普遍

応募作品

Juan.B

小説

4,203文字

※合評会2020年1月参加作品
※筆者の体験を元にしているが、小説内の描写・会話はフィクションを多分に含むことをお断りしておく。
※11月23日、私を招いてくれた関係者に感謝します。

白いドームの屋根の下、溢れかえる大歓声の中で、横から優しい声が聞こえる。

「……カトリックには普遍と言う意味もありますから」

横で説明してくれるカトリック信徒の青年の声に頷きながら、俺は眼下のグラウンドと巨大なディスプレイに視線を上下した。そこには、見事な白装束を着た教皇が、所謂パパモビルに乗ってドームのグラウンドを周っていた。右翼側から入ってきた教皇は、黒服の護衛に囲まれながら、時折信徒から差し出される様々な肌色の乳幼児の頭にキスをしていた。無論、乳幼児にとっては教皇も一介のオッサンに過ぎないから、不安な顔をしたり泣き出したりしているのだが。

「赤ちゃんには教皇は関係ないですからねー」

「ハハハ」

笑い声を出しながら、周囲を窺う。司祭団やシスターら関係者はグラウンドの中央に固まって、Ф字状に通路を形成し待機している。観客席には人種国籍を問わない無数の信徒や、駆り出されてきたカトリック系私立学校の生徒、他あらゆる背景を持った人々が、バチカンの旗を振っている。だが、雑多にせよ、皆カトリックないしはキリスト教に深い縁があるのだろう。

「良いんですか、俺なんかが来ちゃって」

「良いんですよ、スローガン見たでしょう?『あなたに話がある』」

「俺にも」

「そう」

「まあ天皇はそんなこと言わないからな」

「ハッハッハ、あっちは予防拘禁するから」

反対側にいた、左翼の経歴がある男性は膝を叩いて、ハ行の発音もはっきり出して笑った。中東で生まれただけの神に絶対性などないが、極東の一君主にもないのだ。さっきから流れているなんとも微妙なテーマソングを聞き流しながら、俺は天を仰いだ。まだ教皇はの字型にグラウンドを周っている。流れている曲は、「みんなのうた」で流れそうな道徳的な明るい歌謡曲だったが、しかし状況に合っている曲とも思えなかった。後ろには東南アジア系と思しき褐色の一家が座り、目の前には英語を喋る白人の夫妻らしき二人がいた。

俺がまだ小さかった時、親に手を引かれ、スペイン語ミサに連れて行かれた記憶を暫し思い出す。あれは単なる宗教儀式ではなく、交流も兼ねていた。ミサが終わった後、ソフトドリンクや酒、スナック菓子などを持ち寄り、教会の裏側の一室で良くパーティをやっていた。あそこは、カトリックを介してはいるが、とにかく異国に暮らす人々が自分達の文化と交流を維持し、二言で言えば「自らを保つ」場でもあったのだ。俺は洗礼こそ受けなかったが、その場が如何にその人々にとって大事かを知っていた。

「小さい頃の様です、本当に……私はイグナチオの、あの建て直した後の教会に良く連れて行かれててね」

「あー前言ってたね」

「……ここにも警官はいるが、公安も来てるんですかねえ」

「居るだろうね、ハハ、ここもテロの良い標的じゃん」

こんな会話をしているのは本当にこの一角だけだろう。だが、俺にはそれも大事なテーマであった。フィリピン人信徒が集っていた横浜の教会に警官が乗り込み幾人かを拘束した事件は、俺にとって身近で恐ろしい話だった。教皇は壇上に上がり、スペイン語と英語とを交えてメッセージを伝えていく。

「アジア中の言葉が混じってる、ここに……普遍なんだよ、普遍」

中年の男は冊子を見せ、この後行われるベトナム語や韓国語の歌を示した。その時、会場中から言葉が発せられた。

『主よ、あわれみたまえ、主よ、あわれみたまえ、キリストあわれみたまえ、主よあわれみたまえ』

俺は倣ってぼそぼそと繰り返した。俺は自称ユニヴァーサリストであり自称多元主義者だ。この言葉を繰り返すのに抵抗は無い。いつかは俺も唱えさせられたかも知れない言葉だ。しかし、心から唱えているとも言い難い。賛美が続いていく。散りばめたゲロの様な数多の人々。ある時はペトロの後継者で、ある時は反キリストとも罵られる教皇を眺めながら、少数にして一つになった人々の祈りの声を聴いた。

 

