ヤングアダルト自然哲学がんばれ縄文精神復活わくわくワークフェア

応募作品

Juan.B

小説

4,272文字

※2020年7月度合評会応募作品

私は真新しい東屋から森を眺めながら、他の参加者たちのざわめきを聞いていた。多摩の一角にある、ここ「にこにこ自然体験ことだまの森」の、「ヤングアダルト自然哲学がんばれ縄文精神復活わくわくワークフェア」に来て、何を得られるのだろうか。森からの風が心地良い、気がする。集合場所の東屋には雑多な年代の人々が集まっているが、やはり十代・二十代の若者が多いようだ。何より自分もそうだ。
「みんな、おはよう」
振り向くと、東屋の前に、銀髪頭の初老の男が立っていた。テレビでもたまに見る、有名な文化人だ。
「おはようございます!」
私も皆も挨拶を返したが、ある一角はひと際大きな声を出していた。
「今日、みんなと一緒に自然について考える、大地の仲間のタナカです。よろしく」
「よろしくお願いします」
「元気だねえ、皆ね、じゃあ行こうか、ハイ。自己紹介は森を歩きながらやりましょう。今日はみんなと素敵な体験ができればいいなと思ってます。あとサプライズもあるからね」
タナカ氏に続き、参加者の一団はぞろぞろと動き始めた。

 

森に入り、整備された“獣道”を歩いて良く分からない木々を眺めながら、タナカ氏は十数人の参加者に向けて、語り始めた。
「僕はね、皆に自然について深く考えてほしいと思っている。深く考えているかな」
「ハイ!ハーイ!考えています! 」
何やらバッジが色々付いたキャップを被る恐らく高校生くらいの小太りな男が、大きな声を出した。彼はさっきも大声であいさつを返していた。
「オッ、ううん、偉いねえ。君は自然の何について考えているのかな」
「あえっ、と!僕は落ち葉拾いをしながらア自然の移り変わりについて考えました! 」
「偉いねえ。あなたは? 」
別の女性が指さされる。一同の草を踏みしめる音が何歩分か続いた後、女性はか細い声で何かを言った。
「アロマ……ピーの……が、えっと……で」
「はあー偉いねえ。あっ、見て。あそこ。今はないけど、前にそこにハチの巣がありました。ハッチのォムサシは死んだ……知ってる? 」
列の後ろについていた、スタッフなのか参加者なのか判別のつかない別のおじさんが笑って手を叩き出し、早口で言葉をつづけた。
「あれは学生運動を表した歌でしゅよね!いやあ僕良く聞いてましゅた!みんな知ってる!?ね、昔はCDじゃなくてレコードなの!あっ今はアイポッドか!えー」
「そう、そうだね。ムサシは死んだけど、自然になりました。良かったね。みんな自然についてよく考えてるのが分かって嬉しい」
木漏れ日の中で、タナカ氏は微妙な笑みを崩さず、そのまま片足を地面につけ、土をほじくった。
「ほら、いい匂いでしょう。土、大地への愛、いや、友情だよね。最近ないよね。僕はみんなに宮沢賢治になってほしいと思う。みんな、宮沢賢治を知ってるかな」
「ハイッ僕はア国語の時間に自由読書で宮沢賢治の『人間失格』を読んで先生に褒めら」
「うん、そこの一番小さい君。絵本でもいいよ。あるかな? 」
何やら曇った顔をした母親に連れられているらしき幼児が、促されて答えた。
「ぎんがてつどうのよる? 」
「そう、良く知ってるね。みんな、ジョバンニとカムパネルラの様な、素敵な友情を人生のどこかで持つべきだと思う。かつて人間に技術がなかった時、一番大事なのは人間関係だったんです、それを賢治は知っていた」
「さながら僕と先生の関係の様ですね! 」
私の右前にいた、チェックシャツを着た眼鏡の男が、急にタナカに近寄った。
「ああ、うん」
その男はタナカに対し、「久しぶり」であること、「良いことを言っている」こと、「公民館でこの企画のパンフをちゃんと見つけて持ってきたのでサインしてほしい」ことを異常な早口で伝えた。他にもいろいろ日本語を喋っているはずだが、私には理解できなかった。タナカ氏は、皆の前で口をぽかんとあけながら、パンフの余白にサインをした。
「ありがとう、読んでくれて嬉しい。あ、これは百パーセント再生紙です。みんなも、ここで百パーセント再生してほしいな」
そして一同はまた進んだ。周りに生えている木々がどうとか、土の質がどうとかを、タナカ氏は述べていったが、時折、先ほどのおじさんが先走って解説していた。
「僕は自然と食についても、これからの時代、特に若い世代について考えてほしいと思っています。でもそれはもうちょっと後の話。まずは、セイ……生きる、そしてセックスの話についてちょっと考えたいよね」
私は真後ろにいた、先ほど曇った顔をしていた母親が「えっ」と声を上げたのを聞き逃さなかったが、タナカ氏は構わず獣道の向こうの「やさしさの広場」にある、女性のスタッフが待ち構えている小屋に人々を招いた。

