歴史の轍より

応募作品

Juan.B

小説

4,313文字

※合評会2020年3月応募作品。

インスピレーションを得たフランス映画
「La Révolution française」上下(1989)
「Liberté Egalité Choucroute」(1985)
「Les chinois à Paris」(1974)

「The Persecution and Assassination of Jean-Paul Marat as Performed by the Inmates of the Asylum of Charenton Under the Direction of the Marquis de Sade」(1968 ※フランス映画ではないが、フランス革命についてのある視点を精神病院内の劇と言う形で克明に描いている)

朝の街並みを行き交う人々は、澄み切った眼をして互いに挨拶した。皆、寝不足の様だった。

「……我々西欧の文化に同化しない異教徒、移民!治安を乱すギャング!私の支持者は別として、逸脱したホモ!忌々しいペドはじめ性的異常者!国を麻痺させるだけの労組!これらは全て昨日までの出来事です!私は、フランスを、再び偉大な国にするために来た!私は第六共和政を目指す!私はフランスの為にアクションする!私はフランスの男と女の為に戦う! 」

TV、ラジオや各々のスマホから流れるニュース音声と共に、広場の人々は三色の国旗を振った。昨晩、大統領選の結果が明らかになり、極右のリュシリュー候補が74ポイントの支持を得て大統領となることが決まったのである。2020年のコロナ禍、EU圏の経済的瓦解、様々な「社会不安」。世界の人々は再び「強力」な体制の元に集おうとしつつあり、フランスも例外ではなかった。

『すでに昨晩マルセイユでモスクが襲撃され、またブサンソンではシナゴーグに放火……』

『カトリック連盟、安心のための女性連合、退役軍人協会などのリュシリュー支持団体は祝賀行動を……』

カフェの店先でラジオの音声を聞きながら、老人達は街路を見回した。アラブ系の人々を見付ける度に彼らはわざとらしくそれを凝視した。その向こうの曇天の空は激しく動き、特に教会の上空に濃く集まっている様に見えた。

 

「昨晩、この国の将来を決する重要な選択が行われました。まず最初に、為政者への祈りを行いたいと思います……ええ」

神父は教会中を見回すと、満足そうに語尾を上げた。ここ数か月、再びミサに人々が集う様になった。リュシリューのおかげだ。祭壇の前の、十字が掘られた床の下には、ある殉教者の尊者が眠っている。十九世紀末、この教会を爆破しようとした無政府主義者に抵抗し、爆破を防ぎつつ撃たれ死亡した若い男である。彼の死体は全く腐敗していない、と伝わっている。

「私たちの足元にその身をもって謙遜を示し眠る尊者フランソワは、まさに人々の安らぎと神の栄光の為に人生を捧げた人物です。現代を生きる私達も、その様な人生を生き……また、そうである為政者を選ぶ、そう言う事も出来るのです」

神父は歯切れ悪く言葉を終えた。憂鬱な表情をした何人かの有色人種・・・・の信徒がいることを知っていたが、彼等への哀れみや援助と言う感情は既に乾いていた。まずは国が回復され、然るべく後に適当に彼らの居場所が見つかるだろう。ドラマを作るにはまず主役から。彼らはこの国の脇役である……。その時、雨音が始まり、すぐ激しくなった。そして遠くから雷音も聞こえてきた。助祭が照明を増し、また開けられていた窓を閉めようとした。

「私達は秩序だった教会、そして社会のしもべとして……」

その時、人々の眼前が一瞬明るくなったかと思うと照明が消え、轟音と悲鳴が教会を埋め尽くした。雷が直撃したのか?窓から稲妻が入り込んだか?神父は道具を引っ繰り返して床に這いつくばってしまった。人々が互いの安全を確認し、次第に静けさが広まってきた頃、不思議な音がした。

「……う、あ、おおお」

「どなたか、怪我でも!? 」

人々は辺りを見回していたが、次第に音の位置が分かり、人々とスマホの視線がそこに集まった。声は、床下から、だった。

 

約130年を経て蘇生したカトリック青年の話は、世界中を駆け巡った。一世紀以上眠っていた胸に傷のある男性が現れる「奇跡」の映像は、一週間で500億回再生された。その復活は、大統領選から何から、あらゆる現象に結び付けられている。かと言ってその男は、ただうわ言と、「ここはどこだ」「なぜここに」「私は違う」と聞き取れる微妙な言葉のみを残し、急いで飛んできた当局のヘリに収容された。

「……と言う事です、フランソワ・ヴァイヤンさん」

「……はい、それがお役に立つならば」

フランソワは、目の前の官吏に虚ろな目をして頷いた。傍らには、バチカンの枢機卿と医者が座っていた。官吏は、分り易いように言葉を区切ってフランソワに言い聞かせる。

「130年を経て起きちゃって……えー、起きられてしまい大変だろうとは思いますが、今、貴方の愛したフランスの為に、貴方にしかできないことを、して頂きたいのです」

「……」

フランソワは傍らの枢機卿に振り向いたが、枢機卿も言葉を付け足した。

「それとキリストの為に」

フランソワは難しい言葉が出ないのか口をパクつかせたが、最後は頷いた。その素朴さと謙虚さに、枢機卿は涙ぐみ袖で涙を拭いた。バチカンでは彼を聖人とする案も出た。そして第20回目の聴取を終え、フランソワは政府庁舎の屋上からヘリに乗せられ飛び立った。眼下のコンコルド広場には信徒団体が集い祈りを捧げている有様だ。

