盲人の寓話

二十四のひとり(第11話)

応募作品

Fujiki

小説

4,415文字

作品集『二十四のひとり』収録作。合評会2018年07月(テーマ「明日世界が確実に滅びるとして」)応募作。
画像:『盲人の寓話』ピーテル・ブリューゲル1世、1568年、カポディモンテ美術館所蔵。

 

知らない指が首筋をつたうと勝手に涙があふれた。悲しいわけじゃない。心のよどみを押し流し、清流を運ぶ静かな涙だ。目隠しをした彼は私が泣いていることに気づかない。ひとかたまりになって動く細い十本の指は昆虫の脚のようにもぞもぞと肌の上を這いまわり、未知なる女体を一生懸命探っている。彼もまた目隠しの下で涙を流しているのだろうか? 初めて女を抱く喜びに胸をうち震わせながら? そんなこと、もちろん私には知るよしもない。二人ともお互いの体を使って自分を慰めるのに手いっぱいで、相手を見る余裕すらない。最後の瞬間を共に過ごすには最適な相手だ。

教祖の死刑執行がなければ、タカシと会うこともなかっただろう。かつてこの国を震撼させた大事件を起こしたカルト教団の教祖が今日、ついに絞首刑になった。

「神の御子たる私を処刑すれば神の逆鱗に触れ、日本時間の明日午前零時、グリニッジ標準時の本日午後三時に世界が滅亡することになる」それが教祖の最後の言葉だった。

私は待合室の音を消したテレビで死刑執行の報道を見た。テレビではどの局も朝から特番を組んで死刑の進行状況を伝えていた。新情報が入ってくる合間には、数十年前に教団が起こした事件のあらましを第一線を退いた小遣い稼ぎの名誉教授が解説し、人権派弁護士が口角泡を飛ばして海外と日本の死刑制度の違いを熱弁し、自称社会学者の院生が若者代表の冷笑的なコメントで水をさす。話の内容を聞かなくても顔ぶれを見れば番組の主旨は一目でわかった。教祖の言葉は顔写真と一緒に派手なテロップで繰り返し表示され、テレビの前ではものもらいになった娘の付き添いで来ていた母親が飽きもせず画面に見入っていた。

受付に座っていた私には、教祖がごていねいにもグリニッジ標準時まで言い添えたことがいつまでも引っかかっていた。全世界に向けた人生最後の渾身の予言だったということである。あるいは本当に明日世界が終わるかもしれない。宗教とカルトの違いなんて信者が多いか少ないかというだけのこと。自分の信じた宗教、あるいは無神論という名の信条が正解だったかどうかなんて、本当は死んでみなくちゃ誰にもわからない。とりあえず希望を託して馬券を買うようなものだ。まさかの大穴も理屈の上では十分に起こりうる。

万が一今日で世界が終わったらいろいろ後悔しそうなので半休を取りたいのですが、と昼食時間に私は目取真めどるま先生に相談してみた。この目取真眼科は目取真先生が唯一の医師で、奥さんが会計を行う個人経営のクリニックである。私は奥さんと交代で受付を担当するパートタイマーだ。

2018年7月15日公開

作品集『二十四のひとり』第11話 (全24話)

二十四のひとり

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© 2018 Fujiki

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時事問題

"盲人の寓話"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2018-07-28 10:10

    弱視の教祖、目取真眼科、青年との目隠しプレイ、根拠なき予言に対する盲信など、終始盲人のモチーフを色濃く反映していて、各エピソードのバランス配分に上手さを感じさせられました。「肝心なのは最期の瞬間に誰かといることだ」という語り手の言葉が際立つ展開だったと思います。その相手がマッチングアプリでとんとん拍子で見つかる手軽さと、一度は電話してみたお母さんの存在もあるので、最期は「知らない誰か」と一緒にいることが肝心なんだということを強く言ってもよかったような気もしました。