「ここにウサギがいます」
「あっ、先生、この間全部BBQに」
「ん、あ、じゃあ動画」
女性のスタッフは手際よくタブレットを出し、この小屋のゲージで撮られたらしい白いウサギの交尾の映像を見せ始めた。
「これが僕たちの始まりだって言うのはみんな分かっていると思います」
「ウアッハハ、ね、プレイボーイでしゅねこのウサギ」
その時、キャップの男がタブレットの前にぐいと顔を出し、画面の半分以上が見えなくなった。
「あ、小さい子にもよく見せてあげようよ、ね」
「ママ、ウサギさんだよー」
映像は繰り返し再生される。カクカク揺れるウサギの映像と、同じように腰を揺らす男児を前に、タナカ氏は息を深く吸い、小屋の中を見回した。
「性って素敵だよね。いま、皆の心は輝いてるよね、それは確かです」
先ほどか細い声を出し何か言っていた女性が涙ぐみ始め、ウサギについてこれまたか細い声で何かを言い始めた。
「うさちゃんの……霊……エイジ……」
「そう、そのスピリチュアリティが大事。縄文の人々はきっとそういう温かい心を持って居たと思います。あーいやお腹減ったね、ご飯にしようか」

 

小屋の前に出て、レジンか何かでできた切り株風の椅子に私たちは座り、ツルツルの素材でできた木目調の机を囲む。そして前面には、「いただきます★感謝★ごちそうさま」と書かれた垂れ幕の掛った簡単な舞台があった。
「僕はよくテレビに出るけど、いつでも緊張します。本当に。僕が本当の姿を見せられるのはこの森の中だけで……」
その時、先ほど知り合いを自称していた男が拍手しながら急に立ち上がり、「いつもテレビを見ている」「前に見た番組での福島原発に対する見解に感銘を受けた」「震災は米軍が地下に設置した純粋水爆で引き起こされているので、先生の力でアメリカを注意してほしい」ことを異常な早口で伝えた。他にも何か言っていたが、聞き取れなかった。タナカ氏は「まあ、そういう見方もあるよね」と言って男性を座らせ、再度自分の話を始めた。
「僕は毎日……まあ毎日は難しいけどせめて毎週、新しいチャレンジを自分に課しています」
「ハイッアッ僕も毎日自然と僕の関係についてッ毎日毎日考えて植木鉢にお水を」
「でね、僕は今日の皆との昼食に、ウーバーイーツを頼みました。有名チェーンのカレーライスが来ます。こういう場所で飯盒炊爨で楽しくカレーを作るのは、いまや陳腐です。チャレンジをしよう。この中で頼んだことのある人いる? 」
何人かの男女が困惑しつつ手をあげた。私は頼んだことがないのであげなかった。タナカ氏が正直な感想を促すと、人々は次々と便利とか楽だとか、あるいは時々食事が崩れるとか交通ルールの問題とかを口にした。
「そう、色々な意見があります。ウーバーは自然ではない。でも、こういう自然の中でデリバリーして、新しい食事について考えるのはとてもいいことじゃないかな。昨日、ここがエリアに入ったばかりなんだって。初めてのウーバーイーツに皆さんを巻き込みます」
何人かが仰ぎ見、また何人かが目を逸らす中を、タナカ氏は話し続けた。
「縄文時代、人々は協力して生きていた。価値がないとされる人々にも居場所があった。ウーバーイーツもそんな価値のない人々が生き延びる手段なら、良いんじゃないですか。そうだ、配達員と対話しましょう」

