序章の終わり

PALS(第7話)

村星春海

小説

3,023文字

僕は歩き出す。ゆっくりだけれど、それは確実な一歩だと思いたい。

「僕はそろそろ変わりたいって思ってた」
「うん、知ってるよ。その考えをずいぶん前から持ってるのも知ってる」
「今度は本当さ」
「その言葉も何度も聞いたよ。数も覚えてる。教えようか?」
「いや、いいよ。でもね、そこまでわかってるなら、今の僕の決意が本当か嘘か、そこまでもわかるだろ?」
「うん、わかるよ。今度は本当だ。声色でわかる」
「君にはお見通しだね」
「それなりの付き合いだからね」
 彼は得意気にそう言った。彼はいつも僕の話を真剣に飽きもせずに聞いてくれていた。どんなつまらない話でも、しっかりと。
「と、いうことはだ」彼は深く深呼吸してから切り出した。
「僕と君がこうしてゆっくり話せるのも、あと僅かかもしれないね」
「どうかな、それはわからない」
「君はついに出口を見つけたんだ。この長くて深いまどろみに足をとられて以来、ずっと探してたものだよ。出口が見えたなら進むべきだし、進むしかない。見えたということは、出るしかない運命だ、わかるだろ?」
「うん、わかるよ」
「君は実に頭がいい、それも僕は知ってる。実際にそこから出てしまえば、あとは君の実力に頼るしかない。僕はなにもしてあげれないからね。でも君が辛いときは、いつでも話しかけてくれ。僕はいつでもここにいる」
「うん、ありがとう」
 
 僕は服を着て外へ出る。しばらく引きこもりでバイト経験すらない僕は一体何をすればいいのかよくわからない。とりあえずは人馴れが必要だったし、手頃なアルバイトからスタートすることにした。
 家を出ると晴れ間が頭上に広がっている。じっくりとした白い雲が、居心地の悪そうな親戚の子供のように佇んでいた。風はない。だからそこに雲は佇んでいる。足取りも少し軽く感じ、絡め取られたようではない。
 フリーペーパーのローカルの求人誌を探しに近所のイオンへやってきた。昼間でも学生が多く、多くの人々がそれぞれの目的を持って生きている。入口に入りすぐ左手のメタルラックに求人誌は並べられている。これが入口ではなく売り場の本棚にあったなら、他の本と区別はつかなくなるであろうデザインだ。1つだけ手に取り、スーパーにはそれ以上入らずに出る。
 
 外は天気がよく、日に日に冷たくなっていく風は今日に限っては仄かな暖かみを持っていた。道行く車はそれぞれの使命を持って動き、人々もそれにならって生きている。僕もその使命とやらを持つべきなのはわかっていたし、持っていないことに関して引け目や負い目を感じていた。Fランクとはいえ、大学に入れるだけの資金を使った地元の両親にも申し訳ない。

 ふと僕は足を止めた。家に戻るのはやめる。戻れば僕を誘惑するものが多いからだ。おそらくこの冊子を投げ捨て、様々な怠情が積み重なって忘れ去ってしまうだろう。それでは本末転倒なのだ。結局あの部屋には僕を絡めとる原因があるかもしれない。
 しばらく歩いて見覚えのある通りにあるリベラが目にはいる。この人通りから離れたカフェがということは、無意識に探していたのかもしれない。ここなら落ち着いて冊子を見れそうな気がした。
 
乾いた鐘の音が来店を知らせる。今日は昼を過ぎて来店し、客足はまばらだった。
「いらっしゃいませ、こんにちは」
 ウエイトレスが昨日と同じように案内をしてくれた。
「今日もランチですか?」水をテーブルに置きながら問う。
「はい、昨日と同じもので。いや、すいません。オムライスです」
「大丈夫です、覚えてますよ」
 二回目の来店では覚えてるはず無いだろうと思いオムライスと言い直したが、彼女はちゃんと覚えてくれていた。
 
