Le Cri du merde

応募作品

Juan.B

小説

4,160文字

※2017年08月合評会応募作品。
※厳密な歴史的事象等に基づいていないが(にも関わらず)、爆弾を唯一の拡声器とした、19世紀末のある人々に捧げる。

~1~

 

ケピ帽を被った在郷軍人達や憲兵達が、一人の男をしきりに殴りつけながら連行している。あの情景が私の始まりだった。町の人々はその様子を遠巻きに眺めていた。普通のコソ泥とは様子が違う男について近隣の大人たちが囁きあう。

「パリのコミューンの敗残兵らしい」

「恐ろしい事だ!政府を破壊しようとするなんて」

連行されている、やや褐色の混じった肌をしてボロボロのシャツを身に着けた男は、既に数発の銃弾を手足に受けており、このまま放っておいても死にそうなのは明らかだったが、兵隊達はどうしても自分たちの手でその男のとどめを刺したいようだった。明らかにこの状況は正規の裁判などを経ていなかったが、ドイツとの戦争に敗れた後の混乱で、誰もが銃を持つ者の権力しか信じていなかった。私はその様子を農地の小屋の陰から眺めていたが、他の子供たちがあの列に距離を取りながら続いていくのをみて、私も駆け出した。しかしガキ大将のルイスの顔を見ると足取りが重くなる。

「おい、フランソワ、お前みたいなボロ農家のガキが見るもんじゃないぜ!お前も大人になったらああなるんだろ?予習しとけよ」

「フランソワじゃなくてフランツって呼ばなきゃダメよ、ルイス!」

「ドイツなまりをどうやって隠したんだい?フランツゥ?ハハハ!」

書記官の息子ルイスに続けて笑っているのは、その取り巻きのマリーやサンソンだ。私の父がドイツ語を解するオランダ人であった事が、昨今の私の状況を悪化させていた。しかしその時、あの男が叫びだした。

「お前らは、クソ政府はいつか必ず打ち砕かれる!……」

「黙れクズが!」

ヘラヘラ笑っていた子供たちは急に黙り込んだ。軍人の一人が銃床で男の頭を殴り道に血が飛び散ると、子供たちは後ずさりして逃げ出してしまった。その後でも男の声はなお響いた。

「お前らが普通だ正常だと思い込んでいることに何の意味がある……何でお前らはあんな自分を苦しめる連中に従う……」

軍人たちは男をそのまま外れの墓地に連行し、打ち付けた杭に縛り付けようとする。神父による告解の類も無い。その時には農民たちも積極的に近づいて処刑の手伝いをしていた。そして私はその輪の中に、子供の分際でただ一人紛れ込んだのだ。誰も私を咎めはしなかったし、そもそも見えてもいないようだった。

「おい、共産主義者のキリスト気取り、お前の望んだ革命なんて起こらなかったな?」

「……お前らの望んだ栄光の……フランスと皇帝とやらもな!……お前らドイツ人に去勢されてオマンコ犯られて死んじまえ!」

男が堂々と言い返したために、周りの老若男女は恐慌した表情を一瞬見せた。だが、在郷軍人がすかさず二回平手打ちし、ルイスの父親である書記官がせせら笑った。

「だ、誰かこのキリスト殿に水でも飲ませてやれよ!ハハハ」

私は水は持っていなかったが、自分が食べるつもりだった小さなトマトを懐に持っていたので、それを輪の隅から素直に差し出した。すると、男は一瞬目を見開き、よろよろとした手でトマトを受け取った。

「坊や……」

「……」

「名前は」

「フランソワ」

「坊や、良く見といてくれ……分からない事だらけでも、必ず……」

私はその男の目をしっかり見た。だが、それまで私の存在に気付いていなかった様な大人たちが、急に私を咎めだし、瞬時に男も私も殴打された。

「何だこのクソガキ!」

「あいつだ!ドイツの手先のガキだ!」

「とっとと失せやがれ!マスでも掻いてろ!」

男の手からトマトが落ちてぐしゃっと潰れる。私は顔をひどく殴られた後、そのまま放り出された。体中が痛みに歪む中で、男の声が聞こえるが、私はその方を見れなかった。一瞬、世界中の怒声が一か所に集まったような気がした。

「Vive la ré……」

そして、銃声の後、静寂が訪れた。ヒリヒリ痛む頬をさすりながら後ろを向くと、人々の足元に茶色くなったボロ雑巾の様な男の死体が見えた。老若男女誰もが死体を囲んで軽い笑みを浮かべている。

 

~2~

 

