移行する夢と移行した夢

応募作品

村星春海

小説

3,883文字

2019年11月、破滅派合評会初参加作品。「僕」の隠された心とは。
自作品のリメイクです。

 夢の中で夢というものを認識するのはいささか奇妙な事だが、実際ここ最近見る夢は、夢の中で夢であると認識しているのだ。僕はこの夢に対して何か恐怖や不安を感じているわけではない。夢ではいつもこの青々とした空と草原地帯で、風にワンピースの裾を揺らめかせて立っている彼女に会う事が出来るからだ。とはいってもいつも背中を向けて立っているので顔を見た事もないし、なぜか声も出ないので会話をした事もない。でも後ろ姿だけでも、僕は彼女に会えるのを楽しみにしていたのだ。
「はじめまして」
 僕は遠くに聞こえたような声で我に返った。彼女が僕に話しかけたのだ。幻聴かと思ったし、気のせいかとも思った。でも彼女は少し僕の方へと首を傾けていた。でも顔は見えなかった。
「僕はずっと君の後ろ姿を見ていたんだけれど、気がつかなかった?」
「そうなの? ごめんなさい」彼女驚いたように答えた。「今気が付いて声をかけたの」
 僕は彼女に、気にしないで、と言った。僕がそう言うと、彼女は再び黙った。風が草原を駆ける音が再び空間を支配した。流れる真っ白な雲が、時間の存在を証明していたが、僕にはそんな事はどうでもよかった。
「また、来てくれる? 私はきっと気がつかないから、あなたから話しかけてくれると嬉しいな」
「また来るよ。僕も君に会いたいから」
「うん」
 彼女はゆったりと撫でるように言った。そして僕にこんな話をした。
「全てが終わる時、人ってどんな気持ちになるのかしらね。私はもう進む事もできないし戻る事もできないの。永遠にここにいるってどんな気持ちか想像できるかしら? ここは寂しくはないんだけれど、時々、どうにもならない状況に悲しくなるの。終わらせる事が出来たらって思うんだけれど、自分で何とかする方法はないから困ってるの。もしね、あなたが何かいい方法が知ってたら、また来た時でいいから教えてほしいな。簡単に物事が終わる方法があると良いんだけれどね」
 その言葉を合図とするように、夢の中で強い眠気に襲われた。草原と空がモノクロになり目の前が暗くなると、抗えない濁流の中にいるように混濁した意識の中で、自分のベッドの上でうつ伏せになっているのに気が付いた。脱力感を感じるがそれは心地良く体に張り付いていた。
 
