“誇り”高き人々

混血テロル(第1話)

応募作品

Juan.B

小説

11,676文字

※ 本作は、本当はある連載作品の中でハーフの主人公が体験する一エピソードとして創作されたが、事情によって短編に改作した。
※ 一部は作者の体験の基づいている。

近郊バスに乗り、かれこれ十五分揺られている。数人の乗客はそれぞれバラバラな地点を眺め、止まったり走り出したりする度にやや前のめりになる。私の二席前の客はたびたび私の方を振り返って見たりする。

私の手にはこれから行く先の小さなチラシが握られ、そのチラシの青空は、外の青空と対称していた。

 

『つぎ、平和会館前、平和会館前、次世代に戦争を語り継ぐ為に、大人入場料五百円、高校生以下三百円……』

 

平和会館と言う言葉を聞いて、降車ボタンに手を伸ばした。

『つぎ、降ります』

 

バスの中に機械的な女性の声が響き渡った。それ程時間が掛からず、平和会館のバス停に到着する。整理券と運賃を精算機に入れ、私は平和会館前に降り立ったが、運転手は去り際に私の顔をずっと眺めていた。

平和会館の前には広い芝生が広がり……そこに、野砲が野ざらしで置いてあった。説明文によると、南太平洋の島で玉砕した部隊の“遺品”を島民達が大事に保管しており、これはその中でも最大の遺品だった野砲だ、と言う。ベージュ色に塗装され直された野砲は今来たバス停の方の空に砲身を向けている。私は砲身とは逆の方、会館の入場口へ歩みだした。

コンクリートの色が剥き出しになった平和会館の入場口の建物に入ると、空調が涼しい。左右を見ると、入って右の方にこの会館のパンフレットや、”軍歌会”のチラシ、“日本らしさ”の講演会予告など、様々な紙媒体が入ったラックが壁の右半分に並び、左半分が二口分の窓口だったが、片方は閉まっている。私の他に、この入場口の建物に来訪者は居ない。

開いている方の窓口に近づくと、ガラスで遮られた受付の向こうの女性職員は、こちらを見て顔をこわばらせた。胸に青いリボン形のバッジを付けている以外は目だったアクセサリや化粧をしていない。受付の女性は、私が喋る前に向こうから質問してきた。

 

「あの、外国の方ですか?」

 

私は、少し戸惑いながら答える。

 

「いいえ、日本国籍ですが……」
「あ、いえ、すみません、外国の方には外国語のパンフレットをお渡しするので……」
「気にしないで下さい」
「はい……大人の方、一名ですね?」
「ええ」

 

受付の女性は値段を提示し、私は大人料金五百円を支払った。入場券と、パンフレットが手渡される。

 

「出来れば、スペイン語のパンフレットがあればそれも欲しいのですが」
「すみません、あるのは英語・中国語・韓国語のみなんです」
「そうですか……いえ、どうも」
「順路は入って右側です」

 

入場口を抜けると、そこは博物館の様な場所へ続く通路だ。淡いクリーム色の壁に沿って進んでいく。通路の終わりの曲がり角で目に入ったのは、ガラスケースの中の壁に貼り付けられた大きな日章旗だった。その横に、大きなボードもあり、次のような事が書かれていた。

『ご挨拶

当平和会館にお越し頂き、まことにありがとうございます。

日本と言う国、日本の成り立ち、日本らしさ……これらを、現代社会に生きる私達は意識しているでしょうか。

一九四五年(皇紀二六〇五年)八月十五日、西洋文明侵略に対するアジア解放の大義の為に行われた、
大東亜戦争に敗れ、古代から長く続いてきた私達の日本人としての生活は一度終焉を迎えました。
自然を尊び、秩序を守り、天皇家を中心に豊かな生活を送り、古来からその豊かな民族性を諸外国の人々からも
称えられてきた日本は、傀儡憲法など米国による愚民化政策の元で物質至上文明に取り代わりました。

