五 マリラ、拒まれる
「いつもの演舞鑑賞ですか。けれど兄さん、いい加減にしたらどうですか。潰すという言葉の意味くらいわきまえてるでしょう」
階下の薪ストーブでじっくりと熱した鏝、マシューが家畜の焼き印のために愛用している鏝を持つマリラが焦れた様子でマシューの背後に控えている。レイチェルもいる。
「さあて、どこから灼き潰してやろうか」
マリラが冷然と言い放つと、レイチェルが制止した。
「まだ早いですよ、マリラ。まずこの醜い赤毛から処理しちまいましょう」
レイチェルは愛用の裁ちばさみでアンの三つ編みに結った赤毛をおさげごとざくりざくり切り落とす。
「毛の一本という一本も残さないからね」
坊主頭のアンにレイチェルは再び躍りかかると、前歯で頭皮に残存するアンの髪にかじりつき宣言通り一本ごとに丁寧にひきむしりはじめた。
小瓶を抱くマシューと鏝を持つマリラはレイチェルの凶行を黙然とみまもっている。その様は監査といってもよい。レイチェルが粗相をすればまっさきに処理されるのはレイチェル自身なのだ。
数刻後。アンに残された毛はない。現代でいうところのスキンヘッドと化した。完璧主義者のレイチェルによって眉毛まつ毛鼻毛すね毛までうぶ毛ごと完全に引き抜かれている。
マリラはレイチェルの丹念で執拗な仕事ぶりを賛嘆した。アンの無毛のアタマを撫でさすると旧知の仲であるレイチェルに対し、アンが不確かにわめいていた腹心の友という言葉が実態として感じられた。
「上出来さね、レイチェル。さがってもいいですよ。まったくこいつを炙りなおすのもなかなか骨だったことさ」錫杖のように鏝をさし上げるマリラのかがやかなまなざし。
視力を回復しつつあるアンの両眼には空間の歪むほど白熱した眩いナニカを捧げ持つあの女が映し出されている。一点の曇りもないその女の両眼をみつめた時、人間とはなんだったのかという理解が十一歳のアンにおいて完成した。
これからなにが起こるのか。アンは正座したままマリラに平伏していたが、次の言葉がとどろいた。
「お前は、舐めるつもりがあるのかね?」
アンの眼前に突き出されるは恥毛白化し凛と香るマリラの鼠径部である。アンはかぶりを振り、拒絶の意志を示す。人間の尊厳としての最期の抗い。
ひとの肉の焦げる臭いと少女の絶唱。
「舐めるつもりがない人間が人の面をして堂々と生きている。私たちも舐められたもんさね」
見下げ果てた下種を相手にするようにマリラは述べた。
「アン。お前は、とんだ勘違いしているようだね」
なにが、と問いたげなアンに対してマリラの高説は続く。
「お前は、人間じゃないってことさ。せっかく私たちがお前を人間以上のものにひきあげようとしているのにその態度はなんだい? でもアン、これは問題だ。お前は人間でありたいのかい? お前をこんなにも痛めつけてきた世界を愛して、恥垢じみたくさい詭弁をくさい自身にさんざ咲かせて、これからも世間並の人間面をしてくさく生きていきたいのかい? お前は本当にEを受ける資格があるのかと反省したことはあるのかい?」
ANNとの烙印を顔面に受けたアンはなにかしらの思考をめぐらすがなにもこたえはでてこない。
「やっぱり、凡庸な娘だったわな」
肩を落としたマシューは無念至極とばかりにへたりこみ座り込んだ。
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