燃える自画像

かきすて(第14話)

吉田柚葉

小説

2,622文字

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展覧会に男は五十号の自画像をだした。ていねいに描かれてはいるものの、生気がなく、いかにも即物的で、おもしろみに欠けるしろものであった。とうぜん、だれからもなんらの評価もうけることはなかった。

描いた当人はさびしく思ったが、まかりまちがって表舞台にたつことになってもこまるため、よしとするほかなかった。

きょうは夕方から自動車学校の教習があった。だから男は早めに会場をはけねばならない。そうでなくても、じぶんの描いた絵のまえをえんえん素どおりされるのはけっして気分のよいものではなかった。

男が出口にむかうと、

「須藤さん」

と背後で女性の声がした。男は思わずふりかえったが、かの声はかれにむけられたものではなかった。見ると、裸婦画ばかりを描くことで有名な須藤文喜が女性記者に呼びとめられていた。あべこべに須藤が記者をくどきそうなけはいであった。

そもそも男のなまえは須藤ではなかった。須藤孝明はとうに死んだのだ。

柴崎巧

それが男のなまえである。

「しばさきたくみ、しばさきたくみ」

なんどかつぶやいて、会場をあとにした。空はあおく、ぬけるように高かったが、雪がちらついていた。こういう雪を風花という。

「風花の日という漫画があったな」

あたかも愛でるふうに言った。

展覧会場の最寄り駅から電車で二駅行ったところに自動車学校はあった。

三十代もなかばをすぎ、やたらに運転のうまい柴崎は、過去に免許を取り消されたのだろうとうわさされていた。へいぼんな顔をした、おだやかそうな男が、ひとたびハンドルをにぎればまるで人格が変わるというのはよくある話だ、だから人間の本性を知りたければその人の助手席に坐れば良い、まあ生死の保証はしかねるけど……などと、したり顔で言う者もいた。

もちろん、そうしたことばは柴崎の耳に入っていた。みなの注目をあびるのはよくないことではあったが、知らぬ存ぜぬのしせいをくずしてボロが出ることの方がよほど危険だと判断し、待合室ではうつむいてひたすらに視線にたえた。

「他人に見られるのがこんなにつらいのに、なんだって自画像など出展したのだろう」

これはいかにも微妙な感情であった。

こんかいの自画像は柴崎巧の顔と向きあうという意味合もあった。素どおりされるくらいへいぼんな顔にしあがっていると思えば、整形はまず成功だと言える。だが、モデルがへいぼんであっても良い絵になるということはままあるわけで、しあがったものもへいぼんとなると……、まったくこれは、柴崎巧の自画像を以て須藤孝明の画家としての凡庸さがうきぼりになったけしきであった。

「俺の本分は、イラストなんだ」

と、ひとりごちた。

このとき、

「俺の本分は、アニメなんだ」

と言えなかったのは、イラストよりアニメのほうがより切実に思われたからだった。アニメと言ってしまうと、仮面の奥の須藤孝明が顔をのぞかせる気がしたのである。

とたん、

「川村健司死刑囚の死刑が執行されました」

という声が聞こえてきた。待合室のテレビがニュースをつたえたのだ。柴崎の動悸が高まった。

川村はかつて柴崎の職場を放火した男だった。三十六名の死者を出し、自身も大きなやけどを負った。そうして十日ちかく生死をさまよったのち意識をとりもどした。川村は、医師からじぶんのおこないを聞くにおよんで、

「そんなに死んだなんて」

と戦慄したという。新聞にのった被害者一覧には須藤孝明の名もあった。だから、やはり、須藤孝明は死んだのだ。柴崎の目に炎が猛った。

「柴崎さん」

と声がした。教官が呼んだのだ。だが柴崎の耳には入らなかった。

「柴崎さん」

ともう一度呼ばれた。こんどはしっかりと聞こえた。

しかし、依然として柴崎の目には炎の柱がうつっていた。だがそれは嘘の炎の柱である。げんにビル全体に吹きあれたものであり、天につきぬける炎の柱が須藤孝明をのみこんだとされてもいたが、じつのところ、かれはその場にいなかったのだ。

汗がにじんだ。つめたい汗だ。

「柴崎さん」

「はい」

どうにか返事をした。

きょうはS字型狭道の通行練習だった。げんじつに見たことのないかたちの道であったが、柴崎には手なれたものだった。

「お上手ですね。びっくりしますよ」

教官が皮肉っぽく言った。柴崎は何の反応もしめさなかった。

「ぼくねえ、一回でも免許を取り消されたやつには、もう二度と免許を与えちゃダメだと思うんですよ」

と教官は言った。声には挑発の色があった。柴崎は運転に集中しているふりをしてやりすごそうとした。

教官はつづけて言った。

「柴崎さん。ぼくがあなたのとなりに坐るときは、あなたがどんなに運転が上手であろうと、かならず補習させますよ。ねえ、柴崎さん。聞こえてますか。かならずですよ。あなたに免許なんてぜったいにとらせませんからね」

柴崎はそのことばには応じなかった。

それからしばらくして、ほんじつの練習がおわった。

「はい。おつかれさまです」

教官が笑顔で言った。柴崎は無言で車をおりた。

アパートに帰り、ノートパソコンでツイッターをひらくと、川村の死刑執行の話題がトレンドにあがっていた。川村は獄中で小説を書きつづけていたらしく、それを出そうとしていた出版社も複数あったという。読みたいという声もあれば、そんなものを出そうとする出版社のモラルをうたがうという声もあった。柴崎はぜひとも読みたいと思った。

トレンドによせられたツイートの中には、被害者家族を取材した記事がうめこまれたものもあった。こともあろうに、須藤孝明の母親が取材に応じていた。

かのじょは、

「幼いころからアニメが好きで、絵ばかり描いてすごしていました」

と須藤孝明のことをかたっている。

また、川村については、

「罪をつぐなってほしい」

と、ことばすくなに言及している。川村がたてものに火をつけた罪人であるのはまちがいのないことであるゆえ、ここには嘘がないと言える。しかるに、事実のごく表面的なぶぶんをなぞるというかのじょのしせいは、須藤孝明にむけられたものにもおなじく当てはまるふぜいで、アニメが好きだとか、絵ばかり描いてすごしていたとか、まるで意味がないことばであった。

「意味。……こうなってもまだじぶん探しか」

柴崎はわらった。パソコンの画面に、反射した柴崎巧の顔が写った。まるで知らない顔だった。

記事によれば、須藤孝明がかつてつとめていた会社にあつまった寄付金は、三三億四一三八万三四八一円で確定したという。

 

 

 

2020年12月18日公開

作品集『かきすて』第14話 (全28話)

© 2020 吉田柚葉

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ミステリー 散文

"燃える自画像"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2020-12-19 06:26

    二度読み返しました。文学的、と云う表現がぴったりでしょうか。アイデアが秀逸だと思いました。川端康成の骨だけになった少女の小説と相通ずるものを感じました。タイトルは忘れました。

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