普通であるかないかを誰が決めているのか、俺は知らなかった。知らないまま、小さい頃は教会のスペイン語ミサで様々な人種の中に放り込まれ、小学校では地獄の季節を過ごし、そして高校時代に目覚めを持ち越さなければならなかった。そうだ、最後まで突き詰めていけ。人間の「普通」を突き詰めていったとき、残るのは、生まれることと死ぬことである。射精・受精と、死だけが、生命の普通である。肌の色や言葉や左利き右利きやチンコやマンコの形やメシやウンコはその後の付け足しに過ぎない。そう思わなければやっていられない所まで俺は来ていた。 金子みすずの「私と小鳥と鈴と」はみんな違ってみんな良いと伝えている。だが、その詩を小三の国語の授業で教えられているその期間、俺への攻撃が始まっていた。天皇と、俺と、朝の電車で良く見る知的障害者は、同じ色の精液と卵子から生れ、同じ地域で暮らしている。みんなちがって……だが、そうではないのだ。どうしてもそうあって欲しくないようだ。天皇だけではない。周囲の人々は、俺が「同じ」であることも「違う」ことも拒んだ。俺は小学校四年生で半保健室登校を余儀なくされた時、教師に言い含められた部分もあるにせよ、少なくとも自分がもうずっと「まとも」ではないことは10歳のクソガキ精神なりに分かった。「ふつうじゃない」でなく、「まともじゃない」のだ。だが俺はそれを幸か不幸か中学で一旦忘れた。そして高校で、もう一度気付かされたのだ。混血の知人の自殺が俺を覚醒ないしは「自惚れ」させた。だがこの自惚れは誰にも明け渡せぬものだ。なぜ日本の四季があるやら何やらの「自惚れ」は認められ、俺の枯れ木のような「自惚れ」は指弾されるのか?目の前の白人の男が、大袈裟に片手を振って胸に十字を切ったようだ。

 

暫し、教皇と司祭や代表者ら集団が入れ替わる。俺は隣の中年に声を掛けた。

「ここにはいっぱい居るが、カトリックは、日本人口の一パーセントも無いそうですね」

「約四十万人だよ、一パーセント無いなら十万いるエホバやモルモンと大差ないもんだよ」

「ええ、もっと多いと思ってたんですがそうじゃないんですね……このドームに来ているのはじゃあその日本のカトリックの中でも相当な数だ」

「そういうことだよね、でもパパ様がここに来るのもやっぱり日本が大事な、あの隠れキリシタンとかそういう出来事もあった国って意味もあるから……」

信仰の為に隠れ続け、そして奇妙とも言える様々な習合をしてでもキリストを信じ切ったらしき集団を思い浮かべた。彼等にとって、信仰は代えがたいものだったことだけは分かる。俺にとって代えがたいものとは何だろうか。俺は自分が「こうなった日時」について、大まかだが「遅くとも高校二年になった頃」と断言できる。だが何が自分をそうさせているかはっきり言い得ない。俺は普段、民族というものを存在しない概念の様に振舞っているのに、どうしてもそれに引きずりまわされている。混血すら、究極的には自らを縛る概念である。

『神のことばは正しく、そのわざにはいつわりがない。神は正義と公平を愛し、いつくしみは地に満ちている。』

「どうだ、パパ様も来て洗礼する気でも起きた? 」

薄笑いで中年が問いかける。それは別に本気の勧誘ではなく冗談めかした言葉だ。

「いや、まあ、それでも大事な決断ですから……しかし洗礼を受けるなら名前はユダだな」

「ユダ!良いねえ、ユダもイスカリオテだけじゃなくて色んなユダがあるから」

「でも俺はイスカリオテなんですよ……」

「まあ、イエスがイスカリオテのユダに大きな役目を託したみたいな見方もあるしねえ」

 

俺は以前から、キリスト教関係者に出会って聞けそうな機会がある度に、新約聖書のある字句と人物の意義とについて質問している。マルコの福音書14章21節において、イエスはユダについて「その人は生れなかった方が、彼のためによかったであろう」と語っている。三度否認したペトロは良いのか。イエスがどんな奇妙な人間で、またユダがどんなに悪辣な人間であったかに関わらず、もしこの言葉が文字通り解釈されるなら、キリスト教には「生まれてこない方が良い命(ひいてはすぐに死ぬべき人間)」という概念が存在することになる。仮に俺がキリスト教の諸宗派に改宗する場合……それはどんな神学的解釈があろうが、これは最大の妨害となるだろう。そんな概念がある宗教なら、俺にとってはその宗教こそ「生まれてこない方が良い」教えであり、またそんな宗教の影響を受けた社会もその様に振舞うからだ。そしてカトリックのある解放的な神父は「これはあくまで『そんな辛い思いをするなら』という同情としての言葉であり、神様から見ればユダもいつくしい命である」と言い、メソジストのある聖職者は「あくまでユダに対しては裁かれるべき罪があったと解釈している」と言い、また別のプロテスタント信者は「そこは深く考えたことはないが、ユダはやはり悪意もあったと同時にイエスの復活に必要な人間でもありその二面性が聖書の深い意味」云々と答えた。宗派ごとの答えの差は仕方がない事とは言え、また信者でもない人間にその「真意」は与えられないだろうとは言え、最終的な納得は行かなかった。やはりその様な概念の余地は普遍的にあるのだろう。そして日本におけるユダである俺は、喜んで自分が「生れなかった方が良い」存在であり、「それが生まれ、ふてぶてしく生きている」ことすら、当分選ぶ。

