辺境の片隅の矮小な存在どものために

応募作品

Juan.B

小説

4,648文字

※合評会2018年07月参加作品。

地球の滅亡が間近に迫ったある日、俺は友人のロッド(ロドリゲス)と、出会ったばかりの元留学生のグエンとともに、歪んだ日常の様な最後の日々を過ごしていた。市町村集会に向かうグエンを見送った後……。

 

空は何気ない。地面も何気ない。かつて多くの子どもが遊び、老人たちが愚痴と雑談を垂れ流したであろう地域コミュニティセンターにも今や人影はない。かと言って物が散乱したり荒廃した訳でもない。俺は混血仲間のロッドと、昨日駅で出会ったばかりの元留学生グエンとともに建物を出た。ロッドの手には、給湯室から拝借したカセットコンロとヤカンが収まっている。

「ガスは止まってたが、これに手を付ける奴がいないとはな」

「ああ……しかしグエンさん、本当に行くのか」

「私、もう帰れナイし、知り合いイルかも知れない、それに日本スキね」

ベトナムから来たというグエンは寂しそうに笑い手を差し出し、俺とロッドは握手に応じた。

「グエンさん、あの、お元気で」

「集会がつまんなかったらいつでも戻ってきて良いんですよ」

「ハハ、ありがとう、サヨナラ」

そしてグエンは乾いた笑い声を出し手を振りながら、集会に向かう数人の人影へ続いていく。彼の姿が見えなくなるまで見送った後、コンクリートむき出しのセンターの前の草地で、水を温めた。8月なのに肌寒い。

「……お前はシーフードか」

「チリトマトなんか嫌だよ」

ロッドが持っていたカップ麺と、拝借したヤカンで、俺達の最後の昼餐は出来上がる。

「集会なんか行って何が面白いんだろうな、みんな好きに死ねよ」

「玉音放送でも聞くんだろ」

「グエンさん、フォーか、ベトナムの麺があれば残ったかなあ」

ロッドは笑いながらも返事をせず、リュックから新聞を取り出した。一昨日発行された最後の新聞だ。裏側には政府の全面広告が載っている。

『錠剤は、消滅日時を迎える8月15日午前0時にお飲み下さい……日本政府及び全公的団体は8月15日正午を持ちまして消滅いたします』

政府はそう言うが、守らない人間も多いのは明らかだった。最後の新聞にはぎっしりと諸団体のお別れのメッセージが印刷され、大企業から宗教団体、政府まで、あらゆる終焉が一面を覆い尽くす。そしてわずかに最後の記事が記されている。

 

宇宙の遥か彼方の天文学的異変に地球人が気付いた時には全てが遅かった。全常識を覆す事態――現在知られている宇宙の規模を遥かに上回る超巨大なエネルギーらしき何かが、あらゆる銀河も恒星もブラックホールも破壊し、この太陽系にも相対的に徐々に近づいている。地球は、いや、太陽系、この宇宙は九牛どころか百兆牛の一毛のさらに毛先にも足らない存在だった。良く分からないがそう言うことだ。地球はじきに塵になると分かり、全ては破滅と最後の輝きたる混沌の情勢を見せた。国連により安楽死用の錠剤が出回る。アメリカでは大暴動とリバイバルが起きた。中国やロシアでは人々が自然に病院に並び、錠剤を受け取って死んでいるという。インドは案外いつも通りだがガンジス川の死体がやや増え、ブラジルではキリストが再臨し既に百五十人とセックスしたという。オーストラリアでは皆がワルツィングマチルダを歌いながら森や渚へ繰り出す。北朝鮮と韓国は即時に統一し、昨日両国の指導者は板門店で抱き合いながら錠剤自殺した。そして日本では。日本では……。

 

「ハッ、またバカな自慢を……日本政府と市民は終焉の間際まで秩序を維持している非常に稀有な人々だとBBCやアルジャジーラが褒めてたんだと」

「褒めてんのかそれは? また秩序オナニーか? サッカー場のゴミ掃除、地震の時の整列あー薄気味悪い」

「でも、こんな状況じゃあ誰もどうにも元気が出ないだろう」

その時、壮年の女がチラシを示しながら近付いてきた。

「あの、顕症会なんですけども、日蓮大聖人の立正安国論の」

「うるせえババア! あっちに行け! 」

ロッドが怒鳴ると、女性は舌打ちして逃げて行った。

「元気があるのはあんな連中くらいさ」

俺とロッドはカップ麺に手を付けた。最後の昼餐の後、しばし沈黙が続いた。センターの読書室にあった、青少年を黙らせる為の漫画を幾つか持ち出したが、面白そうなものはない。

