運び屋

かきすて(第27話)

吉田柚葉

小説

4,563文字

書いては消し書いては消しで長らくほったらかされていたやつです。

なんどめかの信号につかまった。ルームミラーに目をやり、後部座席に坐る男のすがたをかくにんした。黒のハンティングキャップをふかぶかとかぶり黒のコートに身をつつんだこの男は、夜に同化する一箇の影と見えた。あたかもそれは映画俳優というしごと上の技術を駆使して影の役を演じているふぜいであった。わたしは影をはこんでいるのだ。

信号が青になった。アクセルをふみこんだ。はしるにつれて街灯の数はへり、また車の往来もへり、次第に樹木しげくなり、山道の入口に出た。うねる道をしばらく往くと、じょじょにみちはばがせばまり、やがて山のなかほどの、かすかに灯をともした小さなレストランについた。のべ三時間半の運転だった。なかからドアをあけてやると、礼のひとつもなく男は店のなかへと入っていった。

これからわたしは車のなかで男を待つのだった。店は一軒家を改装してつくられたもので、駐車場もせまい。わずかに車が二台とめられる面積しかないうえに、すでに一台の車がとまっていた。銀のボルボ。いつだってこいつがさきにいる。あとから来たわたしはその右どなりに車をならべるのだった。

待つあいだは、だれとも交流をもってはならないことになっている。そう言っても、こんな山奥でだれかと出会うとも考えられず、この禁はすなわち銀のボルボの運転手ひとりをさした。やみのなか、運転席に芒とうかぶのは、いくぶん歳をくった、岩を思わせる男だった。男はちらりともこちらを見ず、なにを考えているのか、その顔はまっすぐ前方に固定されている。おもえばわたしはこいつの顔の正面をしらなかった。見えない左半分は、みにくく頬がただれていないともかぎらないと思うと、いかにもそんな気がしてきた。

リクライニングをたおして、目をとじた。山は、しずかだった。

来月で、四十になる。高校を中退して東京に出てきてからというもの、わたしがハンドルをにぎる車の種類にいくつかのちがいがあるとは言え、何か「モノ」をはこびつづけてきたことは一貫している。いちばんはじめ、卵をはこんでいたときはよかった。魚をはこんでいるときも、公道をはしることになんらのうしろめたさも感じなかった。それが札たばに変わり、白い粉に変わり、拳銃に変わるにいたっては、いわゆる日常にはもうもどってこれまいという諦観を覚えた。それでも、上京の際、母からわたされたオマモリがしぶとくわたしに天祐をさずけつづけるのか、いよいよ以て警察の手がわたしの肩をかすめることはなく、月末にわたしの口座にふりこまれる報酬はいたずらに額を上げていった。大量の金をもらったとて伴侶がいるわけでもなし、子がいるわけでもなし、つかうあてはなく、ただひとなみに食っていくというだけのことであれば、かくもあぶない橋をわたりつづけるひつようはなかった。ようするにわたしは死に場所をさがしているのだった。

音がした。目をあけると、わたしがここまで車でおくってきた映画俳優の男が、無表情でパワーウィンドーをこづいていた。腕時計をみると、まだ二十分しかたっていなかった。わたしはリクライニングをもとの位置にもどして車内から後部座席のドアをひらいてやった。なにも言わずに男が乗りこんできた。わたしはだまって車を出した。銀のボルボはまだ主人を待っていた。こちらと出るタイミングをずらしているのだと、さいきんになってようやく気づいた。

来た道をもどり、映画俳優の男の邸宅についた。すでに日をまたいでいた。男は運転席と助手席のあいだから茶封筒を差し出し、わたしがそれをうけとると、だまって車をおりた。一回五万円のしごとだ。

茶封筒をダッシュボードにしまって、ふたたび車を出した。夜の菅刈公園を横目に、なんとはなしに、そろそろこのしごとから足をあらおうと思った。尤もこれはしごとを終えるたびに思うことであった。

三十分ほど車をまわして、浦安のぼろアパートについた。部屋のドアに鍵をさし、まわそうとするとかたくこばまれた。どうやら鍵を閉めわすれたらしい。わたしは用心してなかにはいった。

玄関の電気をつけて、すぐに異様な感じをうけた。気のながれがちがうとでも言えばいいか、この異様な感じは、それが生きた者であれ死んだ者であれ、我が家にまねかれざる客があったことをつげていた。

わたしはジャケットのポケットにしのばせた護身用のサバイバルナイフをにぎった。刃わたりはたよりなく、こちらに刺しちがえる覚悟がなければ脅しにしか作用しないしろものである。まして、ろくろくケンカもしてこなかった、もうすぐ四十になる男だ。これまで何度となく引っ越しをくりかえしてきたが、いよいよここが死に場所かと思うと、どうした道理か、銀のボルボの男の横顔がふいに頭にうかんだ。部屋の奥にああいうにんげんがまちかまえているとしたら、わたしの抵抗はすべからくむだであろう。
「だれかいるのか」

とわたしはさけんだ。反応は、ない。
「ここはおれの家だぞ」

とわたしは言わずもがなのことをさけんだ。これにも反応はなかった。意を決してわたしは部屋の奥へとすすんだ。

電気をつけると、ちゃぶ台のうえに茶色いものが見えた。封筒だった。ぶあつい。手にとってなかを見ると、便せん一枚と、札たばがおさまっていた。便せんには、お世辞にもととのっているとは言いがたい筆致で「仕事から足を洗え」とある。今さっきのこころの声が不細工な手書き文字のかたちをとり紙の上に照射されたけしきであった。札たばをかぞえると、ちょうど三十万円ある。きょうのしごと六回分に相当する。

