ランの花は脚を広げた蜘蛛を思わせた。白い花びらの下地に赤紫色の繊細な線が何本も放射状に広がっている。花の上にアゲハ蝶が静かに止まり、翅を閉じたり開いたりしていた。洋平は影を落とさないようにそっと近づいて花に両手をかぶせた。大きな手の中で蝶は激しく翅をばたつかせる。洋平は迷った。そのままにしておいて蝶が疲れておとなしくなるのを待とうか、それとも手の中に包んだ花もろともつかみ取ってしまおうか? 落ち着くのを待っていたらそのあいだに蝶はぼろぼろになって死んでしまうかもしれない。かといって、花を摘んでしまうのは惜しい気がした。一度摘み取ると次の花がなかなか生えてこない品種なのだと絲子が以前言っていた。
結局どうにかして手の中からランの花だけを出すことに決めた。うっかりすると広げた手のすきまから蝶が飛んでいってしまうだろう。蝶は相変わらず洋平の手の中で暴れていた。
まず洋平はそっと手のひらをすぼめて蝶の動きを封じた。そうしておいて手首のほうから柔らかい花弁を少しずつ抜き取っていった。手はちょうど合掌をしているような格好になった。手のひらに挟まれた蝶が胴をよじらせるのを洋平は感じた。指のあいだからは黒と薄い黄色のまだら模様の翅がはみ出していた。
"手の中の蝶"へのコメント 0件