地面とドアの隙間の話

応募作品

Juan.B

小説

4,316文字

※合評会2020年5月
※内容、写真に様々な「御協力」を頂いた。
※再構成、一部フィクションを含む。
(UberEats:日本においては、本業のタクシーもどきよりこちらが有名なので序盤以降Uberとする)

御茶ノ水で丸ノ内線を降りて、秋葉原方面に徒歩。湯島聖堂を過ぎて、神田明神下で曲がる。コロナ下で人もまばらな秋葉原の街並みを通りの向こうに掠め見つつ、芳林公園で貸自転車に乗る。午後2時半。赤くて、評判の悪い、電気自転車だ。TYO-XXXと自転車IDをアプリに送り付けると、鍵が解除される。そして何より大事な背中のカバンを深く背負い、スマホのUberEatsアプリを開けて「出発」を押すと、小銭と尊厳の戦いが始まる。しかし元々俺には尊厳が無い。尊厳が無い人間の時計は早く回っていく。不要不急の外出をするなと言っても、東京区部に来なければ良い稼ぎにはならない。何より、誰が「注文」しているのか?

 

夕焼けも更に暗くなる頃。両国方面からアプリに従うがままに人形町のKFCに乗り込む。そこにはUberの先客がいた。レジの受け渡しステッカーの前で、大柄な彼は一度こちらを向いたがすぐに振り返る。東南アジア系らしき男だ。そしてレジの向こうのKFCの店員も、東南アジア系らしき女性である。その店員がパックを三つも重ねてやってくる。訛りのある声で配達用の番号を言うと、先客の配達員が無言で取って持って行った。Uberに必要な言葉はIDと、せいぜい適当な挨拶だけである。Uberは配達員を宣伝するに際し、夢のある大学生やキラキラした主婦、サイクリストの副業みたいなイメージを押し出したい様だが、実際はくたびれたおじさんおばさん、満足な受け答えも出来ない怪しいヒューマノイド、俺を含む「得体の知れない」外国人、ハーフだって大勢いる。登録会を適当にやり過ごし、自転車に乗れて地図の見方さえ分れば、仕事の九割方は知的な問題があっても出来るだろう。とても良い事だ。(六本木全般や広〇ガーデンフォレストみたいなクソゲーテッド、アメリカ大使館宿舎、早稲田大学内などとにかく面倒なケースもあるが。)どんどん在日、ハーフ、障害者他、「社会の底辺」が路上に溢れれば良い。不要不急云々で人のいなくなった東京を占拠しようか。Uber配達員にビビるなら勝手にビビれ。

「Uberです、2AXXX……」

「チョット待ってくださいネエ」

Uberをやっているとスマホの電池残量が凄まじい勢いで減っていくので、充電器は必須な上、電動自転車のバッテリーにも気を付けなければならない。カバンからバッテリーのコードを出しているので、左腕の可動範囲がやや拘束されている。後ろから、KFCの本来の客が何人もやってくる。狭い店内で配達員の居場所はないが、かと言って指示も無いので外にも行かれない。子供連れまでやって来た。受け渡し口の端で油の匂いに耐える。見ると、もう一人、俺よりも若そうな褐色の男性店員が一生懸命棚にチキンを並べている。ようやくチキンを受け取った。受け渡しの際には距離ソーシャルディスタンスを取る様にと通達が出ていたが、褐色の店員も俺も全くそれに思い至らなかった。

 

路上でチキンをカバンに入れていると、後ろからカップルらしき連中がヒソヒソと「ウーバーだ……」「コロナだから流行る……」「ヤバ……」などと言ってるのが聞こえる。そうだ、Uberだ。地方なら兎も角、東京区部で今頃真新しそうに見てどうするのだ?しかし、自転車に跨ぎつつ考える。俺も登録するまで、それ以前から東京の街並みに蔓延っていたはずのUberのカバンを全く意識した事が無かった。これを始めた201X年6月以前、俺の中でUberEatsは存在していなかった。いや、ニュースなどでわずかに聞いていたのかも知れないが、それが何かの仕事だとも認識していなかっただろう。

