全て燃えあがり

応募作品

Juan.B

小説

4,469文字

※2018年4月合評会参加作品。
※特高月報に記載の事案より題材をとった。

~1~

 

くすんだ街並みの中を、黒塗りの自動車が走り抜ける。モンペを履いた女やカーキ色の服を着た男で満ちている中を、今や珍しい純ガソリン車は煤煙を上げながら突き進み、国の中心へ中心へと分け入っていく。立ち往生した木炭バスを横目に、“一人十殺鬼畜米英”と書かれた横断幕を潜り、色彩のない街並みは終わった。カーキ色の軍服を着た兵隊の横断列とすれ違うが、運転手が窓から手を伸ばし何かを掲げると、兵隊の列はさっと道を開けて並び敬礼した。後部座席に座る着物の女性は、その様子を見ながら口を開いた。

「……中々な物ですねえ」

「ええ」

運転手は空返事しながら車をそのまま直進させ、そして大きな門へ入る。先程の喧騒はどこやら、しんとした静けさの中で車の音だけが響いている。しばらく樹木に囲まれる中を進むと、黒い制服を着た軍人が駆けて来て車が止まり、女性を案内した。

「そちらの誘導に従ってください」

軍人がトランクからカバンを取り出し、しっかりと抱いた。

「画材が入ってますからね、気を付けてください」

「はい」

軍人に先導され、建物の中へ入っていく。いつの間にか、更に二人の軍人が左右を囲んでいる。玄関の赤い絨毯を踏みしめ、唐草の模様がうっすらと入った壁に沿い、建物の深部へ進むと、ある部屋の前で軍人たちは困惑した顔をして立ち止った。

「ああ、ええと……下村様、こちらの部屋へ」

「はい、ご苦労様です」

下村と呼ばれた女性は自然な様にカバンを受け取り、軍人たちに見送られる様に部屋に入った。後ろから微かに軍人達の声がした。

「一体何の仕事をされる方なのか……」

 

~2~

 

設備的にも時局的にも珍しい西洋式のシャワー室の中で、下村は裸になり湯を浴びていた。下村はこれが楽しみだった。ただ、このシャワー室は周囲が丸見えで、そしてその周囲にこれまた裸の女官達が仏頂面で立っているのが、いつ来ても不思議な光景だった。女官達はあくまで表情を崩さず、しかし視線では下村の体の隅々を捉えて離さない。乳房の乳首の一突起、陰部の陰毛の一筋まで逃さぬように。今まで注意されたことは無かったが、このシャワーはいつまでも浴びていて良いのだろうか?そう考えながらも下村は栓をひねってシャワーを止めた。シャワー室を出るとタイルの床がひんやりと冷たい。そしてタオルを持った裸の若い女官が二人で迫ってくる。

「拭かせて頂きます……」

乾いたタオルを体中にあてがわれ、水気を吸い取られていく。湯気もいつの間にか飛び、裸の女官達の整えられた髪型に目が行く。そして股間にタオルがあてられた。離れた場所の鏡を見ると、今や自分より若いこの二人の女官と、自らの裸が嫌でも比較される。下村自身は、自らが美しくもなければただもはや老いゆく体であることを百も承知していたが、この目に映る肉体の美しさ一つ一つを、ただ自分の手先で押し花の様に記録したい意欲だけは満ち溢れている。

「(私は今や女性としてただ一人、この国の中枢で、絵筆を振るい……そしてあの場所に、嗚呼!)」

年増の女官が、黒い張型を持ってきた。さらにいつの間にか、若い女官の片方が海綿を金の御椀にいれて控えている。そしてさも自然に下村の足は開かされた。

「失礼仕ります……検査……」

言葉の後ろの方が良く聞こえない程か細い声で喋る年増の女官に、下村は頷いた。海綿でぬめりを帯びた張形が、下村の陰部を突き分ける。下村はいつも声を出さずに薄目で部屋の上の方を見てこの時間を耐えていたが、ふと視界の下の方、しゃがんで作業している年増の女官を見ると、心なしか笑みを浮かべているように見える。だがこれはあくまで快楽のための作業ではなく、膣内に何か隠し持っていないかを確かめる作業である。更に言うと、肛門も。

「こちらも……」

肛門に生ぬるい感触が突き入ってくる。下村は家伝の春画の光景を思い浮かべながら目を閉じた。

 

~3~

 

裸の女官に囲まれながら、下村はある部屋の前へ通された。非常に巨大な扉の前で、静まり返っていた女官達の一人が態度を変えて下村に促す。

「平伏なさい」

下村は扉の前で平伏した。真っ暗な視界の中で、扉が轟いて開く音がし、女官の声が響く。

「失礼いたします……帝室技芸員、下村夜禰子、号梅園……ここに」

「梅園、面を上げなさい」

下村が面を上げると、広大な部屋の中で、高貴な身分の方々――俗にいえば、やんごとなき一族――が、裸で整列しており、そしてその一番奥の玉座に、今上帝と后が座っている。またその傍には、まだ幼い東宮兄妹が控えている。端には今やヤミでもそう見れない畜肉や酒がふんだんに並んでいる。だが何より下村の目に付いたのは、玉座の上に掲げ飾られている絵だった。あれこそは――。