 

ドームは、地響きの様な低音の祈りの声で包まれている。教皇に続いて、人々は言葉を繰り返し、アーメンと唱える。教皇がラテン語で何かを言った後、助祭が人々に平和の挨拶を促した。ドーム中の信徒たちが、前後左右周囲の人々に、平和の挨拶を交わす。もちろん俺も。俺を招いてくれた人々に。東南アジア系の一家に。白人に。老婆に。子どもに。

「平和を」

平和は良いことだ。誰も死ぬべきではない。ナザレのイエスだって死にたくはなかっただろう。だが、そして、いずれ、皆死ぬのだ。俺は自殺した知人やそうなった人々、浮べられる限りの死者がもはや苦しみや憎しみから解き放たれ永遠に平穏であることを普遍的に祈った。そして、死ぬべき時に死ねなかった臆病者である俺の延長戦にして非正規戦はしばらく続く。

『マラナタ、マラナタ、しゅのみくにがきますように。』

2020年1月21日公開

© 2020 Juan.B

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"普遍"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2020-01-23 13:13

    教皇猊下が巨大化してウハハなどと吼えるのを期待しましたが後半は空気になっていたので安心しました。早く凶悪な宇宙生物が到来して、地球人類が一致団結する日を心待ちにしています。その後全滅しますが。

  • 投稿者 | 2020-01-24 14:48

    主人公が探求する切実な「普通」への考察がテクニックに頼らない小説たらしめていると思った。

  • 投稿者 | 2020-01-24 20:08

    「生命の普通」は、「生まれることと死ぬこと」。その期間を延ばすには、しかし、何もしないわけにはいかないだろうと、その過程の中で、人は生きることに絶望を抱き、一方では希望を求めているのだろうなあと思いました。

  • 投稿者 | 2020-01-24 22:54

    教皇のミサを生中継するYouTubeチャンネルの登録者が3000人とかで、マジか、こんなもんなのか、と思いながら生中継を見た。「その人は生れなかった方が、彼のためによかったであろう」に関しては、常々、「かれのために」が重要なのではないかと思っている。イエスなりに憐憫の情を表現しているのではないかと。

  • 投稿者 | 2020-01-25 11:27

    「散りばめたゲロの様な数多の人々」とか「洗礼を受けるなら名前はユダ」とか悪びれたことを言っているわりには教会の権威に対する批判が足りない。この集会自体を侮蔑しているのか、それとも隣の中年が言う「普遍」を真に受けているのかがあまりわからなかった。教皇の脳天をクロスボウで狙い撃ちにして会場を混沌に陥れるくらいのことをしてくれないと、読み手としては不完全燃焼。

    • 投稿者 | 2020-01-25 15:30

      「悪びれた」→「悪ぶった」
      一度投稿したらこちら側からは直せないのが困る。

  • 投稿者 | 2020-01-26 22:08

    ユダが本当に生まれてこなかった方が良い命だったのか、どうかは神学者にも神の子にもわからないことかもしれませんが、彼をある意味で偲びながら、教皇の話そっちのけで談笑しあえる緩いミサが催されたというのはある種の救いなのかなと思ったり思わなかったりです。普通の輪っかを教室で括るのか東京ドームで括るのかはたまた…

  • 投稿者 | 2020-01-26 22:32

    キリスト教について、ましてや教派について殆ど何も知らない私は幾通りにも解釈できる経典とはまったくもってめんどくさいもので、そんな教義に縛られたくないなあと思うと同時に、どこかで標があるのならそれはそれで楽だなあとも思ってしまいました。
    現場で感じたことを吐き出した心情描写、いつものホアン節炸裂ですね。

  • 投稿者 | 2020-01-27 13:13

    普遍というあたりに彼らの傲慢さを感じますね。今回のテーマについて生涯をかけて考え続けている気概が伝わります。

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