アプリで配達品受け取りを確認すると、ここで配達場所が明らかになる。月島の某マンション、25階。埋立地とマンションのイメージが頭を埋め尽くした。置き配達などのオプションはない。もう何度も運んだから、地図の位置だけで湾岸のどこか大体わかる。周囲は既に暗く、街灯と車のライトが道を照らしている。皆マスクを付けている。俺は息苦しくて顎にかけているだけだ。テレビでは不要不急の外出を止めて家に籠れなどと言って、都知事のババアが三本指を立てていた。「まだフィストまでは入らないんだな」と軽口を思い付いたがともかく、コロナウイルスは酷くなっていくだろう。そして皆、配達に頼る様になるだろう。故に配達員は畏怖、即ち恐れ・敬われるだろう……か?。もし配達だけセッセと頼んで、しかし配達員を疫病神のように扱うなら?だがそれはコロナ以前からずっとそうだった。単なる雨の日。単なる暑い日。単なる何でもない日。タワマンの上、ゲーテッドの中、郊外の一軒家……。我々は不要不急の申し子である。

 

八丁堀に差し掛かった。信号を長い間待たされる中、向こう側にもUber配達員が居るのを見付けた。あの特徴的な通称「聖闘士セイントバッグ」が目立つ。何故Uberを始めたかとよく聞かれるが、紹介料が欲しくてやっていたら、惰性でここまで来てしまった……と言うのもドライすぎる。色々な問題で新卒の職場を止めて以降、周囲の暖かく感謝に絶えない伝手で様々な仕事と収入の手段、様々な機会を得ているとは言え、ずっと家にいると親に憎まれる。ある知り合いから、俺が定職に就いてない事を察せられ、数万円の紹介金制度(相手に振り込まれ、それを折半)に釣られてやった時、ここまでやるとは思っていなかった。しかし、Uberをやって初めて気付いたこともまた多くある。そしてそれは先述のUberの公式イメージの様に爽やかでキラキラしたものではないが、かと言って最貧最暗部のヘドの様なものばかりとも言えない。副業として週払いは都合が良い。東京の様々な側面を眺められるし、何より東京中に「同僚」がいるのだ。ドラマも無くはない。配達員の俺と警備員の知人とで、面白い遭遇をした事もある。

進行はまあまあだ。Uberの特色に、配達員がどんなルートで走っているか客から見える機能がある。大体の客は気にしてない様だが、小うるさい客もいなくはない。俺は高校生の時に知人の自殺を知ってから、様々な自殺を責められず半ば容認する様になった。似たように、Uberを始めると、別に以前から配達員を虐めていた訳では無いが、配達や物流のトラブルなど「些細」な事になった。信号が変わりすれ違いざまに会釈するが、フードを被った若い男らしい向こうからは会釈は帰ってこなかった。しかしそれで良い。みんなそれぞれ都合があるのだ。

Twitterで「Uber配達員の不祥事」が広まった時、何人かに事件の印象を聞かれた。さあ、何と答えるべきか。俺は、美しく、常識的で、一目置かれる、朝刊太郎やキキの様な、爽やか神聖ベルーフな勤労者ではない。社会に、その生まれから貢献していない。

「マンションの廊下に雑に置いたって、そっちもそう言う事あるんですか?」

「朝から晩まで働いて、最後の注文の客が何か変な揉め方でもすりゃあ、ああもなり……したくなる気持ちは分かりますよ」

相手にとって俺が生きている配達員であるなら、どんな受け取り方でも構わない。

かと言えば、ある有識者は「私服かつ大きなカバンでうろつかれては安心できない」「あのカバンで何を運んでいるのか分からないし薬物売買やテロの手段にも使われるんじゃないか」等とネット上でほざいていた。おー、良い使い方じゃねえか。Uberが怖いか。何かを隠してるのかも知れないのが怖いか。お前は何も隠してないのか。まあ憎悪は隠してないだろうな。満員電車に乗り込んで一人一人のカバンでも漁ったらどうだ。仮にそう使う奴がいて、それで何が悪いのか。薬物に助けを求めたりテロをしなければならなくなる世相に噛みつけ。しかし思えば、これも、「自粛」騒動の前兆のニッチな一例であったかもしれない。

