単一・分別・清潔

応募作品

Juan.B

小説

4,656文字

※2018年5月合評会参加作品。
※筆者及び友人の見聞きした体験に基づく。またそれらに基づく先行の作品「ハーフのクソガキ」「新生正戯」「『ハーフのクソガキ』の道」も参考としている。
※今や悩みと苦しみから解放された知人に捧ぐ。 R.I.P.

……こう言うのもなんだが、虐められてる時、俺はある意味気持ちが良かった。マゾじゃない。必ずやり返せる時が来るのを知っていたから我慢したんだ。ガキの喧嘩、数勝負で喧嘩はいつも五対一や七対一になり負ける。情けなくてしょうがない。だがされどガキの喧嘩、背丈が大きいから一対一なら絶対勝てる。機会を見計らって男子と一騎打ちすると、いつも最後は圧し掛かって相手を制圧していた。教師すらしばらく手が出せない。だが、本当になにより一番気持ち良かったのは、女子を殴った時だ。もっと正確に言うと、加担していながら“自分は平然といられる”と思い込んでいる奴を殴った時だ。帰り道に俺を囃し立てた連中を一人追いかけ回し、なぜか途中で足を止めて“私は殴らないよね?”なんて顔をした女子をぶん殴った時、最高に気持ちよかった。今ならオマンコしてたかもな。実際、翌日学校で怒られた時の教師の剣幕と言ったら、まあそれに相当している。男と喧嘩した時は青春ドラマみたいな面で観戦して、女殴ると別室行き? 馬鹿か。俺が散々喧嘩した相手どもがSNSで“あのクソハーフ死ね”とか俺が殴った女がキチガイになり“私を殴ったクソハーフ殺す、男死ね死ね死ね”と喚いてようが知らねえ。(電子音)

あの時、俺は今まで自分を虐めてきた奴の気持ちが半ば、いや、三分の二は分かった。弱い、変わった、馴染まない、もっと言うと発達障害、欠損、混血、片親、エホバetcをいじめ甚振り、小さな存在をぷちっと潰して世界から消し去るのは面白いだろうな。警官が点数稼ぎするのも在特会も結局そうだ。だが俺は逆転する。少数者・弱者側が、多数派の中のか弱く保護されてる部分を攻撃するのは、多数派側の百倍も気持ちいい。お前らが楽しむなら俺も楽しむべきだ。なあ、考えてみてくれ、マルクス主義でも無政府主義でも、情緒で言えば全部そんな感じだろう? そもそも判官贔屓を内包しているじゃないか。そうだ、カミカゼを称えるなら、俺も称えろ。俺を称えるんだ。俺は日本軍も天皇も大嫌いだが、学生を閉じ込めたゼロ戦一機で空母を撃沈しようとする、そしてその行為に勝手に涙するクソバカ日本人の心情については、何となく、そう、情緒では分かる。で、それを俺が応用して何が悪い? 警官が一人の混血を職質し拘置所にぶち込む。周囲がそれを正義だ法の執行だと称える。なら、俺は日本人の女や子どもを百人ヤルか。(電子音)

おっと露骨に言いすぎたな。ルキオ、フランス革命を歴史の教科書で見た時なんだか興奮しなかったか? ツインタワーに突っ込んだ旅客機も。しまった、また話が戻った。メモリの残りもヤバい。俺はもう耐えられない。自殺しちまったアキラのように何も言わず死にたくない。何も出来そうにないならせめて警官を、いや、良い。さっき革命とか言ったが、俺は一人でしか行動できそうにない。ガキの頃からずっとな。ルキオ、お前戦えるか。(電子音)

もうちょっとあるか。俺はずっとガキの精神のまんまだ。思春期の感傷も、青年期の哲学もない。あるのは10歳児が教室の真ん中で奇声あげながら椅子ぶん投げる世界観だけだ。俺もいつかは向学心芽生えて偉そうに心理や人間とやらを解説して下さる本を高い金払って読んだがクソだった。答えは自分にしかないんだ。さあ死ぬ時が来たぞ。最後に言わせろ、ステレオタイプの尾崎豊や山田かまち、杉本治、岡真史を馬鹿にするな。暴れさせろ。死なせろ。老若男女保守リベフェミ宗教天皇etc変わらない多数派の前でウンコぶちまけるエネルギーはそこしかない。がんばれルキオ。死んだアキラと待ってるぜ。Viva、家無き混血!(電子音)

 

 