「新性器オマンチンコン」

紫色の奇妙なロボットが表紙の漫画をロッドに渡したが、暫し眺めた後「なーにがセカイ系だ」と道路に放り出された。俺は笑いながら、ラジオを取り出す。

「聞きたいならラジオで聞けるのに、一人や二人で死ぬ孤独に耐えられないからって集会だなんてな」

ラジオからは格式高い外国語が響いている。暫くしてたどたどしい通訳が続き、それがローマ教皇のラテン語による最後のお別れだと分かった。各国や各宗教の代表の放送を流しているのだ。

『主、イエス……全ての人々に……平和と愛……和解……死を裁かず受け止め……』

「……ロッド、お前が来てくれなけりゃ俺も死んでたよ」

昨日の朝起きた時、両親は俺を置いて錠剤により自殺していた。特に母親は聖家族像を抱いて死んでいた。それを見て、不思議と悲しい気持ちは沸かなかった。錠剤を飲んで続く、それだけしか頭になかっただろう。その時、ロッドが俺の家の呼び鈴を鳴らしたのだ。

『只今の放送はサンピエトロ聖堂より……で……続きまして日本の……学会……大作……』

「俺達はいつ死ぬのかな」

ロッドは俺から目を逸らす。

「ルキオ、俺は……」

「……」

「一昨日、ママと一緒に死ぬはずだったんだ、俺は……俺は、錠剤を飲んだフリをして、俺の目の前で、ママは……俺は……」

「何も、何も言わなくていい、俺にはお前が来てくれただけで良いんだ」

「オオ!」

ロッドが褐色の顔を覆い、嗚咽し始めた時、ラジオは突如語気を強めた。行政無線が復活し、辺りから大音量で同じ内容が響き渡ってくる。

『続きまして、天皇陛下による御挨拶を放送致します、脱帽、起立をお願いします……』

しわがれた謎の言葉が流れ始めた。

『朕深ク、世界ノ大勢ト我国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告グ……』

「何言ってんだ」

ロッドが涙晴らした顔を上げた。

「嫌な、予感が」

『神州ノ不滅ヲ信ジ任重クシテ道遠キヲ念イ総力ヲ将来ノ大儀ニ傾ケ……悠久ノ太古ヨリ連綿続キタル神国ヲ甦ラセ茲ニ大日本葦原中国ノ復活ヲ宣言ス……八紘一宇トナリ悠久ノ大儀ニ生キム……マツロワヌ者ト穢レヲ討チ払イ……爾臣民其レ克ク朕ガ意ヲ体セヨ 御名御璽』

暫しの沈黙の後、アナウンサーが解説し始めた。

『畏れながら解説致します、只今を持ちましてポツダム体制下僭称日本国政府は解体され、大日本葦原中国が回復し、天皇陛下が復権……』

ロッドは立ち上がり、遠くを見据える。

「自分で死に向き合えないからと、最後までこの国は……! 」

「神風が吹くとでも思ってるんだろう」

そして音楽が流れ始めると同時に、不明瞭な男の声が被った。

『海行かば水漬く屍、山行かば草生す屍♪……朝鮮人、中国人、他外国人に注意せよ、警察と軍の指示に従い必要とあらば……』

向こうから人々の一団が現れた。数人の警官が先頭らしく、それを見て緊張と嫌悪感で胸が高鳴る。一団の中心に、何かが引きずられていた。

「貴様ら! なんで集会に集合しなかった! 」

「ルキオ、あれは! 」

それはリンチされたグエンの死体だった。一団が止まると、市議の女が死体の頭に足を掛けた。

「天皇陛下が復権されたんですよ! あんたらも一緒に皇居へ祝賀……」

「おい、こいつらもガイジンだぞ! 殺せ! 」

俺とロッドは瞬発的に逃げ出した。後ろから怒声が響く。

「ど、どうする!」

「放送を止めろ……!」

住宅街の広い通りを抜けると、体育館の裏に出る。後ろからは依然怒声が響く。車が何台も横倒しになった駐車場に入った時、ピクニック状態で自殺した家族連れを見かけた。市役所に駆け込み、誰もいない一階各課の机を踏み越えて奥へ進む。銃声とガラスの割れる音がした。