教育の現場では、かつての日本や皇族の方々を貶めるような教育が行われ、青少年は秩序ない生活を送っています。
社会においても、女性も男性も放埓かつ意義無き生活を送り、世界に称えられた美徳は見られなくなっています。
義務を果たさず権利を叫び、小さな苦難にも我慢できずに投げ出す、誇り無き人々が増えています。
これらは”日本らしさ”を失い、また天皇陛下を始めとする皇族の方々への崇敬を失った結果ではないでしょうか。
大東亜戦争で戦った人々は、この様な社会を残す為に戦ったのでしょうか。
我々が得たかけがえの無い平和は、この様な社会を作る為の平和でしょうか。

今、再び日本人らしさとは何か、また、日本が、いや日本にしか果たせない事とは何か、
社会全体で再び議論され、見直されるようになって来ました。
大東亜戦争の大義を見つめ直し、自然と調和し秩序を守っていた日本の生活を再確認し、
日本らしさを取り戻す為に、この平和会館が助けになればこれに勝る喜びはありません。

平成二十八年(皇紀二六七六年) 四月一日 平和会館館長 松平徳太郎』

 

平和会館と言う言葉から私が想像していた物とは、とてもかけ離れた文言が並んでいる。日本らしさと言うのと平和と言うのが私の頭の中では結び付かなかった。通路を抜けると、大きな陳列ケースが並ぶ、展示場に出た。

“明治の日本の歩み”と言う様で、錦の御旗や赤熊が飾られる先で、西郷隆盛らの征韓論のあらましや、福沢諭吉の脱亜論が掲げられ、特に福沢諭吉の有名な肖像とともに、脱亜論の概略が示されている。

 

『西洋諸国に学び、旧来の劣ったアジア的社会からの脱出を考えた福沢諭吉の先見の明……』

 

私はそれ以上解説を見ることなく、次へ進んだ。周りを見ると、先ほどの部屋と違い、それなりに人が居る。次のケースに目を通す。

“外交官が見た明治の日本”と言う場所では、イギリスやフランスの外交官たちの言わばお世辞が並んでいた。おそらくこの外交官達は朝鮮に行けば朝鮮を、中国に行けば中国を褒めるのではないかと思わされた。

 

『外交官達から見た“日本らしさ”。そのどれにも、日本人の忠君愛国の精神が称えられています』

 

私がその解説を冷ややかに見ている時、後ろから声が掛かった。

 

「Hello!」

 

後ろを振り向くと、スーツを着て頭のややハゲた初老の男性が立っていた。

 

「あなたは外国の方ですが?Where are from?」
「私は日本国籍です」
「ああ、失礼!この棚をあなたの様な人が見ていると、ついそう思ってしまった!」
「“私の様”な……」
「いや、ほら、ねえ!ハハハ、日本語がお上手だから、ああそうか……」
「……」

 

この男性は一人で話を続けている。私は少し笑ってみせるしかなかった。

 

「私はここの館長でしてね、たまに見回るんですが……あなた外国の血が入ってる?アイノコですか」
「ええ、まあ」
「はあー、凄いですねえ、アイノコですかあ、へえー」
「アイノコと言うのか、そうですね」
「お父さんが外国の方ですか?お母さんが外国の方ですか?」
「母の方ですね」
「お母さんの方ですか!ああー、そうかー、まあね、日本の女性と外国の男より、逆の方が良いかも知れませんね」
「……」

 

ここでいきなりこの様な会話をするとは思っていなかった。人の結婚の形を語ると言うのも中々凄い物だが、館長と言うのだからつまり先ほどの”挨拶”を書いた男なのだろう。

 

「やはりねえ、アイノコとして……ああ!アイノコと言うのは使っちゃいけないんだったねえ!何だっけ……」
「……ハーフと言う言葉をよく使いますね」
「ああ、ねえ、ハーフとして、その……貴方は日本語の方を良く喋りそうですね」
「ええ、そうですね」
「お母様はどこの方ですか」
「南米のベネンビアと言う国です」
「じゃあベネンビア語を喋れますか」
「ベネンビア語と言うのは無くて、スペイン語を喋るのです……」
「それを喋れますか」
「あまり喋れませんね……」

