男は両手を器用に使い、あずき色の化学繊維の糸で漁網を編み込んでいる。コンクリートの上で大きな網を編む男の傍では、堤防に打ちつける波の音と揚がる魚のおこぼれを狙う鳶の鳴き声だけが響く。防波堤の先に見える灯台の向こうに傾きかける日の陽射しが長閑な光景に色を添えていた。風はなく、男の狭い額には汗が光っていた。芋虫のように太くむっくりとした指は長年の作業の年輪を刻むように厚く硬い皮膚に覆われている。その武骨な指の見た目とは裏腹に滑らかな動きで規則正しい網目が次々と生み出されていく。飛び回る蠅がときどき男の短く刈られた白髪頭の上にとまっていたが男が気にする様子はなく、ひたすら男は編み続けた。眩しい陽射しがやがて茜色に染まり白い月に色がつく頃、男は手を止めて立ち上がる。腰に両手をやって背中を仰け反らせて息を吐き、地平線の向こうに沈む夕日を眺める。そうして男の一日は暮れていく。
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