  • 投稿者 | 2018-07-28 23:49

    他の作品がおおむね、みんなが世界が滅びることを知っているのに対し、主人公だけがそれを知っているのですね。それを確信する根拠が「予言者は昔から盲目と決まっている」からなのか、主人公の「統合失調症」がそれを嗅ぎつけたのか。あまり説得力を感じませんでしたが、「世界が確実に滅びる」ことがお題である以上、そこはあまりこだわらないことにしました。

    最後の瞬間に見知らぬ人といることを選択することに、深い孤独を感じました。その上、目隠しして盲目状態となり相手を見ない。自分の感覚だけを冴えわたらせておくのがますます寂しい。童貞の内気な青年がいきなりSMプレイを要求するのにちょっと戸惑いましたが、目隠しをするためだったのですね。目隠しを取って相手をきちんと見てわずかに愛着を持った瞬間に終わりが訪れるのは、意地悪なのか救いなのか。余韻の残る作品でした。

  • ゲスト | 2018-07-29 10:50

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  • 投稿者 | 2018-07-29 13:15

    眼が見えないことを一貫していて、人が世界と、あるいは人と、触れ合いコミュニケーションするのには、目で見て捉える必要はないのだな、と思いました。盲人で貫かれた話にとても衝撃を受け、あらゆる部分で「目で見て認識する」とは別のモノ・コトバが使われていて構成が徹底されているなと思いました。

  • 投稿者 | 2018-07-29 15:38

    「盲人」というモチーフがさまざまな表現で物語の中に散りばめられ、しっかりとした世界観が形成されていると思いました。ただ、それゆえにお題のテーマが少しかすんでいるかもしれない、という印象です。「尊師」くん、というネーミングは笑いました。

  • 投稿者 | 2018-07-29 17:14

    自分だけが世界の最後を感じ取り、最後の準備を始める主人公。簡単にアプリで相手を探し、家族でもなく、他人と最後の瞬間を共にすることが最良とすることに、女性としても深い悲しみを感じました。大変硬質な文章で、こんな表現もあるのだなと勉強にないました。

  • 投稿者 | 2018-07-31 01:24

    「教祖の処刑」が引き金となり滅亡する世界の片隅で、早漏の男子が童貞を捨てる物語を密度の高い描写で綴る。視点となるのはその相手となる女性であり、彼女の願望はなんだったのか。男子はまあ目的を果たしたので成仏もできそうだが、女は最期に愛するわけでもない男の性のはけ口となるというのがあまりに退廃的で救いがなく、まさに破滅的といえるかもしれない。基本的には時事ネタ。

  • 編集者 | 2018-07-31 05:02

    世界が滅ぶと言う確信、他人との関わり、現象。今回も藤城さんの世界が繰り広げられた。
    特に主人公の統合失調の対外的描写が妙に迫ってくる。テレビの描写も、個人的に親近感がある。

    一連のショーじみた処刑への社会の視線。テレビの描写はまさにそこに迫っている。もっとも、主人公は更に巨大なイベントが起きることを確信しているが。彼女しか知らないので、仕事もセックスも日常の延長の様に個人的描写であり、そこがまたリアリティに繋がるのかもしれない。

    それにしても死刑は嫌だ。死刑そのものもそうだし、周囲日本国民がそれで正義がなされただの法治的だのそんな澄ましたツラして警察24時気取りに眺めているのが嫌だ。俺は、税金が天皇や自衛隊に使われるのは腹が立つが、囚人の飯代になるのは全然許容できる。俺を法務大臣にすれば作中の世界は滅ばなくて済んだんだ。

  • 編集長 | 2018-07-31 15:31

    尊師の予言が的中し、見事復習は果たされると思うと非常に読後感が悪い。また、その予言を信じているのが語り手だけだというのも、設定の妙を活かしきれていない。tinderの右スワイプにリアリティがあったので、私も試してみたいと思う。

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