その時、タナカ氏は携帯電話を取り出した。

「はいもしもし、あっ、住所ォ?だから東京都西多摩郡……目印って、君は森の木々を馬鹿にしているのか?ちょっと」

タナカ氏は女性スタッフに電話を渡し、壇上から降りた。

「自然とウーバーの対決です。現代人は待てないんだよね。ネットの弊害です。でも僕たちは待てる。自然も待ってる」

その後ろでは、女性スタッフが甲高い声で配達員を罵っていた。

 

しばらくして、明らかに道に合わない電動ママチャリに乗ったやつれた女性の配達員と、ロードバイクに乗った競輪選手の様な配達員の二人が相次いで到着した。非常に疲弊した顔の二人は、我々の方を見て口元を引くつかせながら、あの巨大なカバンを下ろした。

「チャーッ、ウーバーイーツでーす……カレーが、こちらは7つ」

「こっちに8つですね、えー」

タナカ氏は女性スタッフにカレーを受け取らせながら、手を配達員に差し向けた。

「ところで君たちはウーバーイーツ配達員としてここまで来るのに何か感じなかったですか? 」

配達員二人は、それぞれあーとか、ふぁとか言いながら顔を見合わせた。

「いやまあー遠かったですからね、お待たせしたなら申し訳ない」

「はい、すみません」

「いや、私が聞きたいのはそう言う事じゃなくて、自然への感性を問うているんだよ」

競輪選手の様な配達員が、軽い舌打ちの様な音を出して目を逸らした。

「すみません、次の注文があるもんで」

「私も、すみません」

二人はそれぞれ自転車を押しがけ、そのまま広場から出て行く。私の前に出てきたカレーは、トレーの中でぐちゃぐちゃに飛び散っていた。先程の男児が「うんこみたい」と騒ぎ始めた。タナカ氏はカレーを前にしつつ、前より大きな声で喋りはじめた。

「まずカレーに感謝。でも私はウーバーが嫌いです。ウーバーイーツは人間を歪めます。確証はないが、多分いずれ毒を混ぜたりテロを起したりする人が出て来るでしょう。我々は縄文精神の持ち主として断固戦わないといけない。明日出るワイドショーで言います。ウーバーは敵! 」

そして知り合いを自称する男が激しく拍手しながら立ち上がり、「5G電波が新世界秩序の陰謀で普及させられている」「ウーバーイーツは新世界秩序による世界侵略の道具であること」を異常な早口で述べ始めた。私はスプーンの包装がもげないことにいら立っていた。

「ぼっ僕が開けてあげましょうか僕はお母さんのために色々固い蓋とか空け」

 

2020年7月20日公開

© 2020 Juan.B

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"ヤングアダルト自然哲学がんばれ縄文精神復活わくわくワークフェア"へのコメント 12

  • 投稿者 | 2020-07-21 22:41

    最後までグイグイと引っぱっていく勢いがすごいです。読み手まで置いて行かれそうな勢いなのに破綻しないのは、タナカ・出しゃばりのおじさん・か細い声の女・男児など、キャラクターがしっかり決まっていてブレなく描かれているからでしょうか。
    主人公が観察に徹しているのも奇妙な安定感の原因でしょうか。