夕日が傾きつつあるパリの片隅の、富裕層がひしめくカフェで、私は別の男とワインを飲んでいた。私の真向かいには、濁った肌をしたスペイン人が座っている。

「……そうか、俺は生まれ故郷じゃムーア人て呼ばれてね、良く虐められたよ」

「ドイツ人とムーア人、どっちか大変だっただろうな?」

「ムーア人にはフラン云々の名前の代りはないからなあ」

「ハハハ……フランシスコ、名前に何の意味がある?」

フランシスコは、恐らく“無い”と言う答えの代りに笑みを浮かべながら、空になったグラスに目を落とした。私はふと横に目をやると、別の席の紳士が新聞を広げていた。紙面には、“l’explosion!”と言う題が大書され、その下に裁判所が爆破される絵が書かれている。私の視線に気づいたフランシスコも、それを見てにやりと笑った。だが紳士が新聞を下げたために、私たちはまた視線を元に戻した。さらに別の方からは、誰かに議論を吹っかけている壮年の男の声が聞こえる。

「軍内部に蔓延っていたユダヤのスパイどもを全員銃殺に出来なかった事が先の戦争の敗北に繋がり、未だフランスの弱さに繋がっているのだ!」

左の席では、胡散臭い面の男が小さな地図を片手に相手を説得していた。

「ほら、インドシナのこの辺りです……ゴム栽培を行うには多くの人手が必要ですが、インドシナの連中なんか死んでも代わりは幾らでもいますから、これは確実に儲かる投資ですよ……」

意識が曖昧になる私の横で、不意にウェイターの声がした。

「何かご注文が?」

「分からない」

「えっ?」

「あ、いや、大丈夫」

怪訝そうに去っていくウェイターから目を逸らし、私はフランシスコと再び向かい合う。

「私には分からないことだらけだ、何も分からないんだ」

「……」

「どうして別の文化を持つことに問題が?どうして自分の考えを持つことに問題が?どうして遠くに乗り込む必要が?どうして……生きるだけのことに問題が?」

フランシスコは私の手の甲に、手を重ねる。溢れる私の小声を、フランシスコの笑みが止めた。そして彼は机の下のカバンを少し弄った後、不意に立ち上がった。

「……少し飲みすぎた様だね?帰ろうか」

「ああ」

私達はカフェを後にし、しばらくして爆音がした。恐れ慄く人々がカフェの方に走っていくのに逆らう様に、私とフランシスコは坂道を登って行く。

「政府がなんだって?国に貢献?資本?神?義務?……クソ、全部オマンコされちまえ」

「ああ、誰も何も答えてくれない、誰も何も踏み倒して問題を無かったことにする……そうだ、俺達は赤ん坊だ、でっかい鳴き声と一緒にクソをひり出すんだ、そうだろ?」

途中、主人が飛び出してしまったパン屋を見つけたので、店先に置いてあったバゲットの束を頂戴してそのまま抱えた。自宅のアパートの前にたどり着くと、階段に薄汚い身なりの少年が座っていた。

「唖のナポレオンだ」

「あうううう」

「食うか?」

「うああう」

私が“ナポレオン”と呼ぶこの口の利けない少年は、バゲットを一つ貰うとムシャムシャ食べ始めた。フランシスコはその様子を見て再び笑い出す。

「俺の小さい頃に似てる」

「お前、口が利けなかったのか?」

「誰も俺と話なんかしてくれなかったさ」

 

~3~

 

「あっちに行ったぞ!」

遠くから聞こえる官憲のクソみたいな叫び声を聞きながら、私はフランシスコの肩を支えた。すでにフランシスコの腹には二発の銃弾が撃ち込まれている。

「俺はもうダメだ!離せ、置いていけ!」

「バカ言うな!」

その時、遠くから銃声がして、すぐ近くの壁に銃弾がめり込んだ。路地にもはや逃げ場はない。目の前の廃アパートに飛び込み、暗がりで一息ついた。

「フランソワ!俺なんか放って逃げろ!一人でも多くのオマワリや軍人をぶち殺す為にも……!」

「……!」

私はフランシスコの言葉に従い、彼を階段の陰に座り込ませるように置いた。フランシスコは壁を支えに、飛び込んできた警官と相打ちになる気らしい。そして私はそれを見ないように、階段を駆け上がっていった。しばらくして、下で激しい銃声が数回響いた。

「何もかもが分からない」

屋上にたどり着き、周囲を見回すと、あちこちに警官や憲兵がいるのが見えた。よくも二人でここまで攪乱できたと思う。そして全ての生存をかけ、隣のアパートの窓際へ飛び移ろうとしたが、バランスを崩した私は壁際を掴めず落下し、地面に叩きつけられ、激痛に見舞われた。

「うぐぐ」

警官は私を見失ったらしくしばらく来る気配はない。だが、私もどうやら首を折ってしまった様で、体は動かない。反逆者の最後など、こんな惨めなものなのか。あの男のボロ雑巾の様な死体!次第に意識が遠くなる中で、一人の少年が目の前に駆けてくるのが見えた。

「ナポレオン!」

「あうう……」

「ダメだ、ここから離れろ……」

「うう」

「……」

だがナポレオンは私の目を見据えたまま動かない。

「俺は分からない事だらけだったが、お前はそれを表す事すら出来ない、て事か……?」

壁を背にした私の体はずれ落ちる。ナポレオンが、いきなり私のジャケットの内側からある物を取って走り去っていくのが見えた後……。

「そうだ、抗え……」

 

