僕は。僕の本質と変わらない部分

村星春海

エセー

1,326文字

プロットも構成も何もないただの羅列。今までの「村星春海」ではない、本当の「僕」の言葉。
ただ書きなぐっただけ、校正もしていない。
心の部分。

 何か僕はとにかくのんびりと物事をしたいと思っていたのだけれど、少しでも世界の流れに組まれている以上はなかなかそうも行かないことが多いのだ。もちろんある程度のマイペースというものは保証はされているけれど、朝起きてパスタにしようかパンにしようかご飯にしようか、そしておかずは和洋どちらにしようか。そして今日履いていくパンツとスニーカーはどれにしようかなど、簡単な事しかないのだ。時折僕はそういったものに対して酷く嫌悪感を抱き、時に心臓が言われて気がつくほどの微細な振動を起こしたりする。そんな時は大体夕方から夜で、明日に対する不安の表れなのだろうと思っている。それでもやっぱり明日は来るし今日は昨日になっていくのだ。でもある程度救いといえば、明日が来てしまえば意外と自分が感じていた何か漠然としたありとあらゆる森羅万象は杞憂だったということが多い事だ。それで僕はなんとか憂鬱ながらも30代半ばまで生きてくることができた。
 でもそうは思っても実のところ世界が変化するにはとても長いスパンで変わっていくしかない。歴史の教科書で見れば1ページや2ページで変わってしまうことでも、いち個人から見れば変化はないように思えるほどの時間なのだ。だからいま現在でもずっと不安を抱えて実生活を営んでいる。
 事務所の部屋の角にピタリと予めそう設計されていたかのような僕のデスクの横には、縦長のYKKの窓がある。そこからは近くの小学校へ向かう(もしくは帰る)小学生の姿が、スーツを着たサラリーマンの姿、どこへ向かうのか自分でも分かっていないような老人の姿が。様々な人々の往来を眺めることができた。僕はよくそこで仕事の息抜きで往来を眺めることがあった。ついでにそこからは空も見えたので、ゆっくりとした雲や青空を眺めたりもした。
 そうしていると僕は今現在、自分がなんのために生きているのかわからなくなる時があった。ただ生きているから生きているのだ。それだけでも生きている意味にはなるだろうけれど、それは人としては生きれていないのだろう。この胸の奥でジリジリしたような黒い何かが生まれるのも、それも生きている証拠だというのなら、それはそれで生きていることが辛い。みんながみんな、結局は自分を基準に考えているから、他人からしてみれば簡単な事も、僕にとっては初心者がエレベレストへ登ることくらい難しいことだってあるのだ。
 僕のそういった心の脆い部分に気がついてなのか、そこを責めてきた人がいた。今は僕と同じ職場にはいないのだけれど、どちらかといえば僕が逃げたのだ。当時のその職場は僕には適正な場所だったのだが、そこを逃げるようにして辞めた。そして何度もその人を心の中で殺した。気分はすっとしたが、身の回りの状況はまるで好転していなかった。想像の中でしかスーパーマンになれない僕にとっては相応しい状況だった。
 そうやって様々に環境を変えながらあれこれやってきて上辺だけは好転させてきたが、物事の本質は何一つ変わっていないのだ。だから僕は今日も外を眺めるし空を眺めるのだ。そうしないと、僕が僕で無くなような気がしてならないからだ。
 
 いつか僕もその空へ行く。もしかしたら地面の下で終わりかもしれないけれど。

2021年5月4日公開

© 2021 村星春海

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