最後の晩餐

応募作品

松尾模糊

小説

4,121文字

レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』L'Ultima Cena:壁画、テンペラ、420cm×910cm、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院所蔵

外食も憚られる今、妄想だけが膨らんでいきます。7月合評会、お題UberEats応募作。

ピーンポーン

家のチャイムが鳴ったので、僕はウーバーで注文した近所に新しくできたタイ料理店のガパオライスが届いたものと思いモニターも確認せずに玄関の扉を開けた。
「コニチハ! チューバ―イーツのご利用アリガトございますぅ。ゴチュモンの品をお届けしますぅ」
ヘルメットを被った堀の深くて目の青い、赤いタンクトップに黒いスパッツ姿で手足の長い男が背負っていた黒い保冷バッグをドンと僕の目に前に置いた。さすが外資なだけあってユニバーサルな人材が働いているんだなと思いながら、僕は「さ、さんきゅ……ありがとうございます」と言って笑顔を向けたが、バッグのジッパーを開けて中から縄で縛られた左半分金髪に染めた若いアジア系男性の頭髪を鷲掴みにして引きずり出している男を見て「え」と声を出して後ろにのけぞった。
「煮るなり焼くなり好きにせえ」男は右手の親指を立てて、不自然に白い歯をむき出しにして笑った。
「ちょ、ちょっと待ってください……何なんですか、これは」僕は腰が砕けて立ち上がれず、尻もちをついたまま男に尋ねた。
「今人気のYouTuberでしょ? アナタが注文したヨ?」
「いや、おかしいでしょ。僕が注文したのはガパオライス……」
僕はそう言いながら、右ポケットに入ったスマホを取り出してアプリを開いた。配達完了の画面と共にクラークという名前と目の前に彼の満面の笑みの写真が掲載されていた。僕はアプリを閉じると、もう一度彼の顔を見上げた。
「ほら、ここ。“t”って書いてるでしょ?」クラークは僕に顔を近づけて、スマホの画面を指差した。僕は画面をもう一度確認した。アプリのアイコンには黒い背景に白い文字で“tUber”という単語と“Eats”という単語が緑色で記されていた。もう一度タップしてアプリを開くと、おすすめYouTuberとしてヒ○キンやは○めしゃちょーからスカイピー○にフ○ちゃん、ヒ○ルまで人気YouTuberが並んでいた。
「こんな詐欺みたいな、アダルトサイトみたいな契約なんて違法に決まってる!」
「ナニ? RedTubeの話? お客さんも好きネーw」
縛られた男が「うぅ……」と呻きながら目を覚ましたので、僕は身体をびくつかせた。
「もう、食べないならワタシが食べちゃうヨー」クラークは男の頸部に太い右腕を回して左腕で固定して締め上げた。「う……ク……」と男は白目を向いて泡を吹きながら再びがっくりと俯いた。クラークは腕を離して男の両肩に手を置き、男の背後から左耳に噛みついてそのまま引き千切ってムシャリムシャリと音を立てて食べ始めた。男の首筋に血が滴り落ちている。「ヒィィイイイ!!」僕は漫画でしか見たことのない様な擬音の声を自然に発していた。クラークは口元に血を垂らしながらムシャムシャしていた。
「生でもイケる新鮮さが売りデス!」ゴクリとすっかり男の左耳を飲み込んでから、クラークは満面の笑みで血で赤く染まった歯を見せた。男が痛みで目を覚まし「アギャギャギャギャ……」と身体をバタバタさせて暴れた。クラークは右手で男の髪を掴み、左手を彼の顎に添えて思いっきり捻り上げた。ゴキリと嫌な音を立てて男は動かなくなった……し、死んだ? 僕はそっと男の肩に触れてゆっくりと身体を揺さぶった。「おーい! 生きてますか?」暖簾に腕押しとはこういうことを言うのだろうか、男の身体はピクリともせずにただ僕の手で揺さぶられるままにフローリングの床に横たわっていた。ああ、なんということだ。こんなに簡単に人は死ぬのか……僕は放心してまた床にへたり込んだ。
「ほら、元気出しな。これでも食べて」クラークは優しい笑みを浮かべて、男の右耳をポケットから取り出したバタフライナイフを器用に使って切り取ってから僕の目の前に差し出した。ぽたぽたと切り口から血が滴り落ちる右耳。実際には外耳部の耳介という部位で、音が入って鼓膜を含む中耳、内耳の三半規管、蝸牛かぎゅうを通し聴神経でそれを音と認識することを鑑みれば、それは僕らが考える耳という言葉から想起されるものに比べてはるかに表層的な“耳のイメージ画像”のようなものと言ってもいいだろう。トランペットのあのベルと呼ばれる先端の広がった部分と構造的に似ている。あの仕組みと全く逆の過程を辿り、僕たちは音を認識するわけだ。そう考えると、トランペットと同様に外耳の果たす役割は極めて小さい。外耳道を通って鼓膜と耳小骨を震わせる振動を蝸牛と三半規管を通じて聴神経が脳に信号を送り脳が音を認識する、その入り口でしかない。マウスピースを通して吹き込まれた空気を三つのピストルを押して管の中で調整された音の出口でしかないあのベルと同じだ。耳を切り取った狂人として有名なゴッホは、切り取った耳を新聞紙に包んで娼婦にプレゼントしたという。少し紫色を帯びた耳たぶの裏に小さな黒子が見えた。僕はその上にゆっくりと舌を這わせた。コリっとした感触と塩っぽい味が伝わって来た。耳の軟骨の上に歯を立てて噛むとじわりと鉄の味が広がった。クラークの手から耳介を取り上げて、顎に血が滴るのも構わず僕は夢中で食べた。