ともあれ、ここでいう「仕事」が、わたしがしているしごとのどれを指しているのかは判然としなかった。きょうのしごともキナくさいが、日曜日から土曜日まで、どの日のどのしごとを見ても、ひとさまに胸をはって言えるものはなく、主人不在のわたしの家につかいをよこすようなにんげんには、いくつもこころあたりがあった。いますぐに思いつくようなこころあたりがないにんげんにも、いくつもこころあたりがあった。かくじつに来週も生きていたければ、あしたからのしごとすべてから足をあらわねばならない。だが、それがつまり、足をあらうということなのだ。

インスタントのココアをとかした。ヒビのはいったガラスコップでのんだ。表面にはねずみのキャラクターのもようがあしらわれていて、もう十年いじょうつかっている。病気で死んだ女がつかっていたものだった。

あの女が生きていれば……、というのはよく考えることだった。あの女が生きていさえすれば、どこの時点からであっても、やり直すことを考えられただろう。しかし、そもそもあの女と出会いさえせねば、膨大な治療費をあがなうひつようがなかったわけで、こちらの世界に足をふみ入れるということもなかったであろうが。
「もうすぐ私は死ぬでしょう」

死ぬ三日まえ、病床で女は言った。このとき医師からつげられた余命はまだ半年あり、顔色はわるく、痛々しく髪が抜けおちていたが、ときおり苦痛がはしったらしい表情を見せながらも、わたしとことばを交わすのに困難はなかった。死ぬものか、だいじょうぶだ、とわたしは言った。
「いいえ。私は死にます。それは、でも、しかたのないことなのです。あなたと出会うと決めたとき、それはすでに約束されたことでした。だから、死ぬのは絶対に避けられません」

と、女はふしぎなことを言った。「私が心配なのは、ほかならぬあなたのことです。私が死んだあとも、あなたは『善き人』でありつづけられるでしょうか」

こんなことを言われて、わたしはどうしただろう。死ぬなどとかんたんに言う女の勝手にあきれたか。あるいは、『善き人』なんぞいうわけのわからないことばをつかう女の軽薄さに怒りを覚えたか。それともすでに『善き人』からとおくはなれてしまったじぶんを想い、無垢な少年であったころのじぶんにもどりたいとでも思ったか。げんじつには、ことばをさがしている途中に、ポケットにいれたポケベルがとつぜんにふるえ、当時のボスによびだされたのだった。わたしはボスのもとに車をはしらせた。そうして、はじめてじぶんの車に死体を乗せたのだった。死体は、わかい男とわかい女のものだった。恐怖はなく、ちかい将来のわたしたちだ、とただそれだけを思った。

ココアをのんだ。うすくつくりすぎたので、粉を足した。ちょうどよい味になるまで三回くりかえした。飲み終わると、部屋中のじぶんの指紋を拭きとり、女の形見であるガラスコップだけをリュックサックに入れてアパートを出た。夜行バスに乗りこんだ。行きさきはどこでもよかった。東北に行こうと思って福島県にきめた。乗客は片手でかぞえられた。

くらやみのなか、何を見ればよいのか、何も見なくてよいのか、混乱した。車に乗るということは、アクセルペダルを踏むということであり、ハンドルをにぎるということであり、前をむくということであった。本を読む習慣があれば、と思った。だがわたしはそもそも本が読めないのだ。そのことを思い出した。ふつうの人であればそういうことはないらしいが、わたしは本をひらくと、そこにならぶ文字がおどるのだった。なんらかの意味を成しているらしい文字列は、一文字単位にばらされ、意味をつかもうとすると、逃げる。わたしにとり意味とは、そうやってどこかへと逃げていくものであり、だとすれば意味など気にするだけむだだった。目をつむり、なんとはなしに、おそらく福島に着くことはないだろうと思った。

それから十年がすぎた。大きな震災があって、この十年に築いたすべてが津波にながされた。女の形見のガラスコップもながされた。だれでもないところからはじめて、まただれでもなくなった。福島にさしたる執着もなかったので、東京行の新幹線に飛び乗った。窓側の席だった。杖をつき、となりに坐ってきた初老の男がわたしの顔を見るなり、
「こんなところで会うとはな」

と言った。顔に見覚えがあった。だが思い出せなかった。
「どなたでしょうか」

警戒してわたしは問うた。
「だれでもない男だよ。思い出せないのなら、それまでだ。おまえも東京までいくのか」
「はい」
「だったら、東京に着いた時点でおまえとは完全にお別れだ」

と言って男は黒いカバンから文庫本をとり出した。
「さいきん本を読むことをおぼえたんだ。やっとだよ。あのころにこの習慣があれば、車で待つ時間ももう少し有意義だったのだけれどな」

車で待つ、ということばでようやく男のことが思いあたった。わたしはからだが熱をもつのを感じた。男の顔は、ただれてはなかったのだ。
「あの夜会はなんだったのでしょうか」

とわたしは好奇心から問うた。初老の男は文庫本に視線をやったまま、
「マツリゴトだよ。あそこで行われていたのは一種のマツリゴトだ。ヤタガラスの末裔たちの……」

と言った。
「マツリゴトですか」

「これ以上は言えない。おまえには知るひつようのないことだ。……足をあらったんだろ」
「はい」

とわたしは言った。それから、リクライニングをたおして、目をつむった。いまもどこかで、だれかの車のトランクにわたしと女がおさまっているのだ、そんなことを思った。

しばらくして目をあけてとなりを見ると、そこに男のすがたはなかった。

2021年5月1日公開

作品集『かきすて』第27話 (全28話)

© 2021 吉田柚葉

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