およそ一年前、ある思想家連中は、「移民に苦しむ西欧!」なる海外の極右の言い分にハマり、勝手に日本の「単一民族観」を称えていた。その「日本」は今や、県単位、市町村単位、地区単位に分裂し、誰がコロナかどうか、どこに出歩いてたかどうかだので馬鹿馬鹿しい対立を繰り広げている。だが俺にとってはコロナ以前も以後も無かった。少数者を取り巻く環境はコロナ前から悪かった。そしてそんな分裂した「日本」の間、憎しみ合うタワマンと地面の間を、Uber配達員ほか物流の底辺が右往左往しているのだ。

 

どんどん風が冷たくなる。海が近付いている。新富町まで来ると、月島方面へ曲がる。良くお世話になる有楽町線の上を走り、佃大橋に差し掛かると、両岸の夜景が徐々に視線に入ってきた。秋葉原・浅草橋から両国方面に抜ける時もこれに似た風景を見ている。と言っても眼下に流れるのは同じ墨田川だ。対岸のタワーマンションがこちらを見下ろす。資本主義の夜景である。溜息を何度でもつきたくなる。タピオカジュースを、1ブロック先のタワマンにも届けるのがUberだ。橋の中央で、見るからにUberの望みそうな、競輪選手の様な爽やかな配達員とすれ違った。ただ強いて問題を挙げれば、彼が見るからに車道を逆走している様に見えることだったが、俺の問題では無い。

 

巨大なタワーマンションの下、植木の陰に自転車を止め、ロビーに向かおうとするが、配達員はマンションの後ろへ回されることに気付いた。半周歩かなければならない。搬入用道路に沿って延々と歩くと、目立たない防災センターがあった。

「Uberなんですが……」

「あー」

警備員は入退表を指さした。その横の消毒液には何の言及もしなかったし、俺も手を付けなかった。

「あの、時間は」

「……ン」

まともな発声をしない警備員にIDカードを渡され、薄暗い廊下を更に歩かされ、搬入用エレベーターに辿り着く。

巨大なエレベーターに乗ると、頭が重くなるほどの加速でエレベーターは上昇していく。25階。蛍光灯に照らされただけのスペースに降り立ち、大きな鉄の扉を開けると、間接照明に落ち着いた色のカーペットと典型的な「高級廊下」が現れた。口の中で部屋番号を暗唱しながら回廊を周っていると、エレベーターホールから25階の夜景が見えた。様々な光が這い蹲っている。

