呑まない夜

かきすて(第19話)

吉田柚葉

小説

1,850文字

今日からカフェイン断ちをしようと思います。

すみれがねついてからも夜はながい。

ココアを淹れて書斎で文庫本をひらいた。『ヘミングウェイ全短篇』のさいごの巻である。どの短篇のどの頁を読んでも、兵士たちが戦地でさまざまのぐちをこぼしているばかりで、筋らしい筋はみえない。むかしからこの手の小説はにがてだった。そもそも活字がにがてだった。

二時間ほどかけて百五十頁ほど読み、しおりをはさんだ。時計は二十二時をすこしすぎたところで、とうぜん、ねむけはまだこない。

目をつむって私は、首都高速をくるまでとばす妄想にふけった。車内にはふるい音楽が鳴っていて、助手席には登紀子がすわっている。じっさいにそれが実現しないのは、すみれがいるからであり、登紀子がいないからである。

目をあけてテーブルにおかれたじぶんの右手に視線をおとすと、それがこきざみにふるえてみえた。焦点があうと、みまちがいであるとわかった。

こういうみまちがいは、心臓にわるい。また禁断症状がでたのかとおもうと、人生最悪のときにひきもどされる心地がして、いまある生活も過去のじぶんにのみこまれてしまうのではないかとひたすらにこわくなる。

雨音がした。風がまどをたたいた。やがて、どこかに雷がおちた。

部屋のドアがひらいた。

「パパ」

すみれだった。

「すみれ……、おきちゃったか」

私はすみれをだきかかえた。

「ご本よんでたの」

「そうだよ」

2021年2月7日公開

作品集『かきすて』第19話 (全40話)

かきすて

かきすては2話、14話、24話を無料で読むことができます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2021 吉田柚葉

読み終えたらレビューしてください

この作品のタグ

著者

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"呑まない夜"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る