鉄腕アトムへの手紙

二十四のひとり(第19話)

応募作品

Fujiki

小説

4,080文字

作品集『二十四のひとり』収録作。合評会2017年02月(テーマ「妖精が除染作業員に扮して人間世界で生活をしている」)応募作。

昔、美術館で君の写った写真を見ました。半世紀近く前の白黒写真です。どこにでもありそうな特徴のない田舎道、君のイラストが描かれた立て看板の横を三人の男の子が並んで歩いていきます。君は「歓迎 原子力」という文字の下で腕を上げて勇ましく飛翔し、足の裏から核燃料の炎を噴出させています。背筋をぴんと張ったその姿はスローガンを強調する感嘆符のようにも見えました。

僕もかつては空を飛ぶことができましたが、そのころのことはおぼろげにしか記憶していません。あるとき、日出づる国の人びとが薄明の王国にやって来て僕たちの翅をもいでしまったのです。森は拓かれ、海は埋め立てられました。薄明にまぶしい光がさし込み、僕は故郷を失いました。僕の家族や友だちは薄明とともに消えていきました。人間として日出づる国で暮らすことが僕にとって唯一の生き延びる道でした。

日出づる国で生きていくには余計なおしゃべりをしすぎないように細心の注意を払う必要があります。侵略者は妖精の言葉を話す僕たちの舌を引き抜き、日出づる国の舌を縫いつけました。でも縫いつけられた舌は口の中でうまく回りません。耳ざとい人が聞けば、薄明の王国から来たことはすぐにわかってしまうでしょう。野蛮な土人と蔑まれないようにするには滑舌に気をつけて他の人びとと同じような美しい発音をしなければならないのです。あめんぼ あかいな アイウエオ。

さいわい、宿舎で同室の鹿島さんと大成たいせいくんには僕が薄明の王国の出身であることは気づかれていません。他人について余計な詮索をしないというのがこの現場における暗黙のルールのようです。ただこの仕事には残業というものがないので、どうしても時間を持て余してしまいます。鹿島さんと大成くんが部屋でぽつぽつと雑談を始めると、僕はたいていノートパソコンにためておいた君のアニメに集中しているふりをしてやり過ごします。しょっちゅう君のアニメばかり見ているものだから、いつしか二人は僕のことを「アトム」と呼ぶようになりました。

「いいか、アトム。俺たちは復興の最前線に立つヒーローだ」大成くんはお酒を飲むと僕の首を乱暴に抱きすくめて何度も同じことを言います。「俺は美しい国を早く取り戻して、みんなが避難先から帰ってこれるようにしてえんだ」

大成くんはもともと長崎で家を建てる仕事をしていたそうですが、震災のあと居ても立ってもいられなくなって飛んできたのだそうです。一旦緩急あれば義勇公に奉することは男にとって最も大事な使命だと彼は言います。僕の場合はたまたまうまく採用された仕事が除染作業だったというだけなのだけど、大成くんの言葉を聞くと自分も他人の役に立っているような誇らしい気持ちになりました。体の内側から十万馬力のパワーがみなぎってきて炎天下でのきつい肉体労働にもやる気が出てきます。もっとも、1Fいちえふで廃炉作業に従事した経験を持つ鹿島さんによれば、除染はタイベック着なくていいし線量もあんまし食わねえからずっとのんびりしてる、とのことですが。

ある夕方、僕たちが畑で雑草を刈って土をすくう作業を終えて宿舎に帰ろうとしていたときのことです。集合場所まで送り届けてくれた会社のバスを降り、さてコンビニにでも寄ろうかと思っていたところへ、四、五人の主婦がひとかたまりになってこちらを見ているのが目に留まりました。笑顔で彼女たちに手を振ろうとすると横にいた鹿島さんが僕の袖を引っ張りました。あいつらとは口きくな、目も合わせんな、と鹿島さんは耳もとでささやきました。

2017年2月4日公開

作品集『二十四のひとり』第19話 (全24話)

二十四のひとり

二十四のひとりの全文は電子書籍でご覧頂けます。 続きはAmazonでご利用ください。

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© 2017 Fujiki

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"鉄腕アトムへの手紙"へのコメント 7

  • 投稿者 | 2017-02-17 07:10

    特徴付けるような台詞らしい台詞もなしに登場人物が増えていくので読みづらかったです。
    読みづらかった故にオチを見てもフーンで終わってしまいました。
    性器の傲慢の読みやすさわかりやすさが懐かしいです。

  • 編集者 | 2017-02-19 15:57

     綺麗な文体で読みやすかったです。マシンガン日出づる国(11回)は気になりましたが、僕もガトリング妖精51連発でした。ギネスに連絡しておきます。
     出題テーマを利用して、とても重たい問題を扱っていると感じました。侵略を受けた国。同化を求める侵略者。正体を隠す被差別者。現実に存在する根深い問題ですよね。しかし、現実的であるがゆえに、やはり妖精である必要性が薄く感じられてしまったことも事実です。妖精という単語は本文には4回しか出てきません。ならば隣国の国民の話でも良かったのではないでしょうか。単語数はどうでも良い問題なのですが、妖精というテーマである以上、人間とは違う何かがあって欲しかった、というのが素直な感想です。
     また、アトムを「僕」と同じように、人間と認められない存在として重ねているように読み取ったのですが、人間を愛し命を賭して地球を救ってくれたアトムと、人間になることを拒絶した「僕」とでは、憧れとは言えギャップが大きすぎるのではないでしょうか。

  • 編集者 | 2017-02-22 03:49

    人間と妖精の不幸な関係を見た上で、人間の作った漫画であるアトムに憧れる妖精の描写は美しくもあるがグロテスクさを感じた。
    「大日本帝国」のイメージが時々出てくるが、単に同化のステレオタイプ描写としてなのか、それとも本当に一種の侵略があったという描写なのかどうか気になる。野暮だろうか。

  • 投稿者 | 2017-02-23 00:53

    • 投稿者 | 2017-02-23 15:08

      コメントの記述に失敗したようなので再送しています。

      原発との対比として繰り返し触れられるアトムの明るく力強いイメージと、重たい現実、そして地域住民の冷たい目が、とても切なくて、日本社会の縮図のような空寒さを感じさせます。

  • 投稿者 | 2017-02-23 15:59

    この作品は原発の主張や認識に対して、《中立》になるように配慮してある。今回の他の合評会参加作のような原発や放射性物質に関する安易な扱いがなかった。そこがGOODだ(゚∇^d)
    でもそれだけではまだ物足りない。日出づる国や薄明の王国の設定や物語が退屈だった。エンタメに特化するか、社会風刺に特化するか、どちらかすべきだった気がするなぁ。
    星4.4個

  • 投稿者 | 2017-02-23 18:06

    作品単体での完成度では群を抜いている。文章力・構成力・描写力どれをとっても頭2つほど抜けている印象。

    ではあるが、テーマありきの合評会用の作品と考えると、素直に評価することの難しい部分もある。本作の主人公には、妖精であることの必然性が乏しい。妖精以外の何かを代入しても充分に成立する話であり、妖精ならではという要素が弱く感じられた。
    また、虐げられた弱者の側を妖精というイメージに重ねるのはあまりにステレオタイプであり、障碍児を「天使」と呼ぶのにも似た逆差別的な歪んだ正義を覚える。それが意図的な諷刺であるならば構わないのだが、そうは読み取れなかった。

    いずれにせよ作品自体は非常によくできており、テーマを設けないシンプルな小説コンテストであるならば高く評価していた。

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