はじめに断っておくが、優男の正しい読みかたは「やさおとこ」ではなく「まさお」である。でも僕らは彼を「やさお」と呼んでいた。
やさおという呼称のきっかけは、ポテトヘッドというあだ名を持つ文学教授が担当した大学三年次のゼミだった。最初の授業でポテトヘッドは登録簿の氏名と教室にいる学生の顔を交互に見ながら丁寧に出席を取った。
「仲宗根リカルドくん……西野松子くん……西銘やさおとこくん? ほう、君はあの草食系男子というやつの一人かね?」
この日から、鼻の下のひげを引っ張りながら考え込むポテトヘッドの仕草は僕らのあいだでモノマネの定番ネタになり、優男はやさおになった(「西銘やさおとこ」はさすがに長すぎるので少しアレンジを加えたのだ)。
名前に似合わず、優男は我が強くて負けず嫌いだった。もともと酒が強いわけでもないのに、夏休みの直前に行ったビーチパーティーでは酒豪のリカルドに島酒の飲み比べを挑んだ。既にビールで赤ら顔になっていた優男は、小橋川聡美からの頬へのキスを賭けたいと申し出た。聡美は僕らの仲間うちでは一番の美女だ。大学祭でミスコンのファイナリストに選ばれたこともあった。
「なんでウチが? ほっぺにチューなんてバカみたい」と、聡美が呆れ顔で言った。
「口にならいいば?」と、すぐさまリカルドが茶々を入れた。
二人の顔を見据える優男の表情は真剣だった。
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