パスタの作り方。

村星春海

小説

1,278文字

僕はパスタを作ろうと思ったのだ。スパゲティではない。パスタだ。
なぜ、パスタなのか。
単純だ。そのほうがおしゃれに聞こえるだろ?

 キッチン(なんて言ったが台所が相応しい)の窓から聞こえる様々な外の生活音に目をやった。ちょうど春先の生暖かい風が僕を包んだその時、僕はそんなゆったりとした時間と相反するような「グレート・ギャツビー」を読んでいたのだけれど、生暖かい風のおかげで現実にしっかり引き戻された瞬間だった。
 すっかり世界恐慌前のアメリカにタイムスリップしていた僕は、むさ苦しい男の一人住まいのアパートに意識が戻ったと同時に、義務の様な空腹を覚えた。時計の短針は13時を気怠く指し示し、コチコチと時間を動かしていた。僕はフローリングに張り付いた体を起こし、「グレート・ギャツビー」の141頁に、諦めた様に栞を挟んだ。
 大鍋に塩を入れて、水を入れて、ガスの元栓を開けて、そして火にかけた。
 
 僕はパスタを食べようと思ったのだ。
 
 外の景色を見ながら立ち上る湯気を見るのは、どことなく贅沢な気分だった。パスタの麺が鍋底から湧き上がる泡に合わせて踊り、それは時刻が来るといつも脅迫めいた踊りを見せる、仕掛け時計の踊り子を連想させた。でもそれは、いつもと変わらない風景。僕はそう感じた。
 野菜室から使いかけのにんにくを取り出してパリパリとした皮を剥ぎ、まな板の上で細かくみじん切りにすると、匂いだけで食欲がそそられた。鼻腔の奥へふわりと入り込んだ香りは脳を刺激するのだ。
 パスタの茹で上がり時間を逆算して、フライパンを優しく熱し、にんにくと輪切り唐辛子とベーコンを炒めた。もういっそのこと「ベーコンのにんにく唐辛子炒め」としてご飯を食べようと思ったが、じゃあこのパスタはどうするのか、そもそもご飯なんかないじゃないかという事に気がついた僕は、仕方なく匂いだけを楽しんでおくことにした。楽しみは後から来るのだ。
 
 タイマーが鳴ったのはそれから5分後の事で、僕はその時なかなか鳴らないタイマーに業を煮やして「グレート・ギャツビー」の続きを読もうと手にしていた。でも何か行動を起こそうとするには5分は短いようだった。
 ザルにパスタを流すと、台所のステンレスが熱膨張で「ボコン」と悲鳴を上げた。
 再び熱したフライパンに茹で汁がきれ切らないパスタを放り込むと、香りがパスタに絡みだす。塩を少し足して調整して、オリーブオイルも足した。しかも少し機嫌が良かった僕は白ワインも足した。香りが更に深くなった。間違えても赤ワインを入れてはいけない。
 茶色く焼けたにんにくと輪切り唐辛子が麺に絡み、フライパンを返すたびにオリーブオイルと香りが混ざりあった。その贅沢で食欲をそそる香りを換気扇は容赦なく外へ吸い出し、どこかそこら辺りを歩く誰かにこの僕の満足感を共有させようとしていた。それくらいの幸福感を僕は感じていた。
 
 皿の上でパスタは湯気を昇らせる。窓を開けて柔らかな風を室内に取り込みながら僕は上機嫌に任せて安物だけど白ワインを開けた。
 外は昼から少し過ぎ、鳥の声が遠くから聞こえた。そしてすぐ、窓の右枠から左枠へ向かって一羽の鳥が飛び去った。鳴き声の主かどうかは分からないし知ろうとも思わなかった。それよりも僕はこれから空腹を満たすのだ。

2021年5月2日公開

© 2021 村星春海

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