燃える自画像

かきすて(第12話)

吉田柚葉

小説

2,548文字

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男は展覧会に五十号の自画像をだした。ていねいに描かれてはいるものの、生気がなく、いかにも即物的で、おもしろみに欠けるしろものであった。とうぜん、だれからもなんらの評価もうけることはなかった。

描いた当人はさびしくおもったが、まかりまちがって表舞台にたつことになってもこまるため、よしとするほかなかった。

きょうは夕方から自動車学校の教習があった。だから男は早めに会場をはけねばならない。そうでなくても、じぶんの描いた絵のまえをひとびとがえんえん素どおりするのはけっして気分のよいものではなかった。

男が出口にむかうと、

「須藤さん」

と背後から女性の声がして、男は足をとめた。が、かの声はかれにむけられたものではなかった。見ると、裸婦画ばかりを描くことで有名な須藤文喜が女性記者に呼びとめられていた。あべこべに須藤が記者をくどきそうなけはいであった。

そもそも男のなまえは須藤ではなかった。須藤孝明はとうに死んだのだ。

柴崎巧

それが男のなまえである。

「しばさきたくみ、しばさきたくみ」

なんどかつぶやいて、会場をあとにした。空はあおく、ぬけるように高かったが、雪がちらついていた。こういう雪を風花という。

「風花の日という漫画があったな」

あたかも愛でるふうに言った。

展覧会場の最寄り駅から電車で二駅行ったところに自動車学校はあった。

三十代もなかばをすぎ、やたらに運転のうまい柴崎は、過去に免許を取り消されたのだろうとうわさされていた。へいぼんな顔をした、おだやかそうな男が、ひとたびハンドルをにぎればまるで人格が変わるというのはよくある話だ、だから人間の本性を知りたければその人の助手席に坐ればよい、まあ生死の保証はしかねるけど……などと、したり顔で言う者もいた。

2020年12月18日公開

作品集『かきすて』第12話 (全40話)

かきすて

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© 2020 吉田柚葉

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"燃える自画像"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2020-12-19 06:26

    二度読み返しました。文学的、と云う表現がぴったりでしょうか。アイデアが秀逸だと思いました。川端康成の骨だけになった少女の小説と相通ずるものを感じました。タイトルは忘れました。

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