「何か不都合はありますか」

「いや……ええ、その、長い眠り……でした。でも、神様、えー、マリア様のとりなしのおかげなのか……とにかく、大変だけども、生きます」

「やはり、神様の愛を感じておられたのですね」

「……ええ、でも、この、世界が、二度も大戦争を起したり、このようになっていたとは、私は残念です……」

枢機卿は深刻そうな顔で深く頷く横で、録音機に気を向けた。また、一つ教皇説教の重大なネタが出来た。フランソワの一言一句が、全て生きる素材なのだ。ここ数日、フランソワは130年間の「遅れ」を取り戻すために、言わば歴史と公民の授業を延々と受けさせられている状況だった。しばらくしてフランソワは明るい顔になり、Ah ça iraの鼻歌をしたかと思うと、枢機卿の手を掴んで大声を出した。

「ただ、さっき、役人様が言ってた事は、とても良いと思います!私の声が神様と、フランスと、世界の役に立つなら! 」

「ええ! 」

「でも、その為に、私の言うとおりに……私の心に響く神様の声に従ってほしいんです。フランス大統領を始め、世界のありとあらゆる指導者の方々を、私の目の前に、呼んで貰いたいんです」

「!」

 

フランソワの言うとおりに、集会の手筈は進んでいった。リュシリューはフランソワが自らを支持し、ひいては世界に誇るフランスの「奇跡」に見える様に、明に暗に関わった。集会に向け、当日まで会見内容を明かさないことを条件に、各国指導者・宗教者・学者・女性団体等が事前に意見を伝えようと会見した。また、130年前自らを殺すに至った筈の無政府主義者や共産主義者さえも、自ら招いた。特にある無政府主義者の一団は、部屋から出た途端に、「回心」を表明した程である。ある有名誌は、「フランソワが人々の心に、かつて西欧に存在していた素朴な、かつ秩序を愛する心を蘇らせている」と評した。

そして復活から一ヶ月半後。ブリュッセルのEUホールに、大国指導者や、様々な業界から集められた代表者が集合した。この日、世界に対するメッセージが、フランソワから発せられる。フランソワが現れる前、保守派の教皇とモスクワ総主教とカンタベリー大主教、そしてプロテスタントの諸指導者が、「秩序と精神の復興」について一致する旨を宣言した。そして壇上に彼が現れると、歓声と大きな拍手が上がった。

「ボンジュール。私は、フランソワ・ヴァイヤン。1871年3月18日生まれ」

若い男性のリュシリュー大統領が続いて現れ、深い握手をした。約130年前に死んだ男が蘇生し、昔話を実際にする。それだけでも大きな興奮を呼び起こす。

「私は、フランス革命の後に生まれた。そして、皆さんの言う、第一次世界大戦の前に死んだ。戦争など、一回たりとも起きてはならないのに、二度も世界戦争が起きたことを知った時、悲しかった」

人々は静まり返って声に耳を傾ける。

「そして、今、世界がまた、対立しつつある。……誰のせいで?」

傍らの教皇が頷き、指導者たちの胸が高鳴った。しかし、それは、単なる耳の痛い指摘や説教では終わらなかった。

「……もう一度言う。私はフランソワ・ヴァイヤンだ。だが、教会を守るために死んだ男ではない……私はジャコバンにして、ペール・デュシェーヌ!そして無政府主義者だ!お前らの敵だ! 」

人々は、フランソワが何を言い出したのか分からなかった。教皇は、顎が外れた様になり、急に振り向いた。

「お前らはこの200年間何を学んできたんだ!お前らは! 」

「な……」

駆け寄る教皇を殴り倒し、フランソワはなお声を上げた。

「俺に擦り寄ってくる奴ら、教え込もうとする奴らが何言ったか知ってるか!俺はこの一ヶ月本当におかしかったぜ!俺に、貧困は自己責任でとにかく低賃金でも努力しろって言う様に頼んだのはお前だったな!で、首相にするからムスリムをヨーロッパから追い出す様に演説しろってんだよな、リュシリュー! 」

人々は狼狽し、悲鳴や怒声を上げ始めた。

「あの女性団体は何だ!?女性の安心の為に気味悪い奴は死刑でアフリカ人を地中海に沈める様に言えってよ!おい教皇!俺の両手足に聖痕をフェイクして同性愛者を憎むように誘導してたな! 」

