にもなっていないと見えた。

「二百でどう」

舌足らずに少女は言った。赤西はすこし考え、財布が入ったポケットに手を入れた。

2020年12月26日公開

作品集『かきすて』第15話 (全36話)

© 2020 吉田柚葉

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