ともだちみたいな親子

掌編奇譚(第12話)

吉田柚葉

小説

2,179文字

目がさえて眠れないので書きました。ぼちぼち寝ます。

 土曜出勤を終えて帰宅すると、家はもぬけのからだった。私は缶ビールをあけた。つまみがなかったので茶づけをつくった。

スマートフォンにおくられて来た妻からのショートメールによればふたりはディナーに行ったらしい(私はつい先日ガラパゴス携帯からスマートフォンに機種変更したばかりで、コミュニケーションアプリのたぐいはまだひとつもインストールしていなかった)。なにを食べるとも書かれてない。いまごろ娘のインスタグラムには料理をかこむふたりの写真がいくつもアップロードされているはずだ。

「ともだちみたいな親子ですね」

というのは、どこのだれとも知らないが、どの写真にもつけられるコメントだ。人気インスタグラマーには、血のかよっていないうすい賛辞がくりかえされる。

テレビをつけた。野球がやっていた。興味なかった。ただぼんやりとそれをながめた。

――理解がないのよ。うちのは理解がない。

 と妻は言う。

――うちもよ。

 右隣に坐っている女が共感した。うちもうちもと波が立つ。

 ――アートがわからないのよ。うちのはアートがわからない。

 調子づいて妻はそう言った。

 ――うちもよ。まったく、からっきし。

 左隣に坐っている女が同意した。

 ――あれでえらいつもりなんだから、バカよね。

 と妻は言う。ほとんどテレパシーと言ってよい会話であるが、じっさい、妻の言う「アート」が何であるのか私には見当もつかなかった。芸大を出た女だ。造型だとか配色だとか、私が知ろうともおもわない知識領域がかのじょの頭にはひろがっているのだろう。それにしても「アート」という言葉の脆弱さはどうだろう。あるいは、脆弱な言葉でありあわせることこそが「アート」なのかもしれない。だとすれば、女たちの集会はいつだって「アート」たりうる。

 いずれにしてもこんな想像は酒をまずくするだけだ。私は冷蔵庫に立った。

 リビングにもどってテレビを見ると、三点追加されていた。たぶんホームランが出たのだ。むろん、私にはなんの感動もなかった。

 どこからか、救急車のサイレン音が聞こえてきた。ここ一か月ほどよく聞く。ひょっとするとまいにち聞いているかもしれない、そう思うと、にわかにこわくなってきた。

 私が家にかえると、きまって近所のだれかが倒れ、病院へと搬送される。妻と娘は、そのときどきで、家にいたり、いなかったりする。もし仮にふたりがいたとしても、

「また救急車だ」

 という私のつぶやきは、ふたりにとどいているのかわからない。反応がないのだ。私のつぶやきはおろか、サイレン音すらふたりには聞こえていないのかもしれない。ともだちみたいな親子が住む世界では、だれもが健康で、救急車が走ることもないのだろう。

 いつだったか、娘とふたりで芝居を見に行ったことがあった。わたしは座席につくなりそうそうに居眠りしてしまった。

「二度とつれていかない」

 芝居終わり、私が運転する車の中で娘はそうつぶやいた。憤怒の態だった。ハンドルをにぎるのは私だが、なるほど、私は娘に「つれていかれた」のであった。

「やっぱりママと行けばよかった」

 という一言は、重くひびいた。娘が私に見切りをつけた瞬間だった。以来、娘のインスタグラムには、妻との写真が多くならぶようになった。私への当てつけかともおもったが、おそらく娘には私の存在など目に入ってすらなかった。だが、私は娘を見ることができる。ためしに、自宅のパソコンからインスタグラムのアカウントをつくり、娘をフォローしてみた。いくつか「いいね」も押してみた。むなしいと言えばむなしい。今以て娘はじぶんのフォロワーに父親がいることも知らないのではないか。

 妻と娘は、どこにでも行った。英会話教室のちかくにあるカフェ、パンケーキの店、若い女性歌手のコンサート会場、浜辺、ディズニーランド、ニューヨーク、神社仏閣……。ふたりがあらたな場所に行き、あらたな写真がアップロードされるたび、娘のフォロワーはバカみたいに増えた。百人、千人、一万人、十万人、五十万人。まったくおそろしいことだ。

 三十分ほどして、また、ホームランが出た。こんどは見のがさなかった。なんとなく、そろそろホームランがくるのではないかと思ったのだ。予想が当たってすこし意外の感があったが、ただそれだけだった。私はチャンネルを変えた。知らないドラマがやっていた。

 しばらく見ていると、トランスジェンダーがテーマのドラマだということがわかった。

 思い立って私は、スマートフォンをとりだした。そうして、インスタグラムのアプリをインストールした。しかし、パスワードを失念したためにログインできなかった。面倒になり、ブラウザでインスタグラムをひらいた。娘のアカウントをさがした。

 それらしいアカウントに行きついた。それらしい、というのは、アイコンとアカウント名が同じだったからだ。アップロードされている写真がこれまで見たものと同じだったからだ。ただひとつ、異なる点があるとすれば、フォロワーの数だった。ログインなしで見る娘のアカウントのフォロワーは、わずか十七人だった。

「そういうこともあるか」

 と私は思った。どうやら世界のからくりに行きついてしまったらしいが、不思議とおどろきはなかった。

 ページをリロードすると、あらたに写真が追加された。ラム肉のステーキをアップで撮影したものだった。うそみたいに赤々としていた。

2020年11月8日公開

作品集『掌編奇譚』最新話 (全12話)

© 2020 吉田柚葉

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