「上だ!」

階段を駆け上がり二階通路へ出ると、非常灯の下、ヘルメットを被った女性職員が発電機用の燃料と乾パン缶を抱えてまさに放送室に入るのを見つけた。

「な、何ですか」

「うるせえ! お前らのせいでッ」

ロッドが飛び掛かり執拗に顔面を殴打する間、俺は放送室に入った。女を脅しつけてJアラートを止め市内回線を繋げると、ロッドはマイクに叫び始めた。

『あーマイクテス、皇后陛下のマンコはどんなマンコや! 天皇コレラで死ねば良い! みんなさっき流れた放送は嘘だ! 何言っ天皇だ! 皆、 クニやチツジョに従うな! 外国人まで殺しやがって! お前らは他人との差別でしか自分を考えられないのか、最後まで自分の為に生き死にという覚悟が……』

「こ、こっちに不逞外人がッ 」

先程の女が階段の方で叫んでいる。

「上へ逃げるぞッ」

『まだ言うぞ! お前らは明日には宇宙の塵となり宇宙の一成分になるんだ! 宇宙と混血だぞ! 天皇だの人種だのもう意味無いんだぞ……! 』

俺は燃料タンクを持ち、ロッドを無理やり引いて、三階へ上がった。

「あっちが屋上か!」

「これで連中を……」

タンクの中身を通路にぶちまけ、屋上への扉の前に立った。追手が駆けあがってくる。

「貴様! なんて放送を! ここで死ねッ」

「お前らこそ!」

ライターを通路に落とすと、即座に警官達が火にまかれた。悲鳴と数発の銃声がする中を急いで屋上へ出たが、足元を見ると血が流れている。

「お前、腹が! 」

胸と腹を撃ち抜かれたロッドは、笑いつつ力が抜けていく。彼の名を叫びながら屋上の際まで肩を貸して行き、横たわらせた。

「海も……死ぬ、山も死ぬ、みんな死ぬんだ、なあ、万葉の……日本人だって理解してたのに……」

「ロッド! 」

「俺はちゃんと自分で死ねた、よな……」

「ああ、ああ……死ねた、いや、生きたんだ! 」

「先に待……」

ロッドは笑みを浮かべ事切れた。見上げると、空は紫色に変色し、太陽があらぬ位置に移っている。

 

奇妙な空の下、俺は警官の死体から奪った拳銃を手に呆然と歩き、隣町の市民公園へ差し掛かった。まるでちょっとしたキャンプの様に老若男女が楽し気に集っているが、同時に幾つかの死体が転がっている。彼らがどんな死と終末を思い浮かべているのか分からない。 ラジオからは軍歌“元寇”が流れ、天皇の大きな肖像が飾られている。だが連中は銃を持った俺の姿に気付くと、急にうろたえた。俺は天皇の肖像に発砲し、額を撃ち抜いた。あちこちから悲鳴が響く。

「お前らは……」

ラジオが突如声をあげた。

『謹んで申し上げます! 只今、天皇皇后両陛下、皇太子御夫妻始め、皇族の方々が自決為されました! ……皆様、後に続いて下さい! これは維新的自殺です、自殺してください! しなさい! 』

人々は嗚咽しながら錠剤を手にした。母親が幼児に錠剤を無理やり飲まし、老人の男が天を仰ぐ。

「へ、陛下、何故、復権されたのに! 」

「何が、天皇、復権だクソッタレ……お前らは権威によって生きて、権威によって殺し、権威によって死ぬのか! ええ!? 」

俺を無視する様に日本人達は錠剤を飲み次々眠るように倒れていく。空は一層歪み、周囲は静寂に包まれた。辺境の片隅の矮小な自分の行動に意味があったのか、地球の裏側、グエンやロッドの死、あらゆる生死、宇宙の一成分、 様々な事が頭をよぎる中、海も死に山も死にただ一人になった俺は自分のために銃口を咥えた。

(終)

2018年7月12日公開

© 2018 Juan.B

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