 

館長は薄いひげを生やした顔でにやつきながら、彼よりやや高い身長の私の顔を見つめた。

 

「その顔だとやはり“ガイジン”に見えますねえ!でも日本語を喋ると!ハハハ」
「ハハ……」
「どうですか、この館の印象は」
「……まだ少ししか見てませんから」
「私が言うのもなんですがねえ、ここは見所ではないんです、あくまで大東亜……ああ、大東亜戦争分かるかな」
「一応……」
「そう、大東亜戦争の所が見所なんですよ、ガイジンの方にも分かって頂けますよ」

 

いつの間にか私は“ガイジン”にされていた。

 

「どうですか、ご案内しましょうか」
「……お願いします」

 

断ってもずっと付いて来そうな男だと感じ、不快さを感じつつも彼に従う事にした。それに一応博物館の館長なのだから、普段見れない様な物も見せてくれるかも知れない。

さっさと歩いていく彼に続き、いくつもの陳列棚を飛ばした。日清戦争での巡洋艦松島の被弾状況、日露戦争での二百三高地の激戦、シベリア出兵……。村田銃を持った明治の兵隊や、ボロボロの日章旗を持った日露戦争時の兵隊などのマネキンもいる。

彼について、通路を歩いていく時、唐突に質問された。

 

「どうして当館に来られたんですか?」
「……いや、まあ、何となくと言うか……その……」

 

理由はあるが、言うべきなのだろうか。考えながらどうにか言おうとした時。

その時、急に館長は足を止め、大きな地図を示した。

 

「これを見てください、日本はこれほどの土地を”解放”したんですよ」

 

それは、教科書で見るような、“大日本帝国の最大勢力範囲”図だった。東はミッドウェイの手前、北はアッツやキスカ、南はニューギニアのポートモレスビー以外、西はビルマ……。いつの間にか太平洋戦争の、開戦を超えて戦中の陳列に入った様だ。

 

「あなたも、これほどの“解放”を果たした民族の血を引いているのですよ!」

 

私には館長が何を言いたいのか良く分からなかった。

 

「あなたは、日本らしさとは何か考えた事がありますか?」
「いや、あまり……さっきの“ご挨拶”に書いてあるのは」
「あれは私の文章です、どう思われますか」
「……“日本らしさ”とは人それぞれだと思いますね」

 

館長はため息をついた。

 

「それではいけないのです、“その民族らしさ”を共有出来なかった民族は滅びます」
「……私の母の国は先住民や移民が混ざって暮らしている国ですが、そう言う場所では“民族らしさ”と言うのは……」
「いや、いや!混ざる事による”らしさ”もあるでしょう!しかし日本は”単一民族”が”らしさ”なのです」

 

地図を前にこの様な話に広がるとも思っていなかった。

 

「あの……例えば、日本列島の中でも、アイヌの人々や沖縄の人々は……」
「彼らも日本民族であり“日本人”です、日本と融合・融和しており、少数民族などでも無い」
「……?」

 

私は首を傾げたが、館長はそれ以上の説明をしなかった。私は更に質問をぶつけた。

 

「……では、戦時中にその占領した地域の人々はどうなるのですか?ベトナム人でもインドネシア人でも……」
「占領ではなく“解放”です、その人々も皆アジアの同胞として日本と共に歩み、天皇陛下を精神の父として頂く……」
「しかし現実には、その、差別や酷い徴用徴発、それにインドネシアじゃ現地の風習を無視して……」
「末端では問題があったかもしれませんが、大きい目線で見てください、我々は……いや、後で話しましょう」

 

私の事に話を振った。

 

「あなたはアイノコ、いやハーフとして、もしかしたら日本らしさを私たち“純粋な日本人”より感じる事もあるのでは?」
「さあ……あんまり日本的なとか日本らしさとか日常で触れないので……」
「今は良く分からなくても、これから意識させられる様になりますよ、ここを見ていればね」

