夜景

応募作品

松尾模糊

小説

3,629文字

9月合評会応募作。お題が「地元」ということで長崎の夜景と中学時代の思い出と絡めて書きました。思い出以外はフィクションです。

赤、黄、青、緑、橙、金、銀……色とりどりの街灯りが群山で高低差のある地形の上、漆黒の闇を煌々と照らすことから“千万ドルの夜景”と呼ばれるその夜の街並みを、長崎市の繁華街の向かいにそびえる稲佐山の中腹にあるプリンスホテルの部屋の窓から眺めていた。ここから見ればあの街で体験した碧くつまらない日々も、キラキラとインスタ映えするように簡単にデジタル加工できるのかもしれない……わたしがふと、そんなセンチメンタルな思いを抱いたのはこの景観のせいか、ただ老け込んだだけか、そのどちらともか。その思考すらただぼんやりとぼやけて曖昧に溶け込みまどろみかけているわたしは、やはりただの老化に思考を蝕まれている。
「ねえ、聞いてる? なにマジな顔してんの? ウケるんだけど」
久しぶりに東京から帰郷し、やることもすぐ尽きることを見越していたわたしは、衰えゆく思考とは違い、未だに衰えを知らない己の性欲をどう処理するかということだけはきちんと計算していた。マッチングアプリでお小遣い欲しさに胸の谷間を写した自撮りでパパ活に勤しむ暇を持て余した女子大生を呼び出すことなんて、そこそこの金を貯えている独り身の中年男性には容易い。しかし、最近の加工アプリは凄まじい発展を遂げていることには改めて驚かされる。スマホの液晶画面で見た彼女(アプリではAKEMIという名前だった)の肌は実物のそれより明るく艶やかで、目だって実物の二倍は大きくクリクリとした愛らしさがあったし、何より斜め上のカメラアングルで捉えられたAKEMIはこんなに恰幅よい体型を微塵も想像させないグラマラスな巨乳美女だったはずだ……「だまされた」。それがわたしのファーストインプレッションというやつだ。おまけによくしゃべる。さっきから延々といかに自分が悲惨な環境で育ち、悪い男どもに搾取され、虐げられてきたか、それは可哀想だね、としか言いようのないことをべらべらべらべらべらと、正直、喜々として話しているようにしか見えないくらいにしゃべり続けており、わたしは一泊六万円のスウィートルームからまだ女性の乳房さえ拝んだこともなく、裏山で拾ったボロボロのエロ本を剣道部の部室で鼻息荒くむさぼるように覗き込んでいた青い春の日々を思い返していたのだ。わたしは現実世界へと呼び戻され、AKEMIの加工されていない実物をまじまじと眺める。好きなものは、ディズニー、レオナルド・ディカプリオ、BTS、タピオカミルクティー。嫌いなものは、嘘つき、髭、たばこ。彼女がいる人、妻帯者は揉め事が苦手なのでNGというプロフィールと彼女が延々と語っている境遇を照らし合わせ、現実の残酷さをじつに雄弁に語る実存を知り、わたしはひたと彼女のたわわな肉々しいボディーを抱きしめた。「えっ」と彼女は驚きの声を上げたが、すぐに身体の力を抜き、わたしになされるがままとなった。彼女の密林はシルクのパンティーの上から触れても分かるくらいに湿り始めていた。わたしはパンティーの食い込んだ場所からすっと右の中指と薬指を密林の奥深くに眠る鮑の中へと忍び込ませて漏れ出す甘い蜜に浸した。せめて今晩だけは彼女に最高のもてなしを施そう、わたしはそんな責任感、いや同情の念に突き動かされていた。

 

「風見ってどいつや?」剣道場の鍵が当番によって開けられるのをいつものように入り口前の段階に座って待っていた、わたしとキャプテンと風見の三人の前に、一学年上の不良として悪名高い水沼とその取り巻き連中がぺしゃんこに潰した革鞄を片手に持ち、下に着た赤いTシャツを見せつけるように学ランのボタンを全開に開け、猛々しい表情で息巻きながら現れて瞬く間にわたしたちを取り囲んだ。わたしとキャプテンは左端に座っていた風見を横目で見ながらぶるぶると震える手を挙げて指差した。「わいか? 来いや」そう水沼に言われた風見はわたしたちと違って、キッと切れ長の目を光らせて真っ直ぐに、眉毛をそり落とし眉間に皺だけが寄った水沼の鬼のような形相を睨みながら立ち上がり、取り巻きに囲まれて剣道場から学校の正門の方へと姿を消した。風見は剣道部でも体格が大きく、団体戦でも三年生が受験で部を抜けると大将(1)を務めるほどの手練れだった。三年生の元キャプテンの三上は札付きのワルで引退してからすぐにバックルで喧嘩相手のあごを砕き病院送りにして停学をくらっていた。そんな先輩への憧れもあったのは確かだ。風見はだんだんと不良グループとつるむようになり、三上の天敵だった水沼の名前を揶揄して「水たまり野郎」と馬鹿にしていたことをわたしとキャプテンは聞いたことがあった。恐らくその噂が本人の耳に届いたのだろう。わたしとキャプテンは目を見合わせてから何もなかったかのように鍵を開けに来た鍵当番の女生徒がガチャガチャと錠前を開けているのを眺めていた。

