鉄腕アトムへの手紙

応募作品

藤城孝輔

小説

3,982文字

合評会2017年2月(テーマ「妖精が除染作業員に扮して人間世界で生活をしている」)への応募作です。3万円もらえたら子どものミルク代にします。

昔、美術館で君の写った写真を見ました。半世紀近く前の白黒写真です。どこにでもありそうな特徴のない田舎道、君のイラストが描かれた立て看板の横を三人の男の子が並んで歩いていきます。君は「歓迎 原子力」という文字の下で腕を上げて勇ましく飛翔し、足の裏から核燃料の炎を噴出させています。背筋をぴんと張ったその姿はスローガンを強調する感嘆符のようにも見えました。
僕もかつては空を飛ぶことができましたが、その頃のことはおぼろげにしか記憶していません。ある時、日出づる国の人びとが薄明の王国にやって来て僕たちの翅をもいでしまったのです。森は拓かれ、海は埋め立てられました。薄明に眩しい光が射しこみ、僕は故郷を失いました。僕の家族や友だちは薄明と共に消えていきました。人間として日出づる国で暮らすことが僕にとって唯一の生き延びる道でした。
日出づる国で生きていくには余計なおしゃべりをし過ぎないように細心の注意を払う必要があります。侵略者は妖精の言葉を話す僕たちの舌を引き抜き、日出づる国の舌を縫いつけました。でも縫いつけられた舌は口の中でうまく回りません。耳ざとい人が聞けば、薄明の王国から来たことはすぐに分かってしまうでしょう。野蛮な土人と蔑まれないようにするには滑舌に気をつけて他の人びとと同じような美しい発音をしなければならないのです。あめんぼ あかいな アイウエオ。
さいわい、宿舎で同室の鹿島さんと大成君には僕が薄明の王国の出身であることは気づかれていません。他人について余計な詮索をしないというのがこの現場における暗黙のルールのようです。ただこの仕事には残業というものがないので、どうしても時間を持て余してしまいます。鹿島さんと大成君が部屋でぽつぽつと雑談を始めると、僕はたいていノートパソコンに溜めておいた君のアニメに集中しているふりをしてやり過ごします。しょっちゅう君のアニメを見ているものだから、いつしか二人は僕のことを「アトム」と呼ぶようになりました。
「いいか、アトム。俺たちは復興の最前線に立つヒーローだ」大成君はお酒を飲むと僕の首を乱暴に抱きすくめて何度も同じことを言います。「俺は美しい国を早く取り戻して、みんなが避難先から帰ってこれるようにしてえんだ」
大成君はもともと長崎で家を建てる仕事をしていたそうですが、震災の後居ても立ってもいられなくなって飛んできたのだそうです。一旦緩急あれば義勇公に奉することは男にとって最も大事な使命だと彼は言います。僕の場合はたまたまうまく採用された仕事が除染作業だったというだけなのだけど、大成君の言葉を聞くと自分も他人の役に立っているような誇らしい気持ちになりました。体の内側から十万馬力のパワーがみなぎってきて炎天下でのきつい肉体労働にもやる気が出てきます。もっとも、1Fで廃炉作業に従事した経験を持つ鹿島さんによれば、除染はタイベック着なくていいし線量もあんまし食わねえからずっとのんびりしてる、とのことですが。
ある夕方、僕たちは畑で雑草を刈って土をすくう作業を終えて宿舎に帰る途中でした。集合場所まで送り届けてくれた会社のバスを降り、さてコンビニにでも寄ろうかと思っていたところへ、四、五人の主婦が一塊になってこちらを見ているのが目に留まりました。笑顔で彼女たちに手を振ろうとすると横にいた鹿島さんが僕の袖を引っ張りました。あいつらとは口きくな、目も合わせんな、と鹿島さんは耳元でささやきました。
「あいつら、地元の自警団だっぺさ。おらたち除染作業員をいっつも見張ってて隙あらば問題起こそうと狙ってるの。こないだも別の建設会社の清水ってのが夜中に袋叩きにされたって。アトムも気ぃつけるだよ」
僕の目にはどう見ても井戸端会議に集まったただの温和な主婦にしか見えません。しかし歯擦音の鋭い鹿島さんの声からはただならぬ緊張が伝わってきました。ベテラン作業員を本気で緊張させるほどの危険が彼女たちのどこにあるのでしょう? 僕は何も分からないまま、ガジュマルの老木のようにがっしりした鹿島さんの体の陰で縮こまることしかできませんでした。
人気者の君とは違い、除染作業員は皆から愛され、感謝されているわけではないようです。日出づる国に限らず人間世界の田舎は概して閉鎖的で、よそ者に対して警戒心を抱くことが多いのだといいます。ほんの一部ですが、除染作業員の中にも地域の住民に危害を加える人がいます。人間ですらない僕でももぐりこめたくらいだから、いろんな人がいるのでしょう。僕たちの宿舎がある地域では、同じ市内で何年か前に除染作業員が小学生に対する強制わいせつ事件を起こして以来、地元住民の警戒が高まっていると聞きました。