 

実際は私は日本らしさと言う物を“嫌と言うほど感じさせられた”事もある。だがそれをこの館長に伝えても意味が無い様に思えた。

館長は次の場所に私を連れて行った。と言っても直ぐ近くであるが……あるケースの前に立ち、その中の手紙を指差した。

 

「この手紙を読めますか」

 

読めますか、と言うのはその手紙の字が汚いとかそう言う訳ではなく、私が日本語を読めるか、と言う事だろう。

 

「読めますよ」
「では読んでください」

 

内容は、特攻隊の飛行兵が家族に宛てた手紙だった。国の為に死ぬこと、天皇の為に尽くすこと、悲しまなくて良いこと……

 

「どう思われますか?」
「どうって……この手紙は検閲されているのでは?」
「どうしてそんな話になりますかねえ……貴方は若いから“粋”とか”心持ち”とか知らんでしょうが、大事ですよ」
「この手紙に“粋”があるんですか?」
「貴方の考えに“粋”が無いんですよ、まず検閲なんて事を考えてね……兵士の気持ちを考えてください」

 

しかし、どう考えても私には兵士の気持ちが薄ぼんやりとも浮かばない。その時、横から三人ぐらいの、ガッシリした体付きのグループがやって来た。

 

「ああ、この間も会いましたね!」
「やあ、館長こんにちは」
「また自衛隊内での学習かい?」
「ええ」

 

館長は向き直り、私に話した。

 

「彼らは前にも来てましてね……自衛隊内で最近は国防の歴史を学んで生かそうと言う機運があってね……」
「自衛隊の方?」
「ええ、私服ですがね」

 

館長の肩越しに、私はグループと目を合わせ、会釈しあった。グループはそのまま手紙を黙読し始める。少しして、館長は自衛官のグループに話しかけた。

 

「……どうですか、感想は」

 

館長に感想を促され、三人は次々と述べた。

 

「非常に感動します……この年で、こんな覚悟を決めた人々が居たなんて……私も見習いたいです」
「ああ、俺も、国と言う物、また天皇陛下始め日本の文化と言う物の為に何が出来るか考えさせられたね」
「“誇り”を感じますね、日本人として、やるからにはこの身を賭けても、と……」

 

何を“やる”のだろうか、何を”出来る”のだろうか。私は絶望的な差を感じた。

自衛官の背の高い一人が私の方を見て話しかけた。

 

「日本語通じますかね?……あなたもこの手紙を読みました?」

 

館長が代わりに答える。

 

「ああ、この人はガイジン、いやアイノコだったかで直接案内してるんです、まだまだ日本らしさは希薄らしいがね」

 

いつの間にか私は日本らしさを学ぶ扱いになっていた。自衛官達はそう聞いて、三人とも頷きながら言った。

 

「日本に生まれたら、“日本らしさ”と言う事を学ぶのは大事だと思いますよ」
「そうそう、日本は単一民族だし、ハーフとして大変かも知れませんが、日本を知れば大丈夫ですよ」
「そう、良く差別されたとかギャアギャア言う奴がいるが、ああ言うのは日本を知らないだけで……」

 

“日本を知らないだけ”と言った三人目は私の顔を見て、急に苦笑いして話をまいた。

 

「いや、貴方がそうって訳じゃないですよ、ほら、在日朝鮮人とか中国人とか、いや差別して良い訳じゃないけど……」

 

私は彼らと言葉を交わそうとは思えなかった。館長が、三人目の言葉に続けて語った。

 

「韓国人朝鮮人だからと差別する連中が居るが、それは”正しい日本人”じゃないね」
「……」
「我々は“正しい保守”として差別を無くしつつ、日本の素晴らしさを広めていかなければならないんだよ」
「……」

 

私はなお黙っていたが、自衛官達は顔をぶんぶんうなづかせながら、賛同した。

 

「そうですね、いつか“北朝鮮”や“中国”の共産党支配の様な酷い国が無くなっていく時の為にも」
「そうだ、共産主義を捨てて、日本を兄としたアジア主義に再び立ち返ってほしいね」

