創世の恋人たち

二十四のひとり(第18話)

応募作品

Fujiki

小説

4,092文字

作品集『二十四のひとり』収録作。合評会2018年02月(テーマ「エロとホラー」)応募作。

宏海が最も醜く見えるのはセックスの直後である。だらしなく弛緩した裸身はあおむけに横たわり、突き出た下腹を恥ずかしげもなくさらしている。乱れた髪の毛は汗で顔に貼りつき、不承不承なめまわした肌は唾液が乾いて変なにおいがする。濡れた陰毛をつたって愛液がシーツを汚すのを放っておいて、彼女はただ天井を見上げてふうふうと苦しそうな呼吸を繰り返すばかりだ。こんなおぞましい肉塊につい先ほどまで体を接触させていたと思うだけで、体の奥から喉もとに苦味がこみあげてくる。洋平がすぐに背を向けて寝たふりをするのは、彼女に対する生理的嫌悪を悟られないようにするためだ。

排卵日の時期になると宏海はセックスを要求した。リアリストを自称する彼女の人生計画では、三十五歳までに一人っ子を産み、夫が定年を迎える前に必ず大学を卒業させることになっている。洋平が仕事を辞めない限り、計画に狂いが出る心配はない。洋平の勤務先が名の知れた総合商社であるという事実は、宏海がそもそも彼との結婚を決めた大きな理由だったのだろう。だからこそ彼が脱サラして水中カメラマンの仕事に挑戦してみたいと何気なく口にしたとき、彼女は顔を真っ赤にして反対したのだ。気がつけば、洋平が結婚前に買い集めた一眼レフや撮影機材は一つ残らずメルカリで処分されてしまっていた。

毎月、洋平は萎縮ぎみの自分自身を無理やり奮い立たせて種馬としての務めを果たした。宏海は夫を鼓舞するそぶりさえ見せず、死んだマグロの姿勢で指示を出すだけだ。うるさそうに目をつぶり、彼の顔を見ようともしない。どうやら結婚を境に彼女はいっさいの性的探究心を失ってしまったようだった。入試を突破したとたんに参考書を捨てて読書すらしなくなる大学生にどこか似ていた。洋平は、かつての妻の媚態を脳裏に思い浮かべた。映画館の暗闇の中で口づけを求めてきた宏海。車の助手席に座り、運転中にズボンの中に手を入れてきた宏海。ヒ・ロ・ミ。その名前の響きを耳にするだけで以前は胸が高鳴ったものだ。おぼろげに打ち寄せては引いていく思い出だけが、彼が絶頂に到達するための唯一のよすがであった。

その《ビッグ・バン》が起こったのは、洋平がいつものように宏海の太鼓腹の上で記憶の糸をたぐっている最中だった。最初の異変は、洋平が二十代の宏海の真っ赤な乳首を頭の中に思い描きながら彼女の黒ずんだ乳首を吸っていたときにやって来た。いつもならあえぎ声の一つすら出さない彼女が突然「うぐぐ……ぐがぐが」と尋常ならざるうめき声を発した。様子が変だと思って胸から顔を離すと、ふだんは微動だにしない宏海の腹部が動きはじめた。皮膚のすぐ下で、小魚くらいの大きさの塊がぴちぴちと跳ねまわっている。洋平は体を引き離そうとしたが、収縮した膣がペニスの根もとに吸いつき離れない。彼女は首をもたげて自分の腹に目を向け、動物園の猿みたいな叫び声をあげた。彼はペニスの根もとを両手でつかんで引き抜こうともがきながらも、彼女の腹の内側を縦横無尽に暴れまわる塊から目を離せなかった。

塊はすぐに両腕で抱えられるサイズに成長し、さらに激しく腹の中で躍り狂った。パンパンにふくれあがった腹の皮膚に赤い線が何本も走った。胴体は水風船に似た球体に変形し、今にもベッドから転がり落ちんばかりだ。宏海は白目をむいて意識を失った。汚水が下水管を走るような音がしてピンク色のあぶくが口と鼻の穴から吹き出した。皮膚がひび割れ、赤い肉が顔をのぞかせた。洋平は「あわわわわわわ」と言葉にならない声を発し、妻の子宮の中で失禁した。膣の締めつけは、ますますきつくなる一方だった。

2018年2月15日公開

作品集『二十四のひとり』第18話 (全24話)

二十四のひとり

二十四のひとりの全文は電子書籍でご覧頂けます。 続きはAmazonでご利用ください。

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© 2018 Fujiki

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"創世の恋人たち"へのコメント 6

  • ゲスト | 2018-02-16 20:12

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  • 投稿者 | 2018-02-17 00:55

    これは宏海の子宮の中で展開する物語なのでしょうか。子を産む道具となり果てた情けない我が身と見苦しい子産みマシンの妻。味気ないセックス。昔は惚れていた女の内部に棲みついて、妻の亜種のような幼女と睦合うも、小梅の小悪魔的な官能も結局は種馬の能力を引き出すための方便…
    男は子を産むための道具的な世界観は陳腐なものですが、そのためにこれほどまでの妄想を必要とする男なる生き物とは何なのだろうと思いました。エロとホラーというテーマを見事描いていると思います。

  • 投稿者 | 2018-02-21 21:44

    ビッグバンの瞬間にサキュバスにすり代わられて精魂尽き果てるまで吸い尽くされるということなのかと自分なりに定義してみましたが、小梅という名前が秀逸でレッド・スカルのようなものを想像してしまいました。セックスの直後にパートナーが醜く感じるというのは共感できました。男はダメな生物です。

  • 投稿者 | 2018-02-21 21:48

    藤城さんにしてはあまり筆が冴えてないな、と思ってしまいました。エロとホラー、というお題に対してお得意なはずの肉感の表現が乏しいように感じました。お話の流れもわりと非現実的で、それこそニンフに惑わされて男性側からそのあっという間の経過を描いたのか、というようにも取れましたがどうにも藤城さんがお持ちの独特なリアリティに欠ける気がしてしまいました。ファンタジー、とも言い切れない感じがまた歯がゆいです。しかしやはり随所に光る表現がありますね。

  • 編集者 | 2018-02-22 14:25

    エロもホラーも兼ね備えている。セックス最中の本来「都合が悪い」感情描写も避けていないのがホラーに加点されている。ただビッグバンと呼ばれる強烈な現象が起きた割には二人の中で話が閉じすぎているように思う。ミニバン?

  • 編集長 | 2018-02-22 15:24

    おまわりさーん! 児童ポルノです!
    という冗談はさておき、村上龍的な細部描写がさえた良品であった。作者によるロリコンの才能(?)があれば、より冴えた作品になったように思う。

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