1.ゴキブリ
宇宙は原始時代とそう変わらない。星々は共通言語を持たず、異星人同士が共存する上でのルールを定める法律もない。限られた資源は強き星が弱き星から奪うことが当然のならわしだった。
僕たちが滅ぼしたセオハヤミ星もまた、他の星の餌食となる運命にある弱き星の一つだった。僕たちは国連政府が設置した街頭テレビで、軍が彼らの核兵器開発施設を機能停止させて発電所を制圧するのを見た。屈強な兵士たちが彼らの王女を強姦し、ナイフで喉を切り裂くのを見た。喉笛から冷気とともに血が噴き出して王女の顔に赤い霜が張ったとき、街角に立ってテレビを見つめていた人びとは一斉に歓声をあげた。強姦は地球人の完全なる勝利を僕たち自身とセオハヤミ星の人びとに理解させ、無益な戦闘を長引かせないために必要な外交上の方便であった。
セオハヤミ星人は、外見は僕たちとそう変わらないものの、僕たちと違って血液が非常に冷たい。体内で循環しているあいだは圧力がかかっているため液体のままであるが、大気に触れたとたんに氷結する。それは単なる身体的特徴の違いでしかないが、僕たちが彼らに感情移入することを妨げるには十分だった。僕たちの言語において「冷たい血」は「冷血漢」を意味する。僕たちの多くは、地球人と見た目の変わらない彼らを害虫のように毛嫌いし、彼らを一人残らず絶滅させない限り気が休まらないと思っていた。共存なんてもってのほかだ。子どもたちの中には、軍が冷血非道な悪党どもをやっつけたのだと教えられた者もいるだろう。
王女には妹が一人いた。名前をオリガという。軍は王宮をくまなく捜索したが、オリガ王女の姿はどこにも見つけられなかった。恥辱を避けるために王宮の近辺で自害して側近が遺体を隠したのだろうと国連政府は発表した。だが人びとの関心は王家の次女の生死よりも、地球の人口の半分が移住可能な植民地を確保できたことのほうに集中していた。これで全家庭への電力供給が再開されるだろう。自宅のシャワーからは再び熱い湯が出て、外に出なくても家でテレビを見られるようになる。食糧不足で貧民階級の人間が餓死することもなくなるはずだ。
「やったあ! これで人類も当分のあいだは安泰ね」
僕の報告を聞くと、母さんは満面の笑顔になってそう言った。母さんは五年前に目が見えなくなって以来、ほとんど家から出ずに暮らしている。僕が毎日庭先でお湯を沸かしても、お風呂に入ってくれるのは一週間に一度程度だ。僕から伝え聞く星間戦争のニュースが彼女の数少ない娯楽の一つだった。
「でも、ひどい光景でとても見ていられなかった。軍は今回、ちょっとやりすぎなんじゃないかな?」と僕は言った。
「あっちだって地球を滅ぼそうと核爆弾準備してたんでしょ? こっちから仕掛けなきゃ逆にやられてたかもしれないんだから、仕返しされないように徹底的にやっつけておいたほうがいいの」
「そりゃそうだけどさ……」
「ほら、ゴキブリだって出てきた一匹を殺すだけじゃダメで、家じゅうにバルサンかけないとすぐに数を増やして戻ってくるじゃない。その逃げた王女とやらも、ちゃんと死んだってことを確かめないと子どもをポコポコ産んで反撃してくるかも」
「オリガ王女は、まだ十歳だよ」
「十歳なら人によっては子どもを産む準備が始まる年齢よ! あっちの星の連中はどうだか知らないけど」
よたか 投稿者 | 2017-10-19 19:18
本当に誰も悪くないのか疑問は残りますけど、素敵なお話にまとまっていると感じました。
ただ、オリガを送り出した男の過去の話は必要あったのでしょうか?
伏線としてポッドに何かを仕掛けてたりするのかとも思って期待していました。
あとは〝セオハヤミ〟のその後が気になります。
縹 壱和 投稿者 | 2017-10-20 21:32
「誰も悪くない」というテーマに対して、「良い人はいない」「誰も本当に悪くないのでは?」と思わせる作品で、逆説的だなと思いました。
また、謎や分からないところもありましたが、そこが作品の独特の雰囲気を生み出しているのかなと思いました。
斧田小夜 投稿者 | 2017-10-20 23:45
セオハヤミの冒頭のような世界観説明素敵ですね〜。こういうのかけるようになりたいと思います。たぶん頭のなかにはしっかりとした構想があるのだと思いますが、整理しないままかきやすいところから書いてしまったという印象を受けました。
高橋文樹 編集長 | 2017-10-25 20:11
人間が悪かったので、テーマに沿っていなかった。ハードSFとしてはよくできてたので、星三つ。