 

私は、本当に、なおも黙っていた。朝鮮民主主義人民共和国や中華人民共和国の人々を一方的に見る、それに日本が朝鮮や中国を侵略し支配した故の朝鮮分断の経緯なども意識しない言動に、私は頭の熱さを感じ、頭をやや上げた。
館長が次に進むように促す。

 

「一緒に次の棚に行こう」

 

次の棚には、兵士達の集合写真やその人物対称表がたくさん飾ってあった。日本でも有数の数だという。私はガラスに顔を近づけた。私がこの会館に来た理由がここにあるのだ。

 

「興味がありますか?」
「……私の日本人としての祖父がここに居るかも知れないので」
「それは凄い、ここは陸軍航空隊の若鷹達の写真ですからね、どこの基地か分かりますか?」
「いや……山陰だったかな……名前なら言えるが……」

 

名前を伝えると、館長は直ぐに探し出した。

 

「ああ、おられます、おられますよ」

 

自衛官達三人も顔を乗り出した。示された白黒写真には、大勢の若者が写っており、その中に一人、口を固く結んだ男が居た。

 

「この方だ……生きておられますか?さぞ、勇戦されたのでしょうね!」
「いや、一度も実戦に出ていないし、本当の航空機にすら乗っていません、グライダーには乗りましたが」
「あ、そうですか……でも優秀な方ですね」
「確かに、飛行機に乗る為に相当勉強したはずです、戦中の話は聞きましたから……」

 

自衛官の一人が、また身を乗り出した。

 

「どんな話ですか?」
「同期が理不尽な虐めに会い自殺したのかそれとも何なのか消えたり、上官に殺されかけたそうです」

 

私服の自衛官の楽しそうな顔が、急に暗くなった。私は聞いたままの事を言っただけだが、何か悪かったのだろうか。館長が察してか口を出した。

 

「……ああ、これを見たくて来られたのですか」
「まあ……」

 

そして館長は意を決した風に言った。

 

「しかし……この様な立派な祖父を持たれて、“日本”と言う物に密接な関りがあると思いませんか?」
「……」
「この兵士達が、どんな理由であれ集まり、日本の為に戦い……あれを見てください」

 

特攻隊の写真である。航空服を着た数名の若者が笑って写っている。

 

「この若者達が、先程の手紙の様に決心し、日本や家族、そして天皇陛下を守る為に戦われた……」
「……」

「貴方は、彼らの心と現代について、何か感じませんか?」
「……彼らが“散らされた”のは哀れだとは思いますが、それを今と比べる必要があるのでしょうか」

 

館長は一瞬顔を固まらせた。が、再び話し始めた。

 

「ありますよ、彼らは現代の様な日本を作る為に死んだのではありません」
「どんな社会を作る・作らない、何の為に死んだ・死なないと言う事は私には良く分かりません」
「あなたが、ガイ……アイノコである事を優先して、良く意識されて無いからでは?」

 

館長の顔にシワが増えた気がする。

 

「私はハーフとしてでも日本人としてでも……今・昔に限らず日本社会が良い物だとは思いません」
「な……」
「単一民族観を持ち、天皇……陛下と言う良く分からない者を崇めるのは良い事とは思いません」

 

一緒に居る自衛官たちは顔を見合わせている。館長はにわかに震えている。

 

「そ、そう言う意見も有るでしょうね、ええ、確かに分からない人も居るでしょう」
「……」
「でも、分からないままで居るのは、知る努力をしないからです」
「ハーフの私が単一民族観を知ってどうなると言うんです?」

 

自衛官の一人が口を挟んだ。

 

「あなたは日本の血が入ってる、だから日本の事を学ぶ必要がある」
「学びはしました、そして、日本の社会が少数者・弱者を踏みつけ続ける、誤った社会だと知りました」
「む……」

 

館長と、私服の自衛官達は顔を硬くしている。

 