「梅園、汝の絵は良く気に入って飾らせて貰っている」

「あ、有難き幸せ」

古代の歌垣を題材にとった、貴賤分けなく交じり合う壮烈な肉筆春画がそこにあった。時代考証はそれほど重視せず、烏帽子を被った貴族や十二単をはだけた女官、さらにはペニスをいきり立たせた馬などが絢爛豪華に躍動するように描かれている。そう自負できるほどの春画が、この今、帝とともにある。后が口を開いた。

「真に日本文化の到達点の一つです、ただ、表に出せぬ事を除いて……」

微かな笑い声がそこらから響いてくる。貴人達は微笑みながら春画をまじまじと眺めた。

「梅園、今度は朕の歌垣を描け」

「はい……」

下村は言わんとすることが分かった。裸の女官が傍らにそっと画材カバンを置き、さらに高級画用和紙を積み重ねる。

「全員、思い思いのことを……」

帝がそう発言するやいなや、貴人達は男も女も絡み合い始めた。そして下村は猛烈な勢いで筆をとり始める。帝は后を抱え、椅子に座ったまま腰を突き上げる。それを見ながら、まだ幼い東宮兄妹も絡み合い始めた。兄が、まだ毛も生えていない妹の陰部を舐め始めた。

「お前ももう良い年だからな、しかと……ん……見習え」

「はい、父上……むむ」

「あ……」

下村は女性の陰部を一つ書き上げた。だが、色はどうすべきか。考えふけりながらも、次のペニスに取り掛かった。それは真珠らしきものが大量に埋め込まれており、捕まった女官の陰部にずぶずぶと音を立てながらのめり込んでいく。辺りからは微かな嬌声と肉体がぶつかり合う音、そして粘液質の音しか響かない。ある貴人は手づかみでビフテキを食いながらぺニスで女官の頬を叩いた。下村はまるでドイツの精密機械の様に緻密に、しかし猛烈に原画を描き上げていく。ある貴人が、夫が支那戦線で戦闘機のプロペラに巻き込まれ事故死した未亡人に向かい合って歌を詠んだ。

「えびすどが くにまほろばに せまるとも……」

未亡人が下の句を継ぐ。

「はやふやしたき さきもりのたね」

そう言いながら未亡人は両手で陰部を広げ、挿入するように煽った。帝はそれを見てやや微笑んだ。その時、下村のちょうど後ろの扉が開いた。下村は振り返らなかったが、その横をやや急ぎ足で、しかし震えるように制服を着た男が過ぎていく。帝の冷たい声が響いた。

「小磯、どうしても来るなら裸で来るように言ったはずだが」

「恐れながら……帝都西部、軍需地帯に敵編隊百機以上が……」

「ああそう、サイパンからか」

「お、恐らく……」

「ドーリットルのこともあったが、いよいよ本格的に、空襲か」

「それに加え、フィリッピンでの戦況は思わしくなく……各方面で玉砕……陛下……」

貴人達が絡み合い、尻の穴をほじくりあい、互いの性器を舐めあい、そして帝と后が腰を打ち付けあう中で、小磯首相は肩を震わせて言葉にならない何かを言おうとしたが、うつむいて黙り込んだ。帝は女官に持ってこさせたビールを煽りながらそっぽを向き言い放った。

「もう良いぞ、小磯」

「……」

小磯首相は翻り、顔面蒼白になり口元を震わして元来た道をそのまま戻り、扉を閉めた。帝は元の声調に戻し、下村に声をかけた。

「絵の邪魔にならなかったか?」

「いいえ」

空襲!燃え上がる炎!どんどん!ばーっ!下村の頭には良い案が浮かんだ。女性器の色は、鮭肉の様な色ではなく、燃え上がる炎の色にしよう。二十数名の男女が大広間で所かまわず絡み合う中を、下村は狂ったような笑みを浮かべあちこち態勢を向き変えつつ絵の要素を一つ一つ埋めていく。いよいよ帝と后の性交は終盤へ差し掛かった。

「お、お」

「ああ、貴方」

「いくぞ……!」

「嗚呼!」

帝と后の間から精液が垂れ落ちた。途端に数名の貴婦人が精液に群がり、微かな雫すら残さぬようにと手に取り、口に含む。そして東宮兄妹のままごとの様な性戯もかなり激しくなっていた。兄は中指を立て、妹の陰部に突っ込んでいた。