その時、あちこちでそれぞれの会見の内容が爆音再生され始めた。

『君にも、分るよね、薄汚いアラブ人どもを追い出した方が良いって……』

『まずは同性愛者を、ね……異端どもとはその段階では手を組んでも良い』

『女性の安心が何よりも優先されるんです、異文化は女性の安心の敵なんですよ、だから私はリュシリューを選んだんです』

「あいつを憎め、こいつを叩け……それでお前らの立場は?お前らはこの200年間何も進歩していない!革命の後、自由より束縛を選んじまった!そして革命そのものよりナポレオンを選んじまった!パリコミューンの時、革命より反動を選んじまった!ああ、ここまでは俺の時代だ!そして俺は人々を苦しめる抑圧と権力とに抵抗した!味方も無く俺はダイナマイト一つで戦った!そしてより良い手段と技術と選択肢を持ってるお前らは?お前らは何だ!個人の些細な失敗を責めてるんじゃない!五千万人も戦争で死に投票箱の前に立ってもなお、平和より戦争を!寛容より偏見を!分かち合うことより奪うことを!安心の為に差別を選んだ!今ここに至ってもだ!」

警備員たちが殺到しようとしたその時、示し合わせていた「元」無政府主義者たちが立ち上がり警備員と格闘した。

「全ての少数者弱者の自由の獲得を邪魔するものは皆くたばれ!130年前からの伝言だ!そして革命は今も終わらない!Ah, ça ira,ça ira,ça iraああ、全て上手くいく!,Les aristocrates à la lanterne貴族連中ヤッツケロ!……♪ 」

Ah ça iraの歌が流れる中、外から怒り狂った数千の民衆が会場に殴りこみ、リュシリューらに襲い掛かった。

(終)

2020年3月24日公開

© 2020 Juan.B

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"歴史の轍より"へのコメント 8

  • 投稿者 | 2020-03-24 10:33

    この作品は間に合ったということでいいのかしら?(間に合っていてほしい)

    • 編集者 | 2020-03-24 13:27

      個々人に任しますが、作者としては合評会タグが付いた以上は間に合ったと思ってます…

      著者
  • 投稿者 | 2020-03-27 23:16

    130年前の殉教者が蘇ったところからこの先どうなるんだろうと胸をおどらせたのですが、生前は無政府主義者に殺されたはずなのに、復活から1か月半で自分を無政府主義者だと名乗り、数千の民衆が彼の言葉に賛同して暴動を起こす展開は、やや強引な感じを受けました。しかし混乱した世の中では何が起こるか予想がつかないなあとも思いました。

  • 投稿者 | 2020-03-28 01:02

    小説として大変に楽しく読むことができました。
    ただし、規定の文量では書き切れない作品かなとも思いました。もう2倍、いや3倍の分量があったならば、更に面白い小説に仕上げてくれたのではないかなと想像します。
    上記松下様はフランソワが無政府主義者に殺されたのに無政府主義者になってしまった旨を憂慮されておりますが、これはこの一月半で130年の間に起こった事を理解し、主義が変わったと解釈しましたが、いかがなものでしょうか?
    冒頭に「澄み切った眼をして互いに挨拶した。皆、寝不足の様だった」とありますが、『澄み切った眼』と『寝不足』に違和感を感じると共に、「」内の!の後にはスペースが置かれていたり、文章の中の?の後にはスペースがなかったりと読みづらさを感じました。

  • 投稿者 | 2020-03-28 09:26

    興味深く読みました。この長さでこの展開をどう収束させるのかなと思ったのですが、最後の演説に胸がすく思いでした。「奇跡」が市民の撮影した動画で伝播していくのも面白かったです。130年前であれば良くも悪くも奇跡の伝播・検証・発信に長い時間がかかってしまうでしょうから、現代技術によるスピード感がこの文字数にまとめる上で活かされている思いました。日本でもこういう人物が蘇ってほしいものですね。

  • 投稿者 | 2020-03-29 11:02

    良くも悪くも白黒がクリアカットなJuan.Bの世界においてこれまでアンビヴァレントな位置づけにあったカトリック教会の権威がここでは明確に打倒されるべき対象として描かれている。この一点だけでも私は本作を評価したい。いつもどおりの痛快な結末は、今回は革命の歴史にうまく重ねられている。アッサイ、アッサイ、アッサイラ!

  • 投稿者 | 2020-03-29 22:32

    安心のための女性連合って「正しい日本婦人の会」のフランス版ですかね。一年後くらいに本当に白人至上主義極右大統領が誕生しそうで笑うに笑えないです。Juanさんの嗅覚は鋭い。
    パリ・コミューンの戦士たちが蘇ったら激怒しそうな世の中ではありますが、当時の彼らにとっても「市民」とは白人男性のことだと思うので、案外違和感を感じないかも、と思いつつ、フランソワの演説を堪能しました。そして安定の破局、破壊、罵倒に殴り込み、ブラボー。
    こういう小説がこの世界に必要だと思う。

  • 投稿者 | 2020-03-30 12:19

    Juan文体が炸裂していますね。ノリに乗ってる感じと熱量が伝わって来るようです。このまま突っ走りながら大作を書き上げて文学に革命を起こしてください!

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