「美味しそうに食べるネ~」クラークは感心したように何度も頷いた。僕は男を一緒に食べようとクラークに家に上がってもらった。台所にあった包丁で男の右腕を切り取ろうとしたが、なかなか上手くいかずにひとまず手首を切り落とした。血飛沫が僕の顔を赤く染めた。「駄目だヨ~ちゃんと血抜きしなきゃ」クラークは僕の肩を叩いて笑った。クラークは黒いバッグから何本も骨スキ包丁を取り出して、台所から風呂場へと移動して男の解体を進めた。首をノコギリのような長い刃物でザクザクと時間を掛けて切り取った。僕は大学生の時に中東でテロ組織に拉致された同年代の日本人男性が見せしめとして生きたまま首を切られる処刑の映像がネットで配信された事件を思い出した。僕はそんなグロテスクなものは全く観る気にならなかったが、人質の男性と高校が同じ地区だと知り興味本位で観たという友達は「やばいって(笑)。あ”あAあああ……って言いながらゆっくり切り取られていきよった」と同情するどころか、おもしろコンテンツとして消費していた。当時は信じられなかったが、そんな僕も現在進行形でYouTuberの人肉を喰うという恐ろしい現実を鑑みれば、彼も僕もテロリストも人間は本質的に変わらないものだ。そんなことを考えながら四肢を切り落とし、関節ごとに更に細かく分断していった。クラークは「これが美味なんだヨ~」とアイスピックのようなもので男の目玉を突き刺して抉り取り、長い舌を出して右手で掲げたそれをペロリとつまみ食いした。骨から肉を削ぎ落すのには手間がかかったし、その手間に比べて上手く肉がはがれずにとてもストレスフルな作業となった。だが、一通り解体が終わり、シャワーで浴室の血を洗い流す頃には不思議な達成感が溢れて清々しい気分が訪れた。僕らは再び台所に移り、ビニール袋に詰め分けた肉を冷凍庫に収めてから、入りきれないものを調理することにした。クラークはコック帽をかぶり、白いストールのような布を腰に巻いて調理用ナイフセットを取り出して「前職はシェフデース」とウインクした。クラークは脛辺りの肉をハーブの葉、刻んだ玉ねぎ、調理酒などとミキサーにかけて人肉パテを手早く作った。ほ、本格的だ……僕は圧倒されながらも肝臓をまな板の上で切り、ニラと一緒に炒めてレバニラを作った。クラークは「うーん、ベーシックで良いですネー。ソイソースの風味が効いていまスゥ」とパクつきながら、余った肝臓をソテーして腰あたりの肉を焼いたものの上にトリュフと共に添えて裁断した骨と野菜を煮込んで作ったデミグラスソースをかけてトゥルヌド・ロッシーニを完成させた。かの偉大な音楽家の愛したフレンチの王様だ。僕らはカーテンを引きはがしてテーブルクロス代わりにして向かい合って席に着いた。目玉を詰め込んだジュレを前菜に、フレンチの王様を味わう。肝臓とヒレに当たる腰肉はとろけ、濃厚なデミグラスソースの味わいとトリュフの香ばしさが口の中を満たす。デザートには男の脳みそをミキサーにかけて牛乳と一緒に冷やして固めたババロアにフルーツソースをかけて頂く。圧倒的満腹。満足感を覚えてクラークと微笑み合いながらティッシュで口元を拭った。
「ごちそうさまでした」
硬質な銀色の物体によだれを垂らしていた。「いやー、やっぱり本格フレンチは違いますねー」調子のよい声が頭の上から聞こえる。よだれを手の甲で拭い、頭を起こした。右の首筋が痛い。ノートパソコンの上に突っ伏して寝ていたようだ。ブラウザで誰だか知らないYouTuberの「高級フレンチをただ食べるだけ」という動画が再生されていた。男の甲高い声に僕は嫌悪感を覚えて、そのままタブごと閉じた。ブラウザが落ち、真っ黒になった画面に映る僕はげっそりと痩せこけて疲れた顔をしていた。クラークが後ろに立って白い歯を見せている。僕は驚いて後ろを振り返ったが、そこには一年前にとつぜん失踪した、同棲していた彼女の景子が白い壁の上に勝手に貼ったスーパーマンに扮したヘンリー・カヴィルのポスターがあるだけだった。
「最後の晩餐はやっぱり高級フレンチかな~」景子がよくそう言っていたことを思い出す。僕はパソコンに繋いで充電していたスマホを手に取ってLINEのアプリを開いた。
「今から帰る」
「気をつけて」
僕らの最後のやり取りだ。こんなに素っ気ないものが最後になるなんて最悪だ。スマホが震えてトークルームの上に「都内在住の無職の男を死体遺棄の容疑で逮捕」という見出しが現れた。僕は彼女とのトークルームを閉じてニュースの速報記事を開いた。
――共同通信
警視庁は足立区の無職、右江内矢身うえないやしん容疑者(42)を死体遺棄の容疑で逮捕しました。右江内容疑者の自宅アパートからは身元不明のバラバラにされた遺体が冷蔵庫などから複数見つかっており、警視庁は殺人も含め余罪を追及する見込みです。同区では昨年から若い女性の失踪事件が相次いでおり、警視庁はこちらについても関連を調べています。――

