初陣

月に鳴く(第7話)

合評会2021年01月応募作品

松尾模糊

小説

3,271文字

講談師に憧れて上京したマミと、高校の親友だったミサト。初舞台を踏むマミを観てミサトは何者にもなりきれていない、受験に臨む自分の状況に焦る。青春の日々を講談を交えて語った実験的掌編。

昔から初物というと、縁起のいいものとされてきたものです。初物を食べると寿命が七十五日延びるというのは、中国の五行説やら、江戸時代の死刑囚に最後に望むものを食べさせる慣習から当時の罪人が手に入らない次の時期の初物を所望して何とか刑の執行を先送りしようと試みたことから来ているなど諸説あるそうです。幸先を良いものにしたいという願望は人の性というものなんでしょう、武士の「初陣」というものもその例外ではありません。武家の当主は息子たちの初陣を勝ち戦に出すことで、そのご利益にあやかれるように努めていたと言います。さて、皆さんご存知、太閤、豊臣秀吉の初陣は彼が木下藤吉郎と名乗り、今川義元の家臣、遠江国とおとうみのくに頭陀寺城主ずだじじょうしゅ・松下之綱ゆきつなに仕えていた時分でございました――高座の上で赤い着物姿のマミ、今は講談師・神田紅蘭こうらんが釈台を張り扇でバンバンと調子を取って『太閤記』の「初陣」を滔々とうとうと語り始めた。

 

「コウダンシ?」
「講談師。落語で寄席ってあるやん。あんなん。本当は寄席っていうのは、落語だけやなくて、講談とか浪曲ろうきょくとかいろんな演芸があるんやけど『笑点』とかで落語家が有名になったからマイナーやってん。最近は神田伯山がテレビに出とったから、また注目されとるけど。神田……松之丞、知っとるやんな?」
「滝沢カレンと一緒にテレビ出てる人?」
「そうそう」
「あんなとぼけた感じやけど、神田松鯉しょうりって人間国宝の弟子の出世頭なんやから凄いんよ」
「へえ」
「あ、興味ないんやろ? まあそうやんな……ババアみたいなこと言ってゴメンな」
「ババアってw自分責め過ぎでしょ」

マミは幼馴染で、高校を中退してそのまま弟子入りする為に上京した。それから二年弱、彼女はわたしに宣言した通り東京で夢の舞台に立った。「親がうるさくてさ、夜間の高校に行きながら見習いやってたからかなり時間かかったけど、やっとミサトに観てもらえる日が来たよ」と書かれた手書きのハガキとチケットが入った封書が先日届いた。大学受験でちょうど東京へ行く日程だったので、わたしは彼女の舞台を観に行くことにした。古臭くて狭いところで観客席もコロナ対策で一席ずつ空いているガランとした印象だったけれど、堂々と張り扇を叩いて幾分か大人びた彼女は凛として眩しかった。二年で彼女が歩んだ人生とわたしの歩んだそれは、早さも重みも全然違くて彼女との距離が果てしなく遠く感じられた。

2021年1月10日公開

作品集『月に鳴く』第7話 (全16話)

月に鳴く

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© 2021 松尾模糊

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"初陣"へのコメント 14

  • 投稿者 | 2021-01-21 06:25

    サイレントマジョリティーっていうのが良かったです。良かったと思います。あれのおかげで、ぐっと身近になったというか。身近だけど、でもやっぱり大変な世界というか。元は同じ場所だったはずなのに分かれて伸びる枝の様な感じになったというか。なんかそう感じがありました。あったと思います。

  • ゲスト | 2021-01-21 18:00

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  • 投稿者 | 2021-01-21 22:22

    わたしのマミに対する焦燥感や、試験前の緊張を高める描写がラストに梯子を外すためのフリとして機能している、というような印象を受けました。講談の『初陣』の内容が確認できていないので、どのような関連があるのか気になりました。

  • 投稿者 | 2021-01-22 20:23

    面白い趣向です。入試問題内に人物が入り込んでいるのも楽しかった。

    寄席で聞く講談は本来、演目を演じさえすればいいのでしょうが、古文をふんだんに使うからただでさえ難しいところに、落語と同じようにマクラやサゲが重要視されるし、落語と違って笑わせればよいというものでもないしで、若い演者にはかなり大変だと思います。マミの覚悟のほどを感じます。
    人と違う道を歩むマミが、ミサトにだけは晴れの姿を見てほしいという気持ちはかなり一方通行的な友情で、一方ミサトがマミの成長ぶりを目にして自分の卑小さを悔しく思うあたりもすごくリアリティがあります。

    それぞれの初陣で大手柄を上げられるようにと祈らずにはいられません。

  • 投稿者 | 2021-01-23 21:49

    「受験票を呈示してから~」に出てくる「わたし」はミサトではなくて別の受験生なのかなあと思いました。2ページ目の試験問題を導入するのは斬新だなあと思いました。

  • 投稿者 | 2021-01-24 12:43

    んんっ、ページがわかれてる? と思って2ページ目に行ったらまさかの試験問題。意表を突かれて面白かった。私は問題を間違えた。くやしかった。女の子同士の物語はさわやかでステキ。リストに入れとくだけじゃなくてちゃんと終わったら楽屋に来いと指示しないと来ないよね。じれったくてかわいいな。

  • 投稿者 | 2021-01-24 18:03

    あ、二ページ目気がつかなかったです。

    講談師と受験生の対比でお話を進めているのだけど、途中どっちがどっちの視点よと混乱してしまったり。
    ナンバリングした方が解りやすかったかもしれませんね。

  • 投稿者 | 2021-01-24 19:02

    視点が結構往復してるなと思いつつも、プロとして一歩先を進んだ友人に対する焦燥感と、マミの思いやりとが対比してて非常に好感が持てました。
    (問題は結局カンニングしてしまいました

  • 投稿者 | 2021-01-25 08:26

    時間軸視点が目まぐるしく変わる百合物語。少々混乱しましたが、最後の飛び道具にやられました。ページを使ったメタ仕掛け、今度パクらせてもらおう。

  • 投稿者 | 2021-01-25 10:41

    視点人物を変えるときは何か工夫してもらえると嬉しい。ん?ミスかな?と誤解して印象が下がってしまうからです。まあ今回最高評価なんですけど

  • 投稿者 | 2021-01-25 14:42

    改ページ機能があるというのを初めて知りました(笑)
    試験問題の答えは考える前にすぐググってしまったヘタレです。
    女講談師といえば最近神田茜さんの書くものがなかなか面白くて考えさせるので気になっています。

  • 編集者 | 2021-01-25 15:32

    落語に比べても講談にはあまり縁が無いのだが、青春、初陣と絡めて面白く読めた。月並みだが改ページの工夫が面白い。

  • 投稿者 | 2021-01-25 18:45

    入試問題風のオチは今まさに旬の時期でもあるので、面白かったです。2ページがあるのを最初見逃した自分が言うのもなんですが。単純に好きなタイプのお話。松鯉先生の講談は弟子にしてスーパースターの伯山先生とはまた驚くほど対照的で鷹揚な語り口で、「ああ、こんな風に時が流れる講談もあるのだなあ」と浅草で感動した記憶があります。

    • 投稿者 | 2021-01-25 18:54

      あと、貞友先生、貞鏡先生……女流の方が数多輝いている、講談界に対するエールというか、アオハルモノというか、講談版『赤めだか』的なポジティブなものを感じました

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