~4~

 

絶命したフランソワの死体を前に、警官達はお抱えの記者まで呼び付け、記念撮影を行おうとしていた。

「先ほど階段で撃たれたマルソの事はくれぐれも報道しないように」

「もちろん分かっています……リュクリューさん、お言葉を」

「単純に、正義は勝つ!そう言う事です」

警官達の笑顔が写真乾板に収められた瞬間、奇声とともに何かが落ちてきた。

「うあああ!」

「何……!」

ナポレオンが屋上から投下した爆弾が、集団の中心で炸裂し、警官や記者ら計十数名が即死した。ナポレオンは満面の笑みを浮かべ、一階まで駆下り飛び出し、黒焦げになった死体の間を走り去った。

「あああう!うぇえい!うぇええええい!」

 

(終)

2017年8月15日公開

© 2017 Juan.B

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"Le Cri du merde"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2017-08-16 21:17

    なんとなく『最後の授業』を思い出していたのですが、時間も場所も離れた場所の話ですので、状況を理解しようとするので精一杯でした。

    設定は結構好きです。

  • 投稿者 | 2017-08-18 20:03

    題材は残酷ですが、最後の場面がとても格好良いと思いました。
    本当の正義とは、何なのでしょうね。

  • 投稿者 | 2017-08-19 15:06

    歴史小説というジャンルに挑戦したことを高く評価したい。しかし話に入り込みにくいと感じた部分はある。それは決して「時間も場所も離れた場所の話」だからではなく(それでは古典も海外小説も読めない)、一人称小説であるにも関わらず内面描写が極端に少ないことからくるためではないかと思う。映像作品のように外から見える行動や台詞のみで表現する意図であれば、三人称小説にしたほうがよかった(実際、主人公が死んだ後の第四節では三人称が用いられている)。

    フランソワの幼少期を描いた第一節は言葉の端々(例えば「子供の分際でただ一人紛れ込んだのだ」など)から大人の価値観を持った人間が子どもの頃を回想していることが示唆されるが、語り手の成長後についてまだ何の情報も与えられていないので、子ども目線の世界と冷静な大人の語り口のあいだでモヤモヤした。時系列を入れ替えて、フランソワとフランシスコが起こす爆破事件の後に回想シーンを持って行ったほうがすんなり読めたかもしれない。

  • 投稿者 | 2017-08-19 17:59

    テーマに忠実に作られた作品。序盤から登場人物が数名どばっと出てきて分かりづらかったです。視点者の「私」が妙に大人びているように感じたのですが、「ガキ大将のルイス」と接点があるような年齢には思えませんでした。
    僕にろくな読書経験がないのがいけないのかもしれませんが、全体的に読みづらくてそこが苦痛で、尚且つその難しめの書かれ方に文学の香りがしました。
    ラストの方の一人称から三人称への移行に違和感を感じました。

  • 投稿者 | 2017-08-21 10:52

    なんというか、全体的に事件や人物に対して説明が不足しているせいで、もっと面白くなるはずのものがもったいないことになっているように思われます。冒頭は回想シーンとして少し分量を減らしたほうが良かったのでは?
    あと主義にもよりますが「ハハハ」や「うああうあうあう」のような擬音語はセリフにせず、地文で工夫したほうが良いと思います

  • 投稿者 | 2017-08-23 00:05

    ナポレオンは最後に「勝った」ような形だけど、実際満たされてそうに見えない(読み手の勝手なジャッジですが)から「勝者」には感じられない。結局登場人物、というか歴史に関わった人、つまり人間全員不幸なんかな?と嫌な後味。でもリアルだと思いました。こんなネガティブ山盛りな小説は多分必要と思います。

  • 投稿者 | 2017-08-23 12:51

    私が歴史とその背景に無知であったせいもあろうか、敗残兵の男や彼に触発されたフランソワの起こしたテロ行為が、いかなるイデオロギーに根ざし、またそれの帰結に何を要求するか、――暗示されてはいるものの――いまいち捉えがたかった。

    かかる社会的弱者に通底する意識や理念に言及することで、それを醸成せしめる対象への反動の原因、延いては彼らと(行動の伴わぬ)その他ルサンチマンとの相違がはっきりとするのではないかと私は感じた。

    作品に終始漂うどんよりとした空気感が、時代をあらわしているようでよかった。

  • 編集者 | 2017-08-24 14:14

    良くも悪くも作者らしい作品だという印象。ロジックさえ吹き飛ばして世界を組伏していくようないつもの力強さが感じられなかったのは残念だが、新しいアプローチに挑戦しようという気概は買いたい。

  • 編集長 | 2017-08-24 18:17

    「パリ」と「革命」という言葉に作者が昂揚を覚えているのが感じられる。最後のオチは期待した通りでよかったが、「うぇええい」はちょっとかっこ悪いです。

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