僕と一緒に働く作業員は皆まじめで善良な人たちです。復興のために一生懸命除染に取り組んでいるだけでなく、儲けたお金はちゃんと被災地に還元します。鹿島さんは作業の後夜な夜な遅くまでパチンコをして日払いの給料をきれいに使い果たします。大成君は決して安くない身銭を切って小名浜の風俗店に突撃します。「英雄色を好む」という言葉を大成君に教えてもらいました。日出づる国の英雄である君が好むのは、やはり日の丸に燦然と輝く赤色でしょうか。
ヘルメットを被った僕の頭を夏の日射しが連日ジリジリと蒸し焼きにします。作業員全体のあいだに目に見えて疲労が充満していたある日、大成君が大けがを負う事故が起きました。一輪車で農地の土を運んでいた時に地面の穴に落ちて足の骨を折ってしまったのです。除染作業員を狙って掘られた悪意ある落とし穴でした。
「そもそも住民が安心して暮らせるように俺たちは体張って除染してんのに、なんでこんな仕打ちを受けなきゃなんねえんだ。恩知らずどもめ」と、病院で大成君は僕に言いました。会社は大成君に見舞金を払って事を済ませ、警察沙汰にはしませんでした。地元住民と除染作業員のあいだに軋轢が生じていることを世間に知らしめたくなかったのだと思います。
鹿島さんが仕事を辞めたのは僕たちが大成君の復帰を待っているあいだのことでした。急に体調を崩して働けなくなったのです。鹿島さんの体の中にできた悪性腫瘍はさざれ石が巌となるように少しずつ大きくなっていきます。この病は空気と水が恒久的に汚されてしまったこの国の風土病となるでしょう。僕たちの除染作業は焼け石に水でしかありません。最後の夜に焼き肉に連れて行ってくれた鹿島さんは、人間なんかに負けねえで頑張れと僕に言いました。「頑張ろう」のスローガンはもう聞き飽きていたはずなのに、僕は鹿島さんの前で子どもみたいに泣きました。
部屋に住むのが一人だけになると夜遊びに誘ってくれる人もいません。君のことを考える時間が増えました。日出づる国の美術館で君の写真を最初に見た時、僕はすぐさま君に対して憧れを抱きました。薄明の王国が攻め滅ぼされたのは僕たちが弱かったからだ、これからは君のような勇敢で強いヒーローになって生きていきたい、と思ったのです。でも、いくら自分を犠牲にして地球を救っても君は最後まで人間にはなれません。人類にとって、ロボットの君は彼らの繁栄を守るための道具でしかないのです。日出づる国の人びとの役に立つと信じて働いてきた僕が彼らの一員になれる日もたぶん来ないでしょう。あなたも立派な皇国臣民ですなどとうそぶきながら、腹の底では誰一人として僕を自分たちと同じ人間だと認めようとはしません。強烈な光がよそ者の僕を容赦なくピンポイントで照らし出し、他の人たちと峻別します。僕は光が怖くてたまりません。
薄明の王国を滅ぼし、皇国精神で妖精たちを押し潰した日出づる国の残酷な陽光。無数の蛇のようにうごめき、君の金属のボディを呑み込んだ太陽の紅炎。かつて日出づる国の二つの都市に住む人びとを溶かし、家々を焼き尽くした原子爆弾のあの閃光……。次から次へと頭に浮かんでくる禍々しい光のイメージから逃れようと僕は夜の中へ飛び出しました。
この地域は道路沿いに照明がほとんどないので夜道は真っ暗です。闇は深く、自分の手の平さえ見えません。でたらめな方向に早足で歩くと冷たい夜気がシューシューと音を立てて僕の火照った脳を静めます。
すぐ近くで、不意に女性の声が聞こえました。
「あんた、除染作業員だね」
「作業服着てなくてもニオイで分かんのよ。くせぇ、くせぇ」と別の女性の声が言いました。
「覚悟しらんしょ!」鋭い声が四方から一斉に飛んできて、僕は彼女たちにすっかり取り囲まれていることに気づきました。
日出づる国の中にも薄明はあるのでしょうか? この国のどこを見ても、目が眩むような光と漆黒の闇の二つしかないように感じます。白か黒か、敵か味方かのどちらかに分類しなければ人びとの気は済まず、薄明の優しさと想像力が入り込む余地はありません。憎悪のこもった拳を体じゅうで受け止めながら、僕は自分が彼女たちに心から憎むべき敵と見なされていることを知りました。
アッパーカットが顎を打ち砕き、僕の体は仰向けに宙に躍り上がりました。縫いつけた舌が口の中で潰れて血の味がします。これで僕が妖精だと知られる手がかりはもう何一つありません。彼女たちが憎しみを向けた相手は除染作業員としての僕であり、妖精としての僕ではない。そう考えるとすごく穏やかな気持ちになりました。作業員のマスクの裏に隠した本当の自分は誰にも否定されることなく無傷のままです。
目の前には満天の星が広がっています。こんなにたくさんの星々に囲まれるのは薄明の王国で暮らしていた頃以来のことです。僕は目をキョロキョロさせて君の姿を探しました。君と一緒にジェットの限り空を越えていけたなら、どんなに幸福でしょう。