「仮に、館長さんの言う……つまり、若くして散った特攻隊や兵士の”意志”が生かされる理想社会が出来たとしても、
それはまた特攻隊的に散らされる若者を再生産するだけの社会ではありませんか?」
「そんな事は無い、私はただ、“日本らしい”社会を、日本人としての“誇り”を持てる社会を目指すだけで……」
「その“誇り”が今色々問題を起こしていますが……」
「正しい“日本らしさ”を持たない人も居るからだ」
「今まで色々言われましたが、“日本らしさ”とは、何ですか?」

 

ここに来て、私も興奮している事を感じた。

 

「……日本らしさとは、天皇陛下であり、日の丸に象徴される統合であり、秩序であり……」
「それは“正しい日本らしさ”を持つ人も”悪い日本らしさ”を持つ人も同じ言動をしているんじゃ……」
「ええい!日本らしさは簡単だ!日本は日本だ!」

 

館長は急に怒鳴りだした。

 

「ええい、気分が良いから案内してやったのに、このガイジンは屁理屈ばかり述べて!」

 

自衛官たちも同調した。

 

「そうだ、さっきから聞いていてこの人は日本を変に捕らえて悪くばかり言っている」
「そんなに嫌なら日本から出て行ったって良いんですよ」
「日本と言う存在に従わないのは個人の不幸だけでなく社会への害でしかない」

 

私は、館長の顔を見つめた。

 

「……貴方は若いし、アイノコのガイジンで、変にヒネた教育を受けたんだろう、だから残念な事ばかり言う」
「それは何とも思いませんが、私は、この状況に“日本らしさ”がつまってる気がしますね」
「何……この状況?」
「今、こうしてあなた方とこの展示に囲まれて、強く“日本らしさ”を感じますよ」

 

私は館長と自衛隊員の顔を見回しながら皮肉をぶつけたが、通用したかは分からない。そして、後ろにあった革張りのベンチに向い、ゆっくり座った。

私服の自衛官たちが目の前に来て三者三様に私に言う。

 

「何はどうあれ、貴方は日本を悪く言うのを止めるべきだ……進歩的ではない」
「そうだ、日本の社会に協力すれば、貴方も日本の良さに気付くよ」
「貴方はどうやって今まで日本で生きてきたんです?その様に“文句”ばかり言って来たのですか?」

 

私は“文句ではない……”と口を開きかけたが、言えなかった。館長が、私の横に座り、肩に手を置いた。

 

「さっきは喚いて申し訳なかった……もう一度、では私と貴方とで“日本らしさ”について学びませんか?私はあなたの様な人を見ると”放っておけない”のだ、私はあくまで”正しい保守”でありたい、騒ぐのは趣味じゃない」

 

自衛官たちがまた続ける。

 

「この方は有名な保守派なんだ、しかし良心ある日本人として反差別でもあるんだから」
「保守派と反差別を両立させ、差別派が上げる日の丸を“その日の丸は間違っている!”と喝破された方だ」

 

三人目の自衛官が最後に館長に確認する。

 

「本当の日の丸とは、君が代とは、あらゆる物を一つに纏め上げ、天皇陛下の下で一体に生きる平和の象徴……ですね?」
「ああ、そうです、良く覚えてくれてるね」

 

館長は自衛官に返事をした後、頭を抱えてうずくまる私に声をかけた。

 

「これは特別な出会いだと考えて欲しいですね、貴方は今日新しく目覚めるんですよ」

 

“目覚め”……保守派の独特の用語に、私は軽い吐き気を催した。そして彼らは更に私に近づき、あらゆる言葉で迫ってきた。

 

「日本らしさを……」「さあ……貴方も……」「日本に交わらないと……」「天皇陛下は貴方にも……」
「あなたも日本人になれるんだよ……」「さあ、さあ……」「なあ、貴方はそのまま日本に逆らい続けるのか……」
「日本だよ……」「大いなる日本だよ……」「すばらしい日本だよ……!」

 

私は立ち上がった。それと同時に彼らは急に黙った。

 

