気まぐれヤギさん

二十四のひとり(第7話)

応募作品

Fujiki

小説

4,018文字

作品集『二十四のひとり』収録作。合評会2017年06月(テーマ「気づいたら家畜と入れ替わっていた」)応募作。

最初は共同売店の徳三とくぞうさんだった。ピーマン農家のハル婆さんが週に一度の買い物に来てみると店の前の路肩で雑草をんでいた。ハル婆さんが彼を抱き起こそうとしたとたん、徳三さんはメエエエッと威勢よく鳴いて跳ねまわった。彼の黒目は横に細長く変形し、太陽の下では虹彩が琥珀色に光って見えた。

県立病院に連れていっても完全に正気を失っているということしかわからなかった。黒目の形が変わった理由も不明だ。高齢者の夏風邪が流行していてベッドに空きがなく、徳三さんの面倒は息子夫婦が自宅で見ることになった。息子夫婦は徳三さんを共同売店の二階に一人で住まわせておいて都心に自分たちのための分譲マンションを購入したばかりである。ローンも二十五年ぶん残っている。ようやく実家から独立できたとたんに介護が始まるなんてどうすればいいのだろう。夫婦は深刻な顔をして夜中まで話しあった。だが、親の介護に対する二人の不安はただの取り越し苦労だった。翌朝には夫婦ともどもメエエエッと鳴きながら仲よくリビングの古新聞にむさぼりついていた。

他にも町議会議員の宮里先生とトマト農家の政吉せいきちさんと小学校教員の陽子先生が同様に発症した。徳三さんを最初に発見したハル婆さんもほどなく子どもや孫ともども発症した。風馬ふうまのクラスでは大輔と祐太とみどりと静香の家が全滅だった。風馬は大輔と通学路が一緒なのだが、ある朝門から彼の家をのぞくと大輔のお母さんが庭の植え込みに顔を突っ込んだ姿勢で脱糞していた。小豆大のコロコロした糞の粒がひざ丈まであるスカートの中からパラパラと落ちてきた。ノーパンかよ! と風馬は思ったが、スカートの内側を想像してもいつものようには勃起できなかった。それよりも、大事に育ててきた植え込みの花を一心不乱に食べる中年女の姿が憐れに思えて仕方なかった。憐憫と恋愛が別物であるように、同情と欲情は両立しないことのほうが多い。糞が一粒門の外に転がり出てきたので、おそるおそるつまみ上げて鼻に近づけてみた。悪臭はなかった。小学生のころに学校の飼育小屋で世話をしたウサギの糞に似ていた。指の腹でつぶすとほろほろと崩れ、ただの土くれになった。

発症する生徒や職員が急増したため、奇病の原因が特定されるまで高校は休校になることが決まった。クラスメイトは皆完全にビビっていて自宅から一歩も出ようとしない。日がな一日ユーチューブを眺めるか、ネットに投稿する自己満足の小説を書いて過ごすつもりなのだろう。彼らの場合、もし発症しても自分が発症したと気づくことさえないかもしれない。彼らの人生は家と高校とネット上の往復で完結し、群れの外に出ることは決してない。富や名声といったお決まりの夢を頭の隅に巣食わせているが、やりたいことや好きなことがあるわけではなく、現状の自分が何かの偶然により世間に注目されることで成功できると信じている。個性的な自己を演出して上に登ろうとする彼らの仕草は一様に没個性的であり、リスクを冒さない彼らの家畜的人生はあくびが出るほど退屈だ。

風馬は奇病の原因に心当たりがあった。先週の日曜日、公民館で開催された七夕祭りにおいて青年会の人たちがヤギを何頭かつぶして山羊汁と刺身にして振舞った。発症した人びとが祭りに参加してその料理を食べていたことを風馬は記憶している。一番疑わしい食材はもちろんメインディッシュに用いられたヤギの肉である。ヤギ肉は独特の強烈なにおいがあるため、風馬はビールだけ飲んで食べ物には手をつけなかった。その場にいた他の連中は多かれ少なかれヤギ肉を口にしたように彼には思われた。平気な顔で豪快に頬張ってビールで流し込む者もいたし、面白半分でおそるおそる試す者もいた。風馬の近くにいた同じクラスの男子たちは「マジくっさ!」と大声で騒ぎながら互いに無理やり食べさせあっていた。

日中にしては人気ひとけのない町を歩き、風馬は町内会長の仲村さんの邸宅を訪ねた。このあたりの大地主である仲村さんは自宅の裏手に畜舎を設けてヤギを百頭ばかり飼っている。仲村さんのところでも一家全員が発症しており、忍び込むのはたやすかった。広い庭では四十過ぎになる仲村さんの長男がメエエエッと嬌声をあげる奥さんの上にまたがり、畜舎の前では仲村さんがいかにも資本家らしい太鼓腹をあおむけにさらして日向ぼっこをしていた。風馬は堂々と彼らのそばを通り過ぎ、生後七か月くらいの小ぶりのヤギを三頭ほど麻袋に詰めて海辺に運んだ。麻袋を背中に担いだ彼を途中で見咎める者は誰一人いなかった。

2017年6月1日公開

作品集『二十四のひとり』第7話 (全24話)

二十四のひとり

二十四のひとりの全文は電子書籍でご覧頂けます。 続きはAmazonでご利用ください。

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© 2017 Fujiki

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"気まぐれヤギさん"へのコメント 2

  • ゲスト | 2017-06-18 07:10

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  • 編集者 | 2017-06-22 13:09

    前半における家畜化していく社会の描写が印象的である。人々がヤギさんに変わっていく様子が淡々と描写されているのが良い。明日近所の4分の1が、更に明後日には近所の3分の1が家畜になったとしても、こんな感じで淡々と受け入れられるかも知れない。ヤギさんになっても地域社会の緩やかな関係が続いているように読み取ったが、それをまず破壊するのは主人公。ヤギさんと人はやっぱり別なのだ。

    後半の家族描写は前半との繋がりが薄く思えたが、(ヤギ肉仮説を確かめたいのもあるのだろうが)家族との関係などに振り回されてきた主人公がこの機会に他人の運命を左右し、始めて人間関係に勝利した、と読めば何か繋がる気がする。最後の一文が素晴らしい。

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