運び屋

かきすて(第21話)

吉田柚葉

小説

4,562文字

書いては消し書いては消しで長らくほったらかされていたやつです。

なんどめかの信号につかまった。ルームミラーに目をやり、後部座席に坐る男のすがたをかくにんした。黒のハンティングキャップをふかぶかとかぶり黒のコートに身をつつんだこの男は、夜に同化する一箇の影と見えた。あたかもそれは映画俳優というしごと上の技術を駆使して影の役を演じているふぜいであった。わたしは影をはこんでいるのだ。

信号が青になった。アクセルをふみこんだ。はしるにつれて街灯の数はへり、また車の往来もへり、次第に樹木しげくなり、山道の入口に出た。うねる道をしばらく往くと、じょじょにみちはばがせばまり、やがて山のなかほどの、かすかに灯をともした小さなレストランについた。のべ三時間半の運転だった。なかからドアをあけてやると、礼のひとつもなく男は店のなかへと入っていった。

これからわたしは車のなかで男を待つのだった。店は一軒家を改装してつくられたもので、駐車場もせまい。わずかに車が二台とめられる面積しかないうえに、すでに一台の車がとまっていた。銀のボルボ。いつだってこいつがさきにいる。あとから来たわたしはその右どなりに車をならべるのだった。

待つあいだは、だれとも交流をもってはならないことになっている。そう言っても、こんな山奥でだれかと出会うとも考えられず、この禁はすなわち銀のボルボの運転手ひとりをさした。やみのなか、運転席に芒とうかぶのは、いくぶん歳をくった、岩を思わせる男だった。男はちらりともこちらを見ず、なにを考えているのか、その顔はまっすぐ前方に固定されている。おもえばわたしはこいつの顔の正面をしらなかった。見えない左半分は、みにくく頬がただれていないともかぎらないと思うと、いかにもそんな気がしてきた。

リクライニングをたおして、目をとじた。山は、しずかだった。

来月で、四十になる。高校を中退して東京に出てきてからというもの、わたしがハンドルをにぎる車の種類にいくつかのちがいがあるとは言え、何か「モノ」をはこびつづけてきたことは一貫している。いちばんはじめ、卵をはこんでいたときはよかった。魚をはこんでいるときも、公道をはしることになんらのうしろめたさも感じなかった。それが札たばに変わり、白い粉に変わり、拳銃に変わるにいたっては、いわゆる日常にはもうもどってこれまいという諦観を覚えた。それでも、上京の際、母からわたされたオマモリがしぶとくわたしに天祐をさずけつづけるのか、いよいよ以て警察の手がわたしの肩をかすめることはなく、月末にわたしの口座にふりこまれる報酬はいたずらに額を上げていった。大量の金をもらったとて伴侶がいるわけでもなし、子がいるわけでもなし、つかうあてはなく、ただひとなみに食っていくというだけのことであれば、かくもあぶない橋をわたりつづけるひつようはなかった。ようするにわたしは死に場所をさがしているのだった。

音がした。目をあけると、わたしがここまで車でおくってきた映画俳優の男が、無表情でパワーウィンドーをこづいていた。腕時計をみると、まだ二十分しかたっていなかった。わたしはリクライニングをもとの位置にもどして車内から後部座席のドアをひらいてやった。なにも言わずに男が乗りこんできた。わたしはだまって車を出した。銀のボルボはまだ主人を待っていた。こちらと出るタイミングをずらしているのだと、さいきんになってようやく気づいた。

来た道をもどり、映画俳優の男の邸宅についた。すでに日をまたいでいた。男は運転席と助手席のあいだから茶封筒を差し出し、わたしがそれをうけとると、だまって車をおりた。一回五万円のしごとだ。

2021年5月1日公開

作品集『かきすて』第21話 (全40話)

かきすて

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© 2021 吉田柚葉

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