わたしはなぜか思い出されたヤンキー漫画のようなシチュエーションをかき消すように、AKEMIの熱くなり始めた身体をきちんとベッドメイクされたダブルベッドの上に押し倒した。たわわなボディーによってベッドの上に乗ったマットレスのスプリングが軋む。わたしはあの時の後悔をずっと引きずって来たのかもしれない。風見は翌日も学校に姿を現さなかった。風見が頭に包帯を巻き、左足にギブスを着けて松葉杖で身体を支えながら学校に姿を現したのは次の週のことだった。ハイロウズの歌詞の様に文字通り校舎裏でボコボコにされた風見は、わたしにもキャプテンにも誰にも何も話さなかった。わたしは今も感じる罪悪感を拭い去るように必死にAKEMIの鮑の先に突き出た真珠にペロペロと舌を這わせて、両手で彼女の乳首をつまみながら、丘陵の上に立った家屋の煙突のすすを払いのけるように丁寧に親指と人差し指を細かくチロチロと動かした。

わたしの剣道部での地獄の業火に焼かれるような日々が始まったのは、風見の傷が癒えて部活に復帰してからだった。剣道部の顧問でありながら、空手の黒帯を持つ三島由紀夫のような角刈りで鋭い眼光をもった体育教員の矢口が「貴様の邪剣を正す」と言い、風見とワンマンで猛特訓という名の拷問を始めたのだ。部活へと向かうのが億劫になるほどに矢口の正面蹴りを剣道の防具の上から受け吹き飛ばされ、それでも這い上がり矢口に向かっていく風見の姿が居た堪れなく映った。キャプテンはいつもと変わらないように「切り返し(2)はじめ!」「かかり稽古(3)はじめ!」「黙想」と最初から最後まで号令をかけていたが内心はわたしと変わらなかったのだろうか。あれ以来、彼ともあの話題は最後まで口にすることはなかった。

赤、黄、青、緑、橙、金、銀……AKEMIの桃太郎が産まれた桃のような張りのある尻を軽く叩きながら、彼女の自身を束縛するかのようにジャラジャラと幾重にも重なるブレスレットの下の細くはない手首を掴みつつ、わたしはカーボン製の竹刀のように固くなったペニスを剣道の突きの如く彼女の樹海の奥へと突き立てては引いてを繰り返し、汗ばむ身体の蒸気の向こうに広がる故郷の夜景を眺める。あの灯りの一つひとつにそれぞれの生活があるのだろうか。風見はまだこの街に居るのだろうか。

「なにセンチな思想で誤魔化してんだよ? お前はそこのメス豚と変わらない、いやそれ以下のクズ野郎だ。同情? 責任? 笑わせんなよ。お前はあの時から何も変わってないな。不良に仲間を突き出した卑怯者、それがお前の本質だ」ガラスに映るわたしの顔が自嘲的に笑う。

「違う……違う違う違う違う違う違う!」わたしはAKEMIを再びベッドに乱暴に投げ飛ばし、正面からヴァギナに猛り狂うペニスを沈めた。「な、なに? どうしたの?」少し不安げな表情を浮かべたメス豚が堪らなく憎く映った。わたしは両手で力一杯に彼女の頸部を締めながら腰を激しく振った。「あっ、あっ、イヤっ……く、い……」彼女の声は弱々しくホテルの一室に消えいった。だらりと動かなくなった女の中でわたしは果てた。青白い女の顔を見下しながら立ち上がって、わたしはカーペットの上に脱ぎ捨てられたスーツの内ポケットからボックスの煙草を取り出し、一本咥えながら火を点けた。煙を思いっ切り肺へと押し込めて窓の向こうの夜景に向かって吐き出した。ゆらゆらと揺らめく白い煙が千万ドルの夜景を覆って、煌めく光が滲んでいくその先に反射して映ったわたしの口元が歪んで笑っているように見えた。

