スパーク

松尾模糊

小説

2,329文字

アルゼンチンのバンドKrebsのボーカルを襲った悲劇をもとに書きました。ブンゲイファイトクラブ応募作。写真:ロダン作『地獄の門』

フォーンプラグを差し込むと、ブーンと細かな空気の震えが鼓膜を通して伝わって来た。マーシャルのアンプヘッドのボリュームをフルテンにして振動はさらに大きくなり、ハンマリングでノイズがサウンドへと昇華する。赤いホロウボディを揺らして音に変化をつける。めいいっぱいにノイズとサウンドの間を行き来する空気の震えを充満させ、六本の弦にジム・ダンロップのピックを叩きつけた。ステージ下の箱詰めの人々の大きな歓声をもかき消す轟音が空間を満たした。わたしは死んでもいいと思った。その瞬間に味わったことのない衝撃が全身を突き抜けて目の前の景色がぐらりと歪んでプツりとテレビの電源が切れるように真っ黒に染まった。

「はい、右の扉に入って。次!」
赤土が覆う広陵が広がった景色に白ベースの金色で装飾された、五メートルはあろうかという大きな観音開き扉と同じく黒ベースの珠色で装飾された扉に挟まれた真ん中に黒いローブを被ったひょろりと長い男? 人間? 何かが順にその前に延々と並ぶ人々の列の一人ひとりに話を聞きながら左右のどちらかの扉を指差して、人びとはその指示に従い扉の奥へと消えて行った。そして何やらわたしも列に加わっているようだった。前の人物は頭に白いターバンを巻き、素肌の上に焦げ茶色のレザーベストを着て黒いサルエルパンツに革のサンダルを履いていた。後ろを振り向くと、わたしの後ろにも延々と人々が連なっていた。わたしの後ろは女性だった。黒く長い髪で前髪は薄い眉毛の上で一直線に切り揃えられていた。丸みを帯びた顔と対照的な切れ長の目は真っ直ぐに遥か遠く一点を見つめ、少し上向いた小さい鼻孔の下の赤い紅を塗った唇はキッと閉じられ緊張した面持ちだった。わたしはもう一度前を向き、次々と裁かれていく人の列を見た。開かれた白い扉の向こうから微かな光が漏れ出ているように見えた。
「あ、あの……これは一体なんの列なんでしょうか?」わたしは思い切って、後ろの女性に話しかけてみた。女性は遠くを見つめていた視線をキッとわたしに向け、それからしげしげとわたしの風貌を確かめるように見た。
「さあ。何でしょうか。私にもさっぱり。気づいたらあなたの後ろに立っていたんです」
「そうでしたか。実は僕もそうなんですよ。ライブの演奏中に急に眩暈がしたかと思ったら、ここに」
「ライブ?」
「ええ。しがないミュージシャンなんです」
黒いTシャツにジーンズ姿だったわたしをもう一度見ながら女性はああ、と頷いた。
「私は大学で社会学を教えています。先程まで生徒たちとプライド・パレードに参加していたんですが」
「プライド・パレード?」
「ええ。LGBT、いわゆる性的マイノリティーの権利を訴える、虹色のフラッグを持ちながら」
「ああ。近頃よく見ますね」
「私の国ではまだまだ彼らへの理解は進んでないんです。女性である私が教鞭をとっていることさえ快く思わない連中がごまんといるようなところですから。今回のパレードも当局の介入で私たちは催涙弾を受けて散り散りになってしまったところでした」
「それは災難ですね」
こんな話をしている内に、いよいよ前に居たターバンの男の番となっていた。黒いローブの下の顔は見えなかったが、皺くちゃの口と高い鼻が見えたので人間のかたちをしていることは分かった。
「お前の後ろめたいと思っていることを話せ」黒いローブの男はターバンの男にそう命令した。
「何度も娘に手を挙げてしまったことです」ターバンの男は思い出したように泣き出した。「地獄行き」黒いローブの男はそう告げ、ターバンの男は「嫌です、どうかお許しください! ほかに悪いことはしていません」と泣きじゃくりながら黒いローブの男に嘆願した。すると突然、宙から筋骨隆々の肉体の上に鉄の甲冑を纏った男が二人現れて、両脇からターバンの男を引きずるようにして黒い扉へと連れて行った。扉が重々しく開き、中から燃え盛る火炎が飛び出していた。何のためらいもなく甲冑の男たちはターバンの男をその炎の中へと放り投げた。ジュっと燃えるような音がして扉が静かに閉まった。え? なに? ここは死後の世界だというのか? 嘘だろ? わたしは意味が分からなかった。これは悪い夢だと思った。
「次」黒いローブの男はわたしの三倍はあろうかと思われるほど巨大だった。「お前の後ろめたいと思っていることを話せ」嫌だ。まだ死んでないんだから。「ありません。ここに生きているのに来てしまったことです」周りがざわついた。生きている? 死んでるのか、俺? ここはあの世?
「静粛に!」黒いローブの男の目元に二つ赤い光がギラリと輝いたかと思うと、レーザー光線が伸びて照射された人々の口が消失してしまった。
「まだ死んでないのなら、なぜここに居るんだ?」
「分かりませんよ。僕はただステージで演奏していただけなんです」
また宙から甲冑の男たちが現れ、黒いローブの男になにやらコソコソと耳打ちしていた。

「……何だよ、死にぞこないか」黒いローブから骨だけの手が出てきて乾いた音を鳴らした。

目が覚めると赤い光で照らされていたので、わたしは驚いて顔を背けた。光は黄色、緑色へと変わり、それがステージ照明であることを知った。ゆっくりと立ち上がるとメンバーが近づいて来て「大丈夫か? いきなりぶっ倒れて」と耳元で叫んだ。「ああ、大丈夫」わたしはそう返し、マイクに触れると、ビリっと電気が走りぱっと手を離した。それから演奏を止め、スタッフを呼んだ。マイクを調べてもらうと配電ミスで漏電が起こっていた。
翌日のニュースは隣国のプライド・パレードで当局が発砲し二十五人が死亡したと伝えていた。わたしはあの死者たちの顔を忘れることはないだろう、あの場所へ行くその時まで。

2019年9月27日公開

© 2019 松尾模糊

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