  • 投稿者 | 2020-07-24 15:40

    「私」はどういう目的でここを訪れたのでしょうか。冒頭で「何を得られるのだろうか」とあるので冷やかしで訪れたわけではないだろうし、ここが思っていたところと違うと思うことなく彼らの一風変わった言動を淡々と受け入れているように見え、そうかと言って「スプーンの包装がもげないことにいら立ってい」ることからルポライターとして潜入している感じも受けず、「私」がここにきた理由の不明瞭さが彼らの言動よりも気になってしまいました。

  • 投稿者 | 2020-07-25 22:46

    一度に全ての方にコメントをしているわけではないのですが、圧倒的に”少なくとも考えた”ことが伝わってくる作品として読ませて頂きました。

  • 投稿者 | 2020-07-26 14:56

    とても勢いを感じる作品です。ギャグ的ノリですが、新興宗教のひな型のような団体にはドラマが潜んでる感じを受けます。
    ただ個人的には、配達員側視点からの小説を期待していましたのでそっちもいつか発表していただきたいと思います。

  • 投稿者 | 2020-07-26 14:58

    胡散臭い「専門家」とその取り巻きの集まりに行ってしまう「私」。鉄板の構成ですね。今回は流血、爆破、阿鼻叫喚のカタストロフィが見られなかったのが少し残念ですが、こういう渋い終わり方も好きです。
    怪しげな集まりの知ったかぶり発言の数々や、教えをたれようとしたのに、ウーバーの配達員にスカを食らわされるとか、スプーンの包装が破れないとか、読んでいるだけで笑いがこみ上げてきます。
    「Juan.B」文体が冴えています。もっと磨いて唯一無二の文体としてほしいです。

  • 投稿者 | 2020-07-26 17:49

    非常にキャラの立った作品で、所々挟まれる陰謀論とも社会批評ともつかないネタとともに、それらを含めた混乱そのものを描きたいというような印象を受けました。

  • 投稿者 | 2020-07-26 18:46

    登場人物が多いけれど、シナリオを読むようにスラスラ頭に入ってくるし、登場人物の描かれ方も魅力的だ。特に「知り合いを自称する男」が「異常な早口」で言葉をちょいちょい挟んでくるところは、キャラクターがすごく立っていると思う。一方、語り手(私)はただの観察眼と化していて、延々と続くボケに鋭く突っ込みを入れてくれる人がいない感じがした。あと、感嘆符の後の一字空けをするべきところで一貫してせず、するべきでないところで一貫して行っているのは、良識ある文章作法警察の神経を逆なでする意図があるのだろう。一種のテロだ。

  • 投稿者 | 2020-07-26 20:37

    縄文時代は上下関係がなく差別もなかったと政治活動に熱心な教師から言われたのを思い出しました。その辺を汲んでの皮肉なのでしょう。「知り合いを自称する男」の発言にいちいち吹き出しそうになりました笑

  • 投稿者 | 2020-07-26 20:43

    登場人物が多いせいか序盤で若干モタツキがありましたが、兎がBBQに饗されちゃってたあたりからドライブがかかって、クライマックス(自転車が到着するあたり)まで一気に加速してラストまで畳み掛ける勢いが痛快でした。

  • 投稿者 | 2020-07-27 01:08

    この設定でどうやってUber EATSを絡めてくるのだろうかと思いましたが、まさかの方向からUber EATSが出てきたものの、ちゃんとUber EATSが描かれており、発想の面白さを感じました。
    見たことがないのに不思議と思い描ける光景でした。

  • 投稿者 | 2020-07-27 07:48

    「5G電波が新世界秩序の陰謀で普及させられている」「ウーバーイーツは新世界秩序による世界侵略の道具である」などと茶化した感じで書かれておられますが、実のところ、著者自身の本音が垣間見える代物であるものと私は読み解きました。

  • 投稿者 | 2020-07-27 22:49

    こんなにはちゃめちゃなことを書いている男の口から出てくる「多摩」という言葉がなんだかアホらしい。その違和感が配達員の登場によって拡張されるという流れが良かったです。ああ、でも、子どもが「うんこみたい」というところでまたはちゃめちゃに戻っていくので、混沌は晴れないですね。

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