古びたICレコーダーがそのままぶち込まれた封筒が郵送されてきた時からずっと嫌な予感がしていた。銀色の機能ボタンは手垢がこびり付き、画面は傷だらけだ。見るからにパウロの持ち物だった。彼は大昔に親の喧嘩をこれに録音して聞かせてくれたことがある。その時も何だこいつはと思ったが、今はそれに増して、の状況である。だが、私は聞かざるを得なかった。自室の椅子でイヤホンを繋ぎ、旧友の上ずり段々制御が聞かなくなっていく声を聞く。自分の意識が機械に引き込まれそうな気分がする。そして音声が途切れた時、彼の死を実感した。昨今の報道がオーバーラップし、頭の中で映像が流れる。交番に深夜放火、非番の婦警を強姦致死、さらに始発で新宿に出て職質警官を刺殺し、銃撃され死亡。浅黒い肌をした普通のヒトにそんな力があったのか。共通の知人の死も影響しているのか。その時、居間の電話が鳴り、母親が片言で応対した。

「ルキオ?ウチイル……ウン……チョトマッテ……ルキオ! テレビキク! 電話!」

「テレビキク? 」

母親の意味不明な説明を介し、私は電話を替わった。

 

記憶が飛び、気付くと居酒屋の個室にいた。目の前では、太った従兄と、対照的に病的に痩せている女がビールを飲んでいる。

「お前さあ今日様子変だぞ何かあったのか」

「いや……」

「はっきり言えよそんなんだから社会でやっていけないんだよ」

単語の区切りも分からないくらい早口でまくし立てる従兄の横で、女はすました顔をして頷く。同族経営会社幹部の従兄は何か気にくわない事があると私を呼び出し、意味不明な説教を私にぶつける。横の女は初対面だった。

「さっきからタメ口だけど、彼は何なんですか?」

「あーこいつハーフなんだよハーフ」

「えっ、ハーフ」

「フィリピン人とのハーフなんだよ、なールキオ」

「えっ、えっ、本当、知らなかったです、えーっ、日本人かと思ってたー、お年は幾つ?」

私は何でそんなことを聞くのかと思いながら答えた。

「25」

「えっ、私の二つ下じゃーん、やだー早く言ってよー」

「こいつ老け顔なんだよな」

私は従兄に加え会ったばかりの訳の分からない女にすら見下される。混血で年下ということが分かった瞬間、彼女の中で私のクラスはぐんと下がったらしい。

「こいつまあ口下手だから昔虐められたんだよな今もプー太郎」

そうだ、その時庇ってくれたのはパウロだった。

「へえーまあ虐めたくなるタイプだよねー、何、何だっけ名前?」

「ルキオだよ名前も変だよなーお母さんもうちょっと良い名前付けりゃいいのに」

「私もそう思うー」

勝手デタラメに進む会話を最早無視しながら私は目をつむり黙ってビールを飲み干した。

 

帰り道、私はゆっくり歩きながら、澱んだ月しか見えない夜空を見上げた。不意にパウロの言動が頭の中に流れ出す。更に電話の内容も思い出し、私は目を伏せた。その時、急に目の前でランプが光った。一瞬顔を伏せ、もう一度見ると、警官が立っている。

「君、あの、日本人? ねえ、ちょっと、日本人? 様子が変だな、おい……」

 

 

鋭い照明に照らされる中、スーツを着た私の手元には、“体感型ワイドショー モクトピ”のロゴが入った台本が置かれている。VTRが終わった合図の後、司会者が甲高い声で述べ始めた。

「さて、改めてゲストには元警視庁捜査一課の桂さん、サブカル評論家の草薙さん、全国正しいおんなの会会長の下野さん、そして当番組お馴染みのスペシャル“ナウゲスト”枠、中田パウロ容疑者の知人で高校時代同級生でハーフという共通点から親しかった相馬ルキオさん」