 朝食を摂りスーツに着替え、僕は雪の降る外へ出た。そして車内が温まった頃に車を車庫から出し、スリップしないように慎重に会社へと向かった。
 
 急な雪のせいで社員の多くが出勤できず、数えるほどの人間だけが出来るだけの仕事を始めようとしていた。
「おはよう」
「おはよう」
 隣の席の同僚は僕の言葉をオウム返しし、いつもの挨拶をした。
「ところで、ここ最近変わった夢を見るんだ」
「うん」
「だだっ広い草原に僕はいるんだ。そして目の前にワンピースの女の子が立っていて、長い髪とワンピースの裾を風で揺らしてるんだ」
「うん」
「僕は彼女に恋をしたかもしれない。確証はないけれど」
「なぜだ?」
「だって夢だもの。見ている風景や感じてる風や太陽の暖かさや彼女自身も、全て見せかけなんだよ。という事は僕が感じてる何かしらの感情もきっと見せかけさ。だからそれを恋だと決めるのも軽率な気がするんだ」
 そういうと同僚はふと僕に顔を向けた。
「現実の想いが夢となって現れるのは普通の事だ。気になる女がいれば、その女が夢に現れる」
「それが普通だよな」
「だが夢という幻想は物質に移行する事がある」
「?」
「つまりあまりに強く想い込むとその想いが相手に飛ぶ事があるんだ。好きな女や気になる女はいないか? 気をつけろ」
「どういう意味なんだ?」
 僕は同僚に聞いてみたが、伝える事はこれ以上ない、と言いたげに再び仕事を始め、何も言わなかった。
 社員が少なすぎて仕事にならず、今日は早めの退勤となった。同僚を車で送ろうかと申し出たが、彼は歩くのが好きなようで、はるかな帰路に着いた。
 朝より時間をかけ帰宅すると、やかんで湯を沸かしコーヒーを淹れ、冷蔵庫からショートケーキを出してベッドのサイドテーブルに置き、ベッドに腰かけた。冷蔵庫のモーター音以外に、音は何も聞こえなかった。今だに降り続ける雪と積もりゆく雪が、音を消している。そしていろいろな物を覆い隠していく。
 カーテンの隙間からゆらゆらと降る雪を見ていると、電話のベルが鳴った。僕は仕方なくベッドから立ち上がり、電話に出た。
「もしもし」
『こんな時間に家にいるなんて、もしかしてリストラ?』
 電話に出ると、半年前に結婚し実家を出た姉だった。
「違うよ。雪で社員が出てこれなくてね。早く終わったんだ」
『そう、その事で電話したのよ。雪で心配になったの。大丈夫?』
「あのね」僕は受話器を左手から右手に持ち替えた。「一体何歳の弟に言ってるんだよ。僕はもう三十も前なんだぜ」
『何言ってるのよ。あんたはいつまでも、かわいい弟なのよ。心配するのが普通よ』
 いつも姉は僕を子ども扱いする。もはや趣味といってもいい。こうなると止められないので、僕は適当に相槌を打つ。結局は僕も姉が好きなのだ。
「僕の心配もいいけれど、そっちはちゃんとやってるんだろうね?」
「もちろんよ。私を誰だと思ってるのよ? 問題なくやってるわよ」
「義兄さんに迷惑かけるなよ。いつも一人で騒いで周りに波及させてるんだから」
『はいはい、わかったわよ』
 姉はそれだけ言うと、雪に気をつけなさいよ、と言って電話を切った。
 僕と姉は血のつながりはない。父の再婚相手、つまり義母の連れ子として僕の前に現れた。僕と三歳離れていた彼女は当時中学二年で僕は小学五年生だった。弟が出来てうれしかったのか姉は僕をとてもよくかわいがってくれた。当時母を亡くした悲しみから不安定な時期だった僕の傍に姉が居た事は、とても心の支えとなったと覚えている。
 僕が高校に上がった頃に姉も大学へ進学し、一人暮らしをしていた。僕はその頃、よく姉のアパートに転がり込み泊まったりもした。家族というよりも親しい友人といった感じだった。
 
 僕が夢に気がつくと、彼女がいた。そして誰かとどこかに歩いて行く夢だった。また会いに来てと言ったじゃないか。君の方から約束を違えるのか。僕はいつの間にかうずまく感情に飲み込まれ、空が白と灰色の黒のマーブルに淀んでいくのを見た。太陽は消滅し草原は荒廃し、風は止んだ。どこからか鉄の匂いが漂い、そこら中に時間の死骸が腐乱して散らばっていくのを感じた。
 僕は悔しくて地面の土を強く蹴った。そして足元の銃を持った。弾丸を込めるとガチリとバレルに装てんされた。僕は彼女を──。
 
