Sガワで逢いましょう

二十四のひとり(第17話)

応募作品

Fujiki

小説

4,299文字

作品集『二十四のひとり』収録作。合評会2019年01月(テーマ「犬小屋のような部屋に本がたくさんある」)応募作。

ウィリアム・ギブスンは嘘つきだ。

チバ・シティは決して闇組織が暗躍するハードボイルド電脳都市などではない。総武本線の各駅停車を降りるとシティの名にすら値しないヴィレッジ、いや荒れ地ウェイストランドが広がっていた。

あるいは降りる駅を間違えたのかと思わず自問せずにはいられない荒廃。そこそこ文明的なMハリのすぐ隣に何かの間違いのように口を開けた混沌のエアポケット。近代秩序に見放された最も身近な辺境。それがSガワだ。

Synchemシンケミ」の通称からもわかるとおり、ここにはかつて某社の合成化学薬品工場があった。厚生労働省の認可を得てここで生産されていた朱鳥アカミトリは、ケイスケも含め国内労働人口の五割以上が使用していた安価で依存性抜群のアッパー系ドラッグだった。不眠不休でもまったく疲労を感じることなく、朝目覚めたばかりのように爽快な気分になれるのが売りだった。ところがあるとき、三か月間連続で残業中だったアカミトリ漬けの外国人実習生の不手際から揮発性の有毒物質が拡散し、ここは死の街、いや村、いや荒れ地と化した。避難指示はとっくに解除されたが、人気ひとけはほとんど戻ってきていない。それも当然だろう。国から補償金をもらえたら、誰だってこんな肥だめシットホールに戻りたいとは思うまい。あれ、シットホールは糞便が出るほうの穴だっけ?

宿酔の痛みが暴れまわる頭で考える。自分は何しにここへ来たのだろう? 押しつぶされそうなほど低く垂れこめた雲が思考をいっそう鈍化させる。なじみの土地を死んでも離れない保守的な死にぞこないたちが障子戸の破れ目からよそ者を監視している。不信のまなざしが内臓を収縮させる。何か、あるいは誰かの腐敗臭が鼻を刺す。

ああそうだ、おれは死に場所を探していたんだ。ケイスケは目的を思い出し、すっくと背筋を伸ばした。

2019年1月19日公開

作品集『二十四のひとり』第17話 (全24話)

二十四のひとり

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© 2019 Fujiki

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"Sガワで逢いましょう"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2019-01-21 22:44

    ハードボイルドな冒頭から、段々と純文学っぽい内省的な文体となっていく展開が面白かったです。

    個人的な好みでしかないのですが、ハードボイルド感で突っ切って欲しかったというのが正直なところで、少し物足りなさを感じました。

  • 投稿者 | 2019-01-24 22:06

    死の臭気が漂う廃墟の街。先延ばしの先延ばしの果てに、男は無事に(?)死ぬことができるのか。
    今回のテーマをうまく料理した感じがする。この文字数にこれだけの情報量を込めて、構成も緻密に錬られ、しかもしつこくならずに読者を引き込む物語にしてしまうのはさすがです。
    いくつかの細かな疑問点。。
    続く箇所でSガワについて詳しく説明しているので、Sガワに来たのはわかっているはずなのに、「あるいは降りる駅を間違えたのか?」というのはわざとらしいのでは。
    ホットスポットのせいとはいえ、息子の命を奪うほどの有害物質がシンケミから飛散しているなら、大人とはいえ彼も他の人たちもとうに死ぬか死にかけているのではないか? わざわざシンケミで首を吊るだろうか? そして、この地を死に場所に選ぶことがなぜ息子の命を奪った工場への復讐になるのか、というのが分かりにくかった。それと、全体の雰囲気からして「アダモちゃん」は唐突ではないでしょうか。
    最後の最後、犬の視線の描写で、小説の視点がふっと彼の主観から離れ転回するような感触がある。そこがなんとも言えず鮮やかでいい。

  • 投稿者 | 2019-01-25 13:57

    「シンケミ」とか、上手いなあと思いました。シンケミなら、ある意味ニューロマンサー感はあるかも、とか思ったりも。小説が書けなくなる人間の心理がとてもリアルに感じられる描写でした。人が見て見ぬ振りをしているような心理を平然と暴いて晒すような書き方だと思いました。回想や内省がメインで展開があまりない上に、全く希望が見えてこない話なので、なかなか辛いお話でしたが、「ひとりの人間を書く」ということに対して、とても勉強になりました。

  • 投稿者 | 2019-01-26 20:26

    転職と信じていた小説が書けなくなって死に場所を求める、犬が彼を導いて廃墟と化した小説家の部屋に入る。この犬は何人もの人間を導いたのだろうか。この部屋にいるだけで死への誘惑に駆られる、朽ちた本が山積みの部屋。埃と体液と化学物質が臭ってくるような描写です。話としてはこれで十分でシンケミとかケミカルは要らないんじゃないかと思いました。

  • 投稿者 | 2019-01-27 14:49

    ケイスケのかなり乾いた内省と、荒廃した町のグロテスクなまでの描写。対比が面白いです。
    物語の案内役のような犬の登場で、読んでいる自分も否応なしに作中へ引きずりこまれていくような感覚になりました。
    つらいお話ですが、さすがの巧みな文章、表現に最後まで引っ張られていきました。終わり方も見事です。

  • 編集者 | 2019-01-28 13:15

    ケミロマンサーだ。文句はない。主人公へのアドバイスとして、犬を少し撫でてあげてその後ジャブジャブ手を洗ったら少しは気が晴れるんじゃないだろうか?

    ところで、もしかしてこれ、インタビュー前の電車の中で俺が話した煤煙の……いやあれはIカワ辺りで話したから別か。と言うか全部フィクションか。俺が見ているのは全部幻影なんだ。記憶を弄られている。

  • 投稿者 | 2019-01-28 20:20

    「ケイスケが何かの気まぐれのように結婚したのも同様の自己韜晦が目的だった。相手は常識人であるだけが取り柄の凡庸な女だ。」

    という文章がとてもよかった。私も結婚をある種の諦めだと思っているのでイカれた自分をコントロールしてくれるならもう誰でもいい、と思う節があるのでとても共感。

    結婚の凡庸さと、その凡庸さのツケのような事故、そして彼もまたとことん凡庸なのである。

    「屹立した男根のようにピンと空を指す尻尾を追う彼の姿は、何も考えずにツアーガイドの手にした小旗について回るだけの意志薄弱な団体観光客に似ていた。」
    という文章がなんとも悲壮で、良い。
    それにしても情景描写が流石にうまいし、
    「かつては世界が変わるほどの衝撃だったウィリアム・ギブスンの言葉は、さらさらと皮相を滑り落ち、朽ち果てた畳の目に吸い込まれていった。」

    という一文も良い。良いとしか言ってないのだが、良いものは良い。

  • 投稿者 | 2019-01-28 23:37

    表面にこびりついた汚物を書かせたら天下一品かもしれない。ガシガシをこすって汚れを削り落として、匂いを嗅ぐ。臭いが病みつきになる。適度な粘り気と湿度、ホコリの大気密度。ケミカルパンクのチバシティは炎上寸前。

  • 編集長 | 2019-02-26 18:51

    開かれた作品ではないと感じた。

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