「……よろしくお願いします」

「さて二日前に発生した、警官二名殉職と言う大事件ですが」

司会者はパネルを差した。“犯人の素性は! 凶行に至る25年間”。

「オリンピックも迫ってきたこの時期に、その、こういう事件が起きるのは、桂さん、元刑事として……」

「いや本当に許せない! 若い警官二名の未来が絶たれた! 身近に迫るテロの脅威に多くの日本人は気付くべきです、射撃の正当性なんか批判してる奴は馬鹿だ 」

「えーそうですねー、本当にそう、特にそのー混血のヒトが起こしたというのが、ね」

横に座っているフェミニストの下野という女が大袈裟に頷いた後、身を乗り出した。

「ホントに、ね、婦警をレイプですって、何と言うか異文化的な、ええとルキオさん、奴はどちらの国? 」

「ブラジル……」

「そうブラジル! 何と言うかラテン的な女性蔑視、非常にその劣った人間観が垣間見られる犯罪だと思います、なんというか混血ってそういう犯罪を犯しやすい、異文化性、その混血って早い話国際強姦ですよね、あ、別にルキオさんがそうだって訳じゃ無いけど……まあ殺すなら男を殺せ! ね! 」

会場からは拍手が若干飛び、司会者は少し慌てた。

「ま、そういう意見も、えー……草薙さんは事件前日に新宿でイベントを」

「私が言いたいのはね、有名なアニメのセリフだけど、『世の中に不満があるなら自分を変えろ、嫌なら耳と目を閉じ口をつぐんで孤独に死ね』に尽きますね」

「あ、そうですか……さてルキオさんから見て容疑者はどう言う方でした? 」

 

私は台本と手元の間で視線が上下した。パウロの声。周辺。あの日の帰り道の職質。全てが電流のように頭の中を走り回った。日本という台本に従えなかった人間の物語が、あそこにあったのだ。

「……良い友達で、普通のヒトでした」

「え、あ、普通と言うと」

「殴られたら殴る、自由に生きる、それだけです」

「あ、あの」

「彼は虐め、差別、職質、共通の友人の自殺、様々な物を見てきました」

桂が変に低い声でなだめに掛かる。

「だからってあんな」

私は声を更に上げる。

「彼は抑圧と戦っただけだ」

「何言ってんだあんた! おかしいぞ! 」

「おかしいって!彼がなぜ戦ったか分かりますか! こんな上っ面だけの国でオリンピックなんか出来ますか! 」

スタッフが慌てふためき、観客は青ざめている。そしてゲストたちは怒鳴り出した。

「あんた何なの! レイプ魔の味方!? あんたなんか#YouNotだよ!」

「お前みたいなアイノコはこの国から出て行け! 」

司会者が私の腕を掴み小声で「ちょっと、あの」と言って来る。私は台本を投げつけた。

「パウロは見ていたんだ、老若男女問わず、保守も“りべらる”もフェミも宗教も、天皇も全て同じ……! 」

「えー、CMです!」

司会者が私を隠した。下野が平手打ちして来たが、殴り返す。そこら中から罵声が飛び、全てが敵となる。私は数人のスタッフに囲まれ引きずり出された。

 

警備員どもに睨まれつつ、私はTV局を後にした。しばらく高架歩道を歩き、振り返るとテレビ局の屋上に日の丸が翻っていた。日本の老若男女、男女論者、世代論者は互いに罵り合ってるが、一度異邦人を見つければ“誇り高き日本人”として一致団結し単一・分別・清潔的社会観のもとに排除出来るではないか。どうせならいつか来るその日まで互いの股間にでも注目していればいい。パウロは日本に傷口を開けた。私は、彼の様にはなれない。だが今日、始めて戦えたのだ。このアジアの端の列島に、社会により“醜い”とされた少数者・弱者、諸表現が混じり行く、開放・多様・猥雑な「混血社会」を作るために。絵具を混ぜろ。彼方の言葉で歌え。青少年に“不健全”な我々のエログロ存在を見せろ。交わって、アイノコを殖やせ。簡単だ。気付けば、全ての人間は混血なのだから。

 

(終 大体4000字)

2018年5月11日公開

© 2018 Juan.B

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"単一・分別・清潔"へのコメント 2

  • 読者 | 2018-05-15 18:59

    いつもジュアンさんの戦前の不敬発言BOTみています。とても興味深いです。安倍政権の6年間で日本はどんどん悪くなりましたが本当に戦前になってきました。最近の文学も内向き志向で自分の生活の話ばかりであまり覇気がないですがジュアンさんの小説は徹底的に外向きなので勇気があります。ポリティカル・エイリアンが好きな話です。
    神風の話は本当にその通りで、本来日本人が言わなければいけないことを代弁させてしまいもうしわけない気持ちです。私もジュアンさんとパウロさんのように勇気を持ってゆきたいと思います。

  • 投稿者 | 2018-05-18 16:23

    いままでのJuan作品の中では一番好きです。いつもこんな感じならいいのに

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