 オーダーを通しにキッチンへ下がった彼女を見送ってから、フリーぺーパーを取り出してテーブルで開く。求人の多くが飲食店であり、みな似たようなことがうたい文句に書いてある。
 昇給あり、シフト希望聞きます、アットホームな職場です。これらの文句が紙面から、待ってたとばかりに飛び出しては消えていく。いまいちピンとこない。どれもこれもうさんくさく、なにやら大きな餌を垂らされているような感覚になる。
 僕が紙面を睨んでいると、オムライスがやってきた。暖かな香りが僕の肺に侵入してくる。
「お待たせしました」彼女が配膳する。
「ありがとうございます」
スプーンを置いて、暫く彼女はそこにいた。
「あの…」彼女は僕に声をかける。
「仕事を探してるんですか?」
「はい、…越して来たもので」
 なんとなく無職だったのが恥ずかしくなり、少し嘘をついた。
「そうなんですね、失礼しました。ごゆっくりどうぞ」
 微笑んでから彼女はキッチンへと消えた。
 
 それから食事を終えるまで紙面を読んだが、心惹かれるものはなかった。水も飲み干し、これ以上はダメだと店を後にしようと立ち上がり、レジへ向かった。
「こちらお釣りです。ありがとうございます」
 彼女からお釣りを受け取り財布にしまったとき、声をかけられる。他に客はいなかった。
「あの、どんなお仕事を探してるんですか?」
「特に何かとは決めてはないですが、強いて言うなら、人と接する仕事がいいです」
「そうですか。あの、ここはどうですか?」
「ここ、リベラですか?」僕は思わず聞き返した。
「はい、どうでしょう?」
「今、募集されてるんですか?」
「けっこう評判いただいてて、日に日にお客さんが増えてるんですよ。それで、求人だそうかって店長と話してた所なんです。それで求人誌を開かれてたので、どうかなと思いまして。広告費を浮かしたいって言うのもありますけど」そう言うと少し恥ずかしそうに微笑んだ。
 確かにここで働けるなら僕として嬉しい。ここはお気に入りのひとつだったし、お客さんが多いなら僕のリハビリにもなるだろうし、彼女と働きたいという下心もあった。
「ありがとうございます、僕からもお願いします。履歴書とか要りますよね。ほかに必要なものありますか?」
「はい、履歴書以外は、面接の時にお伝えしますね。写真とかも必要かと思いますんで、明後日のこれくらいの時間はどうでしょうか?ちょうど中休みにはいる時間ですので」
 スマートフォンの時刻表示を見ると、15時前だった。リベラは15時から中休みに入るようだ。
「わかりました。では明後日の15時にお伺いします」
「はい、お待ちしております」
 
 リベラを後にして、僕は少し浮かれていたと思う。自分でも何かが動き出そうとしていたのは手に取るようにわかったし、僕自身がそれを望んでいたのが事実だった。
 帰宅する前にコンビニに寄って履歴書を買う。仕分けをしている店員はいつもと違う物を買った僕に、少し驚いていたようだった。ちょうどよく設置してあった証明写真のボックスで写真を撮ると、撮影された写真に写る僕の顔がいつも鏡に写る顔とは少し違った気がした。
 
 帰ってから履歴書を書く前にコーヒーを飲みながら、窓際から友達に話しかける。家を出る前には聞いてくれていた彼は、僕の問いかけには反応してくれなかった。この沈黙こそ彼なりの応答で、むしろこうあるべきなんだろうと思わせてくれた。
 履歴書にはあまり書くことがなかった。学歴はともかく、職歴など汚れを知らない乙女のように真っ白だった。
これでダメならどうするべきか、僕は悩んだあげくにそのままの職歴、つまり、働いたことがないと書くことにした。
 
 そのあと三時間か四時間。普段書き慣れないものに苦戦して、履歴書を二回買いにいった。外は夕焼けになり始め、雲の灰色と夕焼けと赤とがきれいなグラデーションとなって空を彩っていた。

2019年7月18日公開

作品集『PALS』第7話 (全8話)

© 2019 村星春海

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