 

~~~

 

チャイムが鳴り、開けると、「お待たせしましたUberです」という声がして、ドアの隙間にみずぼらしい外人が見える。適当に袋をもぎ取ると、扉を閉めた。子どもの休校はいつ終わるのか。ヨガクラブはいつ再開するのか。KFC冷めてる。子どもうるさい。

 

 

 

 

距離 3.3km

所要時間23分

5XX円

2020年5月19日公開

© 2020 Juan.B

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"地面とドアの隙間の話"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2020-05-21 23:24

    面白く読んだ。日常を批評する作者の目は鋭く、私小説的な作品において特に強さを発揮する。UberEats配達員になった経緯のくだりでは、その批評の目が珍しく作者自身にも向けられているように思えた。「これを始めた201X年6月以前、俺の中でUberEatsは存在していなかった」という気づきは、多数派の側にいる自己に対する視点の獲得という貴重な瞬間だと思う。

  • 投稿者 | 2020-05-22 19:58

    とても良質なエセーとして楽しく読みました。
    「どんどん在日、ハーフ、障害者他、「社会の底辺」が路上に溢れれば良い。不要不急云々で人のいなくなった東京を占拠しようか。Uber配達員にビビるなら勝手にビビれ。」
    ホアンさんらしい毒づきも小気味よく、巧みに落とし込まれてると思います。
    何より「等身大」というか、今のご自身の状況を下手に装飾することなく、率直にホアンさんなりの表現、言葉で書かれているのに好感を持ちました。
    そしてラストの受取手の女性の独白に笑わせてもらいました。おもしろかったです。

  • 投稿者 | 2020-05-22 23:53

    最近注目されているuberのバックを背負う人。皆、彼らに興味を持っている。何故か、不要不急の外出を許され、街静まり返る東京という街を颯爽と走っていく、そんな気持ちの良さを感じました。

  • 投稿者 | 2020-05-23 13:00

    Uber配達員から見た、外出自粛中の東京の見え方は僕にとって新鮮でした。在日、ハーフ、障害者等の方々を「社会の底辺」と定義し、自分もそれに含まれていると考える主人公が巨大なタワーマンションの25階に住む、ある意味「上級国民」の住人にKFCを届けるという物語の構造が面白かったです。
    KFCを受け取った住人が「子どもの休校はいつ終わるのか。ヨガクラブはいつ再開するのか。KFC冷めてる。子どもうるさい」と主人公と同じ社会に生きているにも関わらず、全く違う世界を見ていることがとてもリアルに感じました。

  • 投稿者 | 2020-05-23 19:30

    エッセーなのに、SFを読んでいるような気持ちなり、「これが2020か……」と素直に思えば、世の中ここまで来たものかと。淡々とした文体が余計にそそります。湯島や浅草橋など馴染みの通りを今までにはなかったITでロックが解除される貸自転車で駆け抜けたりするあたり、なんとまあ。その実人々の内面は、万博のパビリオンみたいな能天気な未来でもAKIRAもびっくりな荒廃世界でもなく、一番、皮肉なグラデーションの「ちょっぴりディストピア」なんだなあと。薄給激務のハンバーガーショップだって、広告やドラマの中ではキラキラ職場でありんす。Juanさんの作品の中で一番好き。

    あと、ふと思うのが、一部のちょいと慇懃すぎる可哀想マンの方なんかは「こんな悲惨な時に外に出ているなんて可哀想」みたいな同情に似た何かの視線を向けてそうですが、Uberの方たち、「むしろ今は道空いてるし、比較的仕事やりやすいなあ」くらいに思っているのでは、と。個人的には、それ専用の保険もなく、身体一つで都内を駆け抜けるにあたって、台風が直撃したりする時の仕事の方がよっぽど危険で大変だと思います。小説家も裸足で逃げ出すような、あっといわせる発想が得意なペガサス企業のCEOの未来を変えるプランにはわくわくもさせられるのですが、その後、諸々生じる問題を地道に解決していくのが、実業家としてのメインの仕事なのではと。
    その辺のケアはどうよ。

  • 投稿者 | 2020-05-24 00:25

    一体どうしたんだと思いましたが、最後のパラグラフがJuan.Bで安心しました

  • 投稿者 | 2020-05-24 01:08

    ホアンさんらしからぬ(失礼)エモさを感じました。聖闘士バッグの使い方、いいですね、夢が広がります。よからぬものを入れて運んでも警備員に止められることなく目的を果たすことができそうです。

  • 投稿者 | 2020-05-24 04:05

    この話でUberEatsのことを初めて知りました。東京にはこんな近未来的なサービスがあるんだなあと思いながら、その配達員の視点から今の東京の様子を垣間見ることができました。

  • 投稿者 | 2020-05-24 12:57

    素晴らしく「不要不急」の世相があぶり出されています。
    印刷してアベノマスクの付属品にして全国に配りたいですね。
    Uberの利用促進にもつながるし。
    夜の東京の描写が好きです。両国橋から人形町、佃島月島は講談落語にもよく登場する地です。現代落語になれるかも。底辺で働く人たち、よそ者、異形の者と仲良しというよりそのもののJuan.B作品、今回もとてもよかったです。

  • 投稿者 | 2020-05-24 23:54

    コロナ禍で可視化された配送業等社会インフラを支える社会の底辺と、コロナ以前も以後も関係なく疎外された者として生きる俺が分析する社会の底辺。軽口を叩きながらも社会の底辺からタワマンの25階に登って夜景を見る清々しさ。その清々しさ打ち砕く受け取り手の独白。痛快です。

  • 投稿者 | 2020-05-25 11:32

    「だが俺にとってはコロナ以前も以後も無かった。」という言葉がとても良かったです。自粛期間中にホアンさんに会えるかと思いUverを使いましたが会えませんでした。

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