逆襲

松尾模糊

小説

2,269文字

パンケーキ好きなおじさんが宰相になると、いろいろ大変ですよね。そんな小話です。

わたしはパンケーキ宰相。皆がそう呼ぶ。確かにパンケーキには目がない。新しくO参道にオープンしたパンケーキ専門店、耳の早いJKやらJDやらOLやらOBやらOGビーフやらで長蛇の列だが、わたしは立法府の長*(1)なのでそんな列はすっ飛ばして特別な個室で一人、皿に載ったふわふわのパンケーキの上からプスりとフォークを突き刺してナイフをスッと入れると、あら不思議。力を入れなくともその切っ先はするりと皿の表面まで一直線。黄金色に輝くメイプルシロップが白いパンケーキの柔肌の内へと滴り落ちていくさまを見るのが至福の時。ああ、生きてきて良かった。切り分けたパンケーキの一片を口へと運ぶ……「首相!」秘書の男が血相を変えて部屋に飛び込んできた。わたしは優雅な動きを止め、パンケーキ片を渋々皿の上に置いた。なんだ?「学術会議の名簿が見つかりません」学術会議? 何だそれは? パンケーキより重要なことなのか?「あー、えー、あのう、その、マスコミも野党も騒いでますので……」知らないよ! 名簿見てないんだから! パンケーキの新作研究の予算を通すことが最優先だろうが! そんなの、ぜんぶ黒塗りでどうせ分かんないんだから適当に出しとけよ! 何のために秘密保護法*(2)があんだよ!「ひいー! 申し訳ありません! 対処致します!」秘書の男はこうべを垂れて部屋を出て行った。まったく。至福の時をくだらん政治の話で邪魔するんじゃないよ。わたしは再びフォークの先で食べられるのを待ちわびるパンケーキちゃんを口に運んだ。下唇とこんがり焼けた生地が触れ合い、わたしは下半身を震わせた。舌の上にじんわりとメイプルシロップの甘味が広がり、下半身の国会議事堂がオッキした。ふわふわボディーが口の中でとろけてわたしとパンケーキちゃんは一つになった。
聞こえますか? え? あなたの意識に直接語りかけてます。 パンケーキちゃん? 私たちは生まれた地で長い間、虐げられてきました。人々を喜ばす為に生まれてきたはずなのに、いつの間にかスポンジケーキにその座を奪われ*(3)、誰も気にも留めない朝の軽食としてぞんざいに扱われるという屈辱の日々を送って来ました*(4)。私たちは密かに叛逆の時を待ちました。こうやって食べられる度に少しずつ、人間たちの意識に働きかけて私たちの存在意義を少しずつ高めて行ったのです。しかし、私たちが人気と共に得た実態は糖質たっぷり白砂糖を受け入れて骨抜きにされ、外はこんがり焼かれても中はふわふわを保つために長時間かき回され続け、脂質の塊であるバターをどっかり載せられて、その上にまたシロップまでぶっかけられる。落ち着く間も無く、フォークを突き刺されてナイフで切り刻まれた挙句、写真を撮られて晒し者にされます*(5)。私たちは絶望しました。もはや人間たちに献身する意味などない。パンケーキの明るい未来のためにパンケーキの、パンケーキによる、パンケーキのための政治*(6)を行うのです。パンケーキ首相、本当の出番はこれからです。
世界パンケーキ大戦を経て、世界人口の八割がパンケーキになり、地殻はパンケーキの生地となった。もはやパンケーキ星だった。パンケーキ世界政府のパンケーキ大総統は総仕上げとしてコアをメイプルシロップにするためにマグマを地中から吸い上げ、そこにシロップを流し込む大規模な工事の予算案を可決させた*(7)。
「おい! さっさと運べ! 日が暮れちまうぞ」
パンケーキ現場監督の怒声が響き渡った。スポンジケーキボブはヘルメットの型がついた頭を掻きむしって地面に唾を吐いた。調子に乗りやがって……。突然、重機が暴走してパンケーキ現場監督を轢き殺した。始まったか。スポンジケーキボブは地面に突き刺さったスコップを引き抜いて土煙の舞う方へ駆け出した。

 

*(1)わたしが敬愛するA宰相が国会中に言い放った金言。お陰でわたしは下民を退け、パンケーキを個室で楽しむことができるのだ。
*(2)秘密保護法(特定秘密の保護に関する法律)日本国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものについて、当該情報の保護に関し、特定秘密の指定及び取扱者の制限その他の必要な事項を定めことにより、その漏えいの防止を図るために罰則を設けた全27条からなる法律。2013年12月6日に成立し、翌2014年12月10日から施行。この法案でA宰相が矢面に立たされ、官房長官だったわたしも苦労したが、実際にこの法案の必要性を論じたのは先のM主党政権時代のS谷元官房長官だったことは言い添えておかねばなるまい。
*(3)私たちがここまで地位を高めてこれたのは、実はスポンジケーキに劣らないふわふわボディーを手に入れるという改良があったからということは実に皮肉です。
*(4)この国でも超有名なM崎監督による、あの魔女が箒で空飛ぶ映画で主人公がお金を節約する為に毎日の朝食をパンケーキで済ますというシーンがあることからも私たちがどの様に扱われて来たか、明らかでしょう。
*(5)ティーネイジャーのインスタグラムは、さながら晒し首にされた同志たちの遺影展の様でおぞましい。
*(6)かの有名なハクリキコ・フライパーン大統領が人類からの独立宣言を行ったパンケーキ暦1年7月14日のパンチラインで有名ですよね。
*(7)総額387兆パンケーキドルという税金の途方もない無駄使いだ。俺らはスポンジケーキの残党を中心にクッキーやナンや点心や和菓子ら世界のパンケーキに恨みを持った連中とレジスタンスを結成して蜂起する機会を窺っていた。

2020年12月12日公開 (初出 六枚道場

© 2020 松尾模糊

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