「……戦後の、陳列はどこですか」
「……あっちだ、少しだが」

 

館長は、私が関係ない事を聞いたので拍子抜けしたようだった。私は示された棚の方に向かい、陳列を見た。ケースの中には、遺骨の箱や、アメリカ軍から返還されたと言う戦死した特攻隊員のボロボロの服、否定的に示された“血のメーデー”の写真やどこで撮られたか分からない“タバコを吸うヤンキー少年”、そしてなお微笑んでいる平成の天皇と皇后の写真。

 

『戦後、アメリカの享楽的な風潮と、ソ連の策略による共産主義者の陰謀により……』

「……これが戦後ですね」
「はい」
「私は遺骨で帰ったりボロボロで帰ってくるより、そんな社会にしない為に戦ったり、好きな事を好きな様に出来る、
そう言う社会の方が単純に考えても遥かに良いです……でもそれでも不足で、この二人を降ろさないといけない」
「まだ言うのですか!」
「さっき日の丸や君が代の正しさがどうとかあなた方は言いましたが、正しい日の丸など存在しない……」
「な、な……」

 

怒る館長を横に、私は天皇夫妻を指差した。

 

「この笑ってる二人は誰に笑ってるんですか?」
「……私達国民にですよ!」
「私には市民をバカにしてる微笑にしか見えません」
「ええい!もう良い!出口は向こうだ!」

 

館長は私の裾をつかみ、出口へ差し向けた。自衛官達も怒りの目を私に向けている。

 

「お前は日本とは何か知ろうともしてないじゃないか!」
「私も、一言言いたい」
「何だ!」
「この施設は平和を教えていないし、教えようともしていないじゃないか」
「それは見る奴が考える事なんだ!」

 

無責任だ、そうとしか思えなかった。

 

「しかしここの陳列物はそんな物を……」
「黙れ!出て行け!……おい、塩、塩撒け!」

 

受付の女性が訳も分からず心配そうに見つめる中を、私は外に出た。

何を見たのか見てないのかも分からないまま、私は芝生の方に歩いていき、野砲の横に来た。後ろを振り返ると、入り口からあの館長がこちらをにらみ付けている。

 

「帰れ!ガイジンめ!帰れ!帰れ!」

 

いつか私は保守派の何かの機関紙に、最悪の“ガイジン”の例として乗るかもしれない。最悪を示す標本として、ずっとあの館長の口から語られるかもしれない。しかしもう分からない事だ。

私は不思議に落ち着いた気持ちで敷地を出た。

 

「あんた、今なんか言わなかったかい」

 

私が声に気付くと、腰を曲げた老婆がカートを支えに、門の横に立っていた。

 

「いいえ」
「私ぁ、耳が変でねえ、かえれかえれって聞こえた様で、私ぁ帰ってもイビられるだけだのに、ヘヘ」
「気のせいでしょう……お散歩ですか」
「そうだよ……ヘッ」

 

カートを押しながら去っていく老婆。気のせいだったらどんなに良かっただろう。だが差別が現存している事を私は知っている……。

私は頭の中で今までの事……学生の時のことも社会でのこともこの会館でのことも全てごちゃ混ぜになり、バス停の横に立つと、急に、そして見事に嘔吐した。

 

「ヴォウエッ、ウウッ」

 

その時、携帯の着信音が鳴った。しかし私は吐き続けている。振動し続ける携帯……切れる前に、ようやく通話出来た。

 

「ヴッ……やあ、父さん」

 

電話口の父親は私に会館の感想を聞いている。父は来た事が無いのだ。

 

「ああ、写真?見たよ……ただそれ以外に何も無かったね……平和?無いね……ヴヴッ!」

 

携帯を閉じ、また少々嘔吐した。帰りのバスの音が迫ってきた。

 

(終)

2015年11月24日公開

作品集『混血テロル』第1話 (全8話)

混血テロル

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© 2015 Juan.B

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"“誇り”高き人々"へのコメント 1

  • 投稿者 | 2015-11-25 14:13

    政治型スーパーサイズミー小説。

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