郡山直人2

PALS(第3話)

村星春海

小説

1,707文字

僕が回想するのは地元にいた頃の学生時代。

 夜になり、夕方に見た学生たちを思い出す。高校生か。自分にもそんな時があったのを思い出した。はっきりと思い出せないのは、それだけ稀薄な学生生活だったのだろうと思う。
 僕は開けっぱなしになっている居間のカーテンを閉めて壁にかかった時計を見ると、時間は19時を少しすぎたところだ。テレビはゴールデンタイムで、国民のほとんどが規制だらけのバラエティーや片寄った報道ばかりのニュースなどを見ている時間だが、そもそも世間の時事に興味のない僕は、大抵は実家を出るときに持ってきたわずかばかりの80年代の洋楽のCDを流しながらスマホから、自分の人生で使うことのないであろう情報収集をしている。だが、それすらも今日はする気が起きない。さっさと布団に潜り込み、電気を消す。
 枕元にスマホを放り、一気に闇に支配された自室の天井を眺めた。夜の闇は重い。体にのしかかる様な質量を持った闇が僕を包んでいく。外からは時折通行する車の音だけが聞こえるが、大体は時計の秒針の止まる事のない歩みだけが部屋に響いている。僕はその子守唄を聞きながら眠りに入った。
 
 その夜、地元の夢を見た。
 
 朝、鳥の急かすような鳴き声で目が覚めた。別にすることもないのに鳥たちは毎朝、甲斐甲斐しく起こしてくれるが、まったくもってありがた迷惑な行為に他ならなかった。
 目が覚めてしまい仕方なく上半身を起こし壁掛け時計を見ると、朝の7時前だった。早すぎる、と思った。
 秋口で少し肌寒かったが、立ち上がり居間の窓を少し開けると案の定、ひんやりとした風が無遠慮に入ってきて僕の肌にまとわりついて一種の清涼剤になり、僕の頭は一気に覚醒していった。
 しばらくそのまま外を眺めていると、判を押したように学生達が同じ制服で登校していく。そうしていると夜中に見た夢がノイズの入ってしまった録画番組のように思い出されてくる。
 可も不可もない学生時代、つまり地元時代。小学生から中学校、高校まで地元にいたが、これが恐ろしく田舎だった。やたらとコンビニが多く、いつもその前には誰かがたむろしながらタバコを吸っていた。次に山と川が多く、僕の実家の裏手にある川のせいで、夏は蚊と夜中の虫の合唱に悩まされた。
 それでも県庁所在地だった分は若干の賑わいを持ってはいたが、二十一時頃には出歩く人もいなくなり、建物の明かりも、見つかるのを恐れる孤児の様に息を潜めて消えていった。それと同じように、あるいはもっとひどく僕の青春時代は過ぎていった。
 朝起きてから夜寝るまでをひっそりと暮らし、その場しのぎの勉強をし、友人もおらず、教師からも変な奴だと思われていたに違いなかった。僕はずっと孤独だった。孤独になったというより、孤独にしてしまったというべきか。
 高校の卒業が間近となったとき、僕は転機が訪れたと思った。だが、地元の国立大学を受けたところで落ちるのは火を見るより明らかだったし何より進路担当の教師に至っては、匙を投げるどころか匙を持ってすらいなかった始末だ。それでも県外へ出たかった僕は、都会の、それも難なく入れそうなFランクの大学へ入った。これで変われる。そういった淡い期待がきれいさっぱり消えたのは入学から半年だったろうか。
 ある日、僕は獣道に足をとられてキャンパスに入れなかった。理由はわからない。都会特有の華々しい部分が、今まで田舎にいた僕の心には毒々しいものだったのかも知れない。
 とにかくそれ以来僕は、その時の理由を考察したりしながら、親からの応援を形にした仕送りを無駄に食みながら毎日を過ごしてきた。幸いにも僕はあまり物も食べないしファッションに気を使う人間でもないし、何より友達もいなければ趣味もなかったから、金欠に悩むことはなく、親にこれ以上の金の無心をしなくて済んでいた。
 そしてさらに時は進み、一年半は過ぎたのが今まさにこの時だ。毎日を無意味に過ごしているのは自分自身よくわかっていた。でも、未だに獣道から抜け出せずに、何をどうしたらいいのかわからない。窓を閉めて、台所でお湯を沸かしてコーヒーを飲む。今のところ、このコーヒーの匂いだけが、僕が僕である証明のひとつなのかもしれない。
 それ以外は、何もなかった。

2019年6月28日公開

作品集『PALS』第3話 (全8話)

© 2019 村星春海

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