 寒さで目が覚めた。時間を確認すると明け方の五時だった。明け方とは言っても冬なのでまだ外は夜だった。頭が痛い。
 玄関を出ようとした時に電話が鳴った。一瞬無視しようと考えたが、出ないといけない様な気がした。僕が靴を脱ぎ、鳴り続ける電話の受話器を取る頃には十回以上鳴った。
 受話器を取ると電話の向こうから父の声がした。そして父は僕に、姉が自殺と伝えた。冗談なんじゃないかとも思えるような内容だったが、受話器を置いた後にもまだ舌に残る痺れのように残っていた。
 会社に連絡をし、僕は慶弔休暇の二日と有給の二日を休みに充てて実家へと向かった。姉の傍らにあった遺言に葬儀は実家でしてほしいとあったそうだ。僕も実家に向かうが、そんなに近いわけでもないし、この雪でどれくらいの時間がかかるか、まったく分からなかった。
 六時間でやっと実家へ到着した。既に何人かの親戚が集まり、通夜の準備をしていた。僕は義母と父に挨拶をし、姉の棺を覗き込んだ。姉は時間から引き離され、確実に死に続けていた。姉の面影だけが残り、僕の好きだった姉がそこに居た。
「馬鹿な奴だ。なぜこんな事を」父が僕の後ろに立って、姉を見ていた。
「遺言があったんだよね? なんて書いてあったの?」
「『ごめんなさい。またね。葬儀は実家で』とだけ書いてあった。理由はなかった」
 僕は昨日の姉の電話を思い返してみた。何もおかしな様子なんてなかったじゃないか。電話の理由だって雪が降って心配したからだ。僕はそこに居続ける姉を無言で見ていた。
 翌日葬儀が行われ、火葬が終わると姉はとても小さくなってしまった。実家での集まりが終わり各人が帰路に着くと、僕も自宅に帰った。まだ有給は残っていた。
 帰宅してからの僕は手持無沙汰に室内を彷徨い歩き、義務のようにコーヒーを飲んではトイレで長い小便をした。明らかにコーヒーの飲み過ぎだった。それでも何か口にしないと落ち着かなかったのだ。
 何時間過ぎただろうか。外はすっかり暗くなり、室内の明りに照らされていつまでも降る雪が見えた。その瞬間、急な寒気に襲われた。どれだけ体を締め付けても震えが止まらず、布団に飛び込んだ。そしてしばらく震えていたが、ゆっくりと体が温かくなり、僕は夢に落ちた。
 気が付くと目の前にこちらも向いた彼女がいた。
「君は、誰なんだ」
「分からないけど、多分誰かの代わりよ。全てに意味がある」
 僕はこの場所に見覚えがあった。ここは姉と義兄の新居だった。
「あそこ」彼女はダイニングの扉を指差した。ドアノブが歪み、縄の痕がついていた。「あそこで吊ったの」
「なぜなんだ」
「それはあなたが知ってるのよ。知らないふりをしているだけ。よく考えなさい」
 僕の意識は急に遠ざかった。
 
 朝、窓は結露で乳白色になり、雪も止んでいた。雪はいろいろなものを一度に覆い隠してしまう。真っ白に。でも、いずれ溶けてその下に隠されたものを白日に晒してしまう。
 まだ一人の時間はある。僕は彼女の言った言葉の意味を考えなければならない。

2019年10月29日公開

© 2019 村星春海

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"移行する夢と移行した夢"へのコメント 3

  • 投稿者 | 2019-11-04 08:22

    拝読いたしました!
    夢と雪という、現実から一歩距離を置いたようなモチーフが、全体に幻想的な雰囲気を持たせていてよかったと思います!
    ただ個人的には会話や描写が突拍子もない部分が多々あったように思います。そういう書き方ならそれでひとつの手法だとは思うし、この作品とそういう書き方の親和性も高いとは思うのですが、それならば構造的にももっと現実感を排していいのかな、と思いました。
    自分は読みのレベルが低くてアレなのですが、全体的な作品の強度が不安定な気がしてしまいました。どういう方向に作品を固めていきたいのかが見えないような気がしてしまって、でも自分は読みのレベルが馬鹿なので申し訳ございません。

  • 投稿者 | 2019-11-04 09:12

    コメントありがとうございます!
    ご指摘、感謝します!

    全体的な作品の強度という部分、なんとなく自身でも薄っすらと感じていた部分です。
    踏まえて、これからも邁進していきます。
    よろしければその他の作品もお読みいただけると嬉しいです。
    ありがとうございます。

    著者
    • 投稿者 | 2019-11-04 21:48

      お返事ありがとうございます!
      何処の馬の骨かもわからないいち素人の意見として、暖かい目で見てやってください……!
      他の作品も是非読ませていただきます!

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