2020年7月19日公開

© 2020 松尾模糊

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"最後の晩餐"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2020-07-24 15:27

    「煮るなり焼くなり好きにせえ」というセリフには、その乱暴気味な言い方もそうですが、来てそうそう調理方法を教えていることに面白みを感じました。クラークは夢の中の男だったのでしょうか。目覚めてホッとしたのも束の間、失踪した景子と関係がありそうな、その悪夢みたいな速報記事を読んでいる「僕」の顔が青ざめていくのが目に浮かびました。

  • 投稿者 | 2020-07-26 00:09

    誤配達の食料品を食べちゃいけないよヘンリー君と思ったら結局一緒に食べるのかいとなって最後の猟奇殺人鬼が捕まったのはなんだったのか?と、一気読みしました。ウーバーイーツバッグの中にヒト(または内臓)が入っている作品が多いですね。耳をこんなにも詳細に解説している小説を私は知りません。勉強になりました。

  • 投稿者 | 2020-07-26 13:32

    フレンチコースを味わう動画がうたた寝で人肉食いの妄想となるアイディアがいいですね。美味しそうに思えるから困ります。
    詳細な解体場面が少ないのは枚数の制限と思いますが、個人的にはやはり腑分け、とりわけ腸をどう取り扱うかを見たかったです。頸動脈から血を絞ってウィンナー、もつ煮込み、ホルモン焼き。
    夢落ちかと思わせて、入れ子のような恐怖の仕掛けをかますのもよかったです。

  • 投稿者 | 2020-07-26 17:26

    グロテスクな展開にもかかわらず、料理と耳の細かい描写によって全体的にそれらが中和されているような印象です。
    壁に張ってあるクラークがクリストファー・リーブではなくヘンリー・カヴィルであるところが現代的で、笑わせられました。

  • 投稿者 | 2020-07-26 18:44

    本当、ウーバーには調理済みの料理を配達してほしいものですね。いくら手伝ってくれるからといっても解体から調理まで一度にやるとヘトヘトです。人体解体の悪趣味描写が生き生きとしていてすばらしい。夢かと思いきやまさかの……というオチはホラー映画っぽい手法で読者を楽しませる狙いが感じられる。ただ、香田証生が殺害されたのが2004年なので、現在42歳の彼がその時大学生だったということは26歳ごろまで学生生活を続けていないといけない。院生? 大学8年生?

  • 投稿者 | 2020-07-26 21:27

    現実逃避するようにウンチクに逃げ続ける心理描写が好き。そんで夢オチかーい、と手を振り上げたとこで、どうも違うようだと挙げた拳のやり場に困ったので、次の人に振り下ろす

  • 投稿者 | 2020-07-27 00:19

    おいしそうでした。
    耳の描写が細かくて良かったです。
    ぶっとび切らなかったのが残念なような良かったような……。後味の悪いホラーのような締めが好みが分かれそうだと思いました。

  • 投稿者 | 2020-07-27 08:09

    「コニチハ! チューバ―イーツのご利用アリガトございますぅ。ゴチュモンの品をお届けしますぅ」とまぁ唐突な始まりであるが、妙なリアリティーに先制される感がある。実際にこの描写のままな感じの外人配達員に覚えがあると思う。例えば、たどたどしい日本語の会話はつとめて丁寧だが、目が笑っていない。殺し屋の眼をしている外人に私自身は覚えがある気がしている。
    実際、ウーバーイーツ絡みの猟奇殺人は起こり得るし(現実には女絡みだろうが)、なかなかどうしてタイムリーな先制感のある作品だと思う。

  • 編集者 | 2020-07-27 17:02

    まあ人肉も食えなくはないので、いつかはUberのレパートリーになるだろう。出来れば作中みたいにあんまり重くならない料理を開発してほしい。そういう点では、ホルモンみたいに分類して小分けに食べてもらうのは配達員側として楽だ。

  • 投稿者 | 2020-07-27 22:12

    夢の中の話がも〜怖くて怖くてわたしはしっかり読めませんでした。夢だったんですね、よかった、のかな?

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