2017年2月4日公開

© 2017 藤城孝輔

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"鉄腕アトムへの手紙"へのコメント 7

  • 投稿者 | 2017-02-17 07:10

    特徴付けるような台詞らしい台詞もなしに登場人物が増えていくので読みづらかったです。
    読みづらかった故にオチを見てもフーンで終わってしまいました。
    性器の傲慢の読みやすさわかりやすさが懐かしいです。

  • 投稿者 | 2017-02-19 15:57

     綺麗な文体で読みやすかったです。マシンガン日出づる国(11回)は気になりましたが、僕もガトリング妖精51連発でした。ギネスに連絡しておきます。
     出題テーマを利用して、とても重たい問題を扱っていると感じました。侵略を受けた国。同化を求める侵略者。正体を隠す被差別者。現実に存在する根深い問題ですよね。しかし、現実的であるがゆえに、やはり妖精である必要性が薄く感じられてしまったことも事実です。妖精という単語は本文には4回しか出てきません。ならば隣国の国民の話でも良かったのではないでしょうか。単語数はどうでも良い問題なのですが、妖精というテーマである以上、人間とは違う何かがあって欲しかった、というのが素直な感想です。
     また、アトムを「僕」と同じように、人間と認められない存在として重ねているように読み取ったのですが、人間を愛し命を賭して地球を救ってくれたアトムと、人間になることを拒絶した「僕」とでは、憧れとは言えギャップが大きすぎるのではないでしょうか。

  • 投稿者 | 2017-02-22 03:49

    人間と妖精の不幸な関係を見た上で、人間の作った漫画であるアトムに憧れる妖精の描写は美しくもあるがグロテスクさを感じた。
    「大日本帝国」のイメージが時々出てくるが、単に同化のステレオタイプ描写としてなのか、それとも本当に一種の侵略があったという描写なのかどうか気になる。野暮だろうか。

  • 投稿者 | 2017-02-23 00:53

    • 投稿者 | 2017-02-23 15:08

      コメントの記述に失敗したようなので再送しています。

      原発との対比として繰り返し触れられるアトムの明るく力強いイメージと、重たい現実、そして地域住民の冷たい目が、とても切なくて、日本社会の縮図のような空寒さを感じさせます。

  • 投稿者 | 2017-02-23 15:59

    この作品は原発の主張や認識に対して、《中立》になるように配慮してある。今回の他の合評会参加作のような原発や放射性物質に関する安易な扱いがなかった。そこがGOODだ(゚∇^d)
    でもそれだけではまだ物足りない。日出づる国や薄明の王国の設定や物語が退屈だった。エンタメに特化するか、社会風刺に特化するか、どちらかすべきだった気がするなぁ。
    星4.4個

  • 編集者 | 2017-02-23 18:06

    作品単体での完成度では群を抜いている。文章力・構成力・描写力どれをとっても頭2つほど抜けている印象。

    ではあるが、テーマありきの合評会用の作品と考えると、素直に評価することの難しい部分もある。本作の主人公には、妖精であることの必然性が乏しい。妖精以外の何かを代入しても充分に成立する話であり、妖精ならではという要素が弱く感じられた。
    また、虐げられた弱者の側を妖精というイメージに重ねるのはあまりにステレオタイプであり、障碍児を「天使」と呼ぶのにも似た逆差別的な歪んだ正義を覚える。それが意図的な諷刺であるならば構わないのだが、そうは読み取れなかった。

    いずれにせよ作品自体は非常によくできており、テーマを設けないシンプルな小説コンテストであるならば高く評価していた。

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