四 マシュー・カスバート、追い込む
「さすがにあの程度でくたばってもらっちゃあ困るわな」
マシューは地下の物置小屋に整然と並んだ甕を厳めしく睨みつつ独り漫然と呟いた。中には五十年モノもある。
恥垢漬けにおいてマシューの右に出る者はいない。島一番との評判である。
この分野については料理の腕前を自負するマリラすら舌を巻く出来栄えであり、兄に口出しはしなかった。
まずはかろくここからいこうかとマシューはひとつの小瓶と甕を携えてアンの部屋に向かった。小瓶には「ダイアナ・バリー」と刻印されたラベルが貼られている。
自室のアンは「恥毛抜き」を主としてあずかったばかりで身体的欠損はない。腋と鼠径部の毛をむしりとられた状態で仰臥している。しろくうすく平坦な胸が呼吸のたびにゆるやかに顫動しつつ上下している。どうやら失神状態らしい。マシューはほくそ笑んだ。レイチェルはやはり「手心」と「礼節」というものを熟知している。
「これはどうかな」
マシューは『はしばみ谷のネリー』を軽快にハミングしつつ五年モノのダイアナ・バリーの恥垢漬けをアンの鼻下を中心に気つけ用としてうすく塗りひろげた。往年の熟達をしのばせるなめらかでやさしい手つきである。アンの無垢なうすい乳首の色素がマシューをしずかに猛りたたせる。
薄地の下塗りは揮発すると猛撃のように香り立ちアンの深奥を貫いた。
「あ くさあっ くさいいいっ くさいっ」
雷撃に打たれたかのごとく失神状態から跳ね起き叫び散らすアンの首元を野良仕事で鍛えあげられたマシューの骨ばったがっしりとした右手が即座にとらえた。
「アンや、この程度のくさみで自分がゆるされるとでもおもったのかな?」
アンは意味不明の教理問答のごとき文言を垂れるマシューをただ不気味な物体として凝固しつつ凝視するほかない。
「くさいということはな、アン、お前にはまだわからんだろうがおまえ自身がくさいということを知ることからはじまるんだよ」
表情のないマシューはアンの陰核包皮下部にレイチェルによって巧妙に残されていた「アン自身の新鮮な恥垢」を掬い取るとアンの両鼻孔に丹念に擦り込んだ。
「くさい。くさいわマシュー。本当にくさいの」
「それでな、お前は自分が本当にくさい人間ということがわかったのかな?」
有無を言わせぬその語気に少女は頷くしかない。両眼を襲うダイアナと自身の臭気は熾烈であり生理反射として閉じた目尻からは涙がとめどなく滴り落ちる。
マシューはいつになく怒気を込め一喝する。
「目を開けんか!」
「はいぃっ」
「お前はくさい人間か?」
「はい、わたしはくさい人間です」
「お前はどうして自分がくさい人間であることをそんなに簡単に認めるのかな?」
この質問にもまたアンは窮した。状況において返答の匙加減を変えることが苦しい孤児時代のアンの処世術であった。しかしここでは通じないらしい。
「それは、それは…… 私がこういえばマシュー叔父さんは納得してくださると思ったからです」
「この下郎。土下座せい」マシューはきっぱりと申し渡した。
「かみさまにウソをついて、自分が生き延びようとする、その腐りきった性根を叩き潰してやる。ここからはかみさまもウソもなしだなあアン。こんなにくさいものをつくりだす人間はどうすればいいか、お前ご自慢の想像力をはたらかせてごらん」
「こんなにくさい人間は、孤児としてホープタウンに戻るべきだと思います」
「そうさな、これまでもそういう言い訳をして命乞いをしてきたわらしがうんといたさな。わしはいいんだがあのマリラがゆるさんだろうて」
生の望みをつなぐアンの哀願は一笑にふされた。
「まだわからんとみえる。やはりこいつを使うときがきたようさな」
年代物の甕に貼られたラベルに刻印されたかすれた文字は「マリラ・カスバート」とかろうじて判読できる。
「歳月がもたらす厳しさというものを正味なところでこってり味わうがいい」
マシューは甕から取り出した粘性を帯びた暗色の物質をアンの両眼に塗りたくった。
「あ゛あ あああっ」
アンは両眼をもろ手で抉りださんばかりに搔きむしりつつ転げまわる。
「失明というのは、ある意味ではお前において福音だろうよ」
ベッド上で七転八倒のアンを眺めつつマシューは直立したままハラを抱えて嗤った。
「しっかり小便も大便ももらしたか。なんにも嬉しくないな。ではアン、一応の確認はしておくがお前は尻穴にコレがほしいんだね」
「なにも欲しくない、欲しくないのマシュー。いまだって目が見えな」
マシューは甕から件の物質を片手一杯につかみ出すとアンの穴という穴、尻穴から尿道、耳孔に鼻孔、未だ丁寧に保存されている処女膜の手前まで一点の隈なく執拗に擦り込んだ。
「んからかがあう うぎあんたらな そうべにゅ羅針盤 こうだにぽろくさっさぁ」
人語を超えたナニカをアンが吠え、跳ね踊る様をみやり、この過酷な世界に愛を投下すべく生きてきた甲斐もあったものだとマシューは幾度も己に対し頷く。その愛はもしかしなくとも他者の精神を灼き切る塩梅であったかもしれない。
「アン、お前はとくにココが好きみたいだな」
マシューはアンの尻穴をぴんと弾いた。マシューご贔屓の穴である。アヴォンリーに伝わる説ではマリラの恥垢漬けは王水を超える酸と慈悲を抱くという。その一欠けを親指にのせると素っ裸のアンを横抱きにして両膝に置いたマシューはアンに対し(現代科学で計測される範囲で記述すると)親指による毎秒一垓ピストン@尻穴の荒業を繰り出した。アヴォンリー在住の田舎者には滅多にみせない奥義である。
「この溶け蕩け具合と速度がグリーン・ゲイブルズそのものの味さなぁ!」
「しゃあしゃあしゃあ! りぃたらのかからっぺえ。なんの沙弥らさーがんたら。ぬましかてえ。らったらんクリ盛ったな。ちゅう無理んだなばっさるたぁぁっ」
孤独に技を鍛えあげてきたマシューは毎秒一垓ピストン@尻穴を繰り出しつつ眼窩より飛び出さんばかりのアンの眼球を見据えながら、まんざら自分の人生も悪くはなかった、とかろく自省する。アンの眼球、その白地に脈動する紅い毛細血管の破裂寸前、その緊張怒張がマシューの魂に生きているということの意味をいつもよみがえらせてくれたのだ。このように少女を滅茶苦茶に裁断解放できる技術と安寧をかみさまから授かったのだから。彼は頬に涙を伝わせる。
二階から支離滅裂の少女の声音が響いてきたという報せがマリラが起動する頃合いである。
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