 

<了>

 

(1)剣道の団体戦は先鋒、次鋒、中堅、副将、大将という五人でおこなわれ先に3勝した方が勝ちとなる。戦術的に先鋒、中堅、大将に実力のある選手を配置することが多い。

(2)正面打ちと連続左右面打ちを組み合わせた剣道の基本的動作の総合的な稽古法。打ち返しともいう。

(3)元立ちと掛かり手の二人一組になり、掛かり手が一方的に元立ちに打ち込んでいく稽古法。

2019年9月16日公開

© 2019 松尾模糊

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サスペンス 剣道 夜景 官能 私小説 長崎

"夜景"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2019-09-24 20:30

    不良の話は地元感が高くてとてもよいと思う。不良は方言がきついイメージがあるので、もっと他の地域に通じないようなディープな長崎弁を繰り広げてほしかったというないものねだりをしたくなった。あと現代と過去の話にもっと接点があったらいいなとも思った。

  • 投稿者 | 2019-09-25 13:16

    緊張と安堵が絶妙な空気感を出している様に思います。自分が剣道部に所属していた頃を思い出して冷や汗をかいたのを、AKEMIに慰めてもらいたいです。

  • 投稿者 | 2019-09-26 02:44

    現在で過去を清算するとしても自分より強い者に立ち向かおうとせずに女の尻に竹刀を突くしかできないそのこじらせっぷりがよかったです。最後に首を絞めますが、それは竹刀の握り方なのでしょうか。

  • 投稿者 | 2019-09-27 22:06

    抱えた罪悪感に見合う自分になろうとしてしまうことありますよね。それもまた美化なのかも。

  • 投稿者 | 2019-09-28 00:18

    これじゃとばっちりを食ったAKEMIちゃんが可哀想だ、というのが最初の感想です。ヘタレな自分を消そうとして不条理な殺人を犯してしまう、これが現実と違う文学の世界なわけですが、そこでニタリと笑うあたり、ヘタレから脱出できたのでしょうか。
    一つリクエストを上げるなら、剣道部の稽古風景を書き込んでほしいです。筆力があるのできっとすごいシーンが書ける気がします。

  • 投稿者 | 2019-09-28 18:07

    「センチ」という言葉を久しく聞かなかったので新鮮でした。松尾さんの剣道部時代の鬱積した気持ちを物語に主人公に投影して吐き出したと感じがとてもよく伝わりました。しかしこの主人公、今までに何人も殺していて、これからも沢山殺すんだろうな、と。性描写がちょっと単一的だったかなあ。

  • 投稿者 | 2019-09-29 03:51

    ハイロウズの青春はとても懐かしいです!
    過去の事が現在に尾を引いて自分自身を思いもしなかった場所へ連れ去っていく感じが伝わってきました。しかし過去と現在での接点というか、響きあうものが少ないような気がどうしてもしてしまって、だから殺人に至る理由が個人的にあまり判然としなかった気がしてしまいました。友人を見殺しにする後ろめたさの大きさはすごくわかりますが、その後悔の気持ちがどうしてそこまで膨らんでしまったのか……。
    大猫さんと一緒でAKEMIがすごく可哀想でしたが、それを言うのはヤボテンですね。

  • 編集者 | 2019-09-30 03:05

    悲しみを、様々な物を巻き添えにしつつ凄まじい速度で吹っ切っていく。恐ろしくも、目を逸らせない主人公だった。過去と現在の繋がりが、何かもう一つ語られればと思った。AKEMI、やすらかにねむれ。

  • 投稿者 | 2019-09-30 10:48

    ただひたすらカッコいい。制度上は個人事業者と商取引を行っただけなのだが、演出次第でここまでハードボイルドに仕上がるという好例。素敵でした。

  • 投稿者 | 2019-09-30 13:14

    悲惨な話です。男の醜さを、まるでかっこいいかのように描かれていて、それがとても面白かったです。「マウンティング」という言葉が、僕はあまり好きじゃないんだよなあ、ということをなんとなく思い出しました。

  • 編集長 | 2019-09-30 15:23

    > マッチングアプリでお小遣い欲しさに胸の谷間を写した自撮りでパパ活に勤しむ暇を持て余した女子大生を呼び出すことなんて、そこそこの金を貯えている独り身の中年男性には容易い。

    非常に参考になった。
    性描写がふざけているのかセンスがないのかわかりかねたので、なんらかの工夫が欲しい。

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