「ああ、お兄様!」

兄が指を抜くと、妹の陰部から勢いよく小便が吹き出、そのまま兄の顔を直撃した。途端に周囲が笑いの渦となった。そして下村も、口が切れんばかりの笑みを浮かべた。

「私の……最高の作品!」

下村の眼下には、凄まじい肉筆画の基が出来上がりつつあった。帝と后が光芒としながら絡み合う光景が……。

 

~4~

 

史上最高の春画は出来た。

 

しかし、5月25日の空襲により国の中心は焼かれ、下村の絵もあっけなく燃えてしまった。そして、8月15日、下村はラジオで敗戦の放送を聞いた。ラジオから聞こえる、玉音と称される声は、あの日直接聞いた声に似ていたが、実感は湧かなかった。そして、また多くのことが起き、進駐軍が町中に溢れかえり、旧体制が一つ一つ崩れていく。

 

ある日、下村の家の前にジープが一台止まり、白人の士官と日系人の通訳が現れた。不安な顔をした下村が戸を開けると、通訳が開口一番。

「シモムラさん、お越し頂きたい場所があるのです」

「え……?」

そのまま下村を載せたジープは、餓えた人民や解放された共産党員の歓迎大会を横目に、かつて乗った車と同じように国の中心に分け入っていき、そして焼け残った懐かしい庁舎の前に止まった。進駐軍のMP達はガムを噛みながら下村をじろじろ眺める。その様な中を歩き、ある邸宅の前に着いた。白人士官と通訳に連れられるまま、中に入り、大広間に上がる。そこでは、白人将校たちが何人もソファに座り、貴婦人たちに股間をしゃぶらせていた。日系人が微笑みながら語りかける。

「貴方は絵を描く、いや、描いたそうですね」

臨時の舞台の上で、目隠しされたあの后が、ジャケットだけを羽織った裸の黒人兵にいよいよ犯されようとしている。巨大なペニスが、か細い女性器の前でふらついている。白人士官が、振り向いて紳士的に問いかけてきた。

「Can you draw a JAP porn? 」

「……ええ」

下村は再び笑みを浮かべ始めた。

 

(終 大体4000字)

2018年4月12日公開

© 2018 Juan.B

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ホラー ユーモア

"全て燃えあがり"へのコメント 5

  • 投稿者 | 2018-04-21 09:31

    非常に面白かった。徹底的な管理下での退廃は、パゾリーニの『ソドムの市』を想起させる。高貴な人々、主人公の絵師、女官には一見厳格な上下関係があるようでありながら、女官が絵師の裸体を凝視し、絵師が高貴な人々のあられもない姿を絵に描くという「見る‐見られる」関係によって権力の階層が転倒させられている点が痛快である。終戦後のオチにおける主人公の笑みには、変遷する秩序に追従しながらも秩序を内側から攪乱していくトリックスターの不敵さが感じられた。

    欲を言えば、冒頭で何かもっと強烈なインパクトがほしい。時系列を無視してもいいから炎に包まれる春画の描写であるとか、主人公の臨終のシーンであるとか、読み手を引き込む仕掛けが必要だと思う。あまりにも淡々と始まるため、「どうせ中身はJuan B.のいつものあれだろ」と読み飛ばしたい衝動にかられた。

  • 投稿者 | 2018-04-24 09:43

    とても面白く読んだ。圧倒的な描写力で退廃のなかのエロスを浮かび上がらせるその手腕は藤城さんもいう通りである。ただ、空襲の「全て燃え上がる」ときの様をもう少し過激に読みたかったと思う。

  • 投稿者 | 2018-04-25 00:23

    異様な迫力がありました。お見事です。
    下村画伯が「美しい肉体」を我が手で残したいと崇高な使命に燃えているわりには、美しさを感じさせる描写がありませんね。下村は上つ方のおぞましい正体を美しいと思って夢中で描写している変態という設定だとよかったのにと思いました。で、戦後になって黒人兵と戯れる日本女も美しいと思ってしまうとか。
    他の方も言及しておられますが、どうせなら宮中に焼夷弾が炸裂して、燃えている中での乱交パーティーならなお良かったです。それだと昭和が終わってしまいますが。

  • 投稿者 | 2018-04-25 05:23

    「春画」を一瞬たりともググることなく一気に得意のステージに駆け上がる安定の作風には感服しつつ、とりあえずそれは春画じゃねえとは思いつつ、まあ拡大解釈したらそれでもいいのか、と思い直して読了。前回のよりは勢いがあってよかったかも。

  • 編集長 | 2018-04-26 11:52

    貴人たちの乱行を描く絵師というサスペンス的設定が秀逸だった。もちろん、こうした絵師の存在は架空だろうが(だよね?)、フィクションとしてもリアリティのある設定だ。筆者の書き手としての向上を感じる。

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