若者のすべて

二十四のひとり(第23話)

合評会2018年11月応募作品

藤城孝輔

小説

3,984文字

作品集『二十四のひとり』収録作。合評会2018年11月(テーマ「平成歌謡大全集」)応募作。
参照楽曲:「若者のすべて」フジファブリック、2007年(平成19年)。

箱が東京のアパートに届いたのは一周忌を少し過ぎたころだった。送り主は結海ゆうみのお母さんだ。そういえば去年、香典返しが届いたのも実家ではなく東京のアパートだった。きっと箱も芳名録に記帳した住所を調べて送ってきたのだろう。告別式では焼香をあげただけで遺族と言葉を交わさなかったため、僕が結海のお母さんと会って話をしたのは十年前の一度きりしかない。結海の家に遊びに行って夕食をごちそうになった日のことだ。当時は、僕も結海も中学二年生だった。

はこにいれてほかんされていたものをゆうみのへやでみつけたので、そのままおおくりします、とだけ書かれた付箋紙のメモが小包の中の箱のふたに貼られていた。短い文なのに読み返さないと意味が取れなかった。手芸店で売っているような花柄模様のボール紙の箱はかび臭いにおいがした。中に入っていたのは僕と結海が恋の真似事をしていた一年弱のすべてである。手紙、プリクラ写真、映画の半券、僕が贈ったアクセサリーにフジファブリックのCD。それら一つ一つの品々は火花のように心の中ではじけてほろ苦い残像を呼び起こしたが、何よりも懐かしさを覚えたのは何でも箱にしまって整理したがる彼女の癖だった。箱に入れることで、結海は僕たちの時間を完結させていたのだ。

結海は完結していないものが嫌いだった。連載漫画も読まないし、シリーズもののドラマも見ない。食べほうだいの店に行くよりも、きれいに箱に詰められた幕の内弁当を買って外で食べるほうを好んだ。名前に「海」の字が入っているのに、砂浜がきれいな海辺よりもダムを見に行きたがった。

「区切りのないものってなんか怖い。どこまで行ってもそのすべてがわからないわけだし。たとえば宇宙飛行士は宇宙船の中にいる限りは安全だけど、船外には真っ暗な宇宙がどこまでも広がってる。宇宙船の壁っていう区切りが果てしない暗闇から宇宙飛行士を守ってるの。わかる、そういう感覚?」彼女の部屋で二人きりになったとき、結海は僕に訊いた。

わかる気がすると僕は答えた。もちろんさっぱりわからなかった。僕は週刊ジャンプの愛読者だったし、バイキングでお腹いっぱい食べるのも夏の海水浴で沖のほうへどこまでも泳いでいくのも大好きだ。宇宙飛行士? いったい何の話をしてるんだ? あの日の僕にとっては、彼女の話の内容を理解することよりも彼女の柔らかい体を抱きしめ、音を殺して唇を奪うことのほうが最優先事項だった。

2018年11月19日公開

作品集『二十四のひとり』第23話 (全24話)

二十四のひとり

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© 2018 藤城孝輔

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"若者のすべて"へのコメント 7

  • 編集者 | 2018-11-21 17:54

    志村の死も座間事件もショッキングだったのですが、このような物語に昇華されるとは凄いなの一言です。「若者のすべて」が聴きたくなりました。筆力、構成もレベルが高いと思いました。

  • 投稿者 | 2018-11-22 00:06

    ひとつの隙のない完成された物語、大変勉強になりました。

  • 投稿者 | 2018-11-22 02:52

    大好きな曲で、こんなにも素晴らしい小説が読めて幸せでした。自分の元から離れ、手が届かなくなってゆくような、そうしてどこまでも広がる空虚によって圧迫されるような、そんな感覚が「僕」を通じて伝わってきました。
    物語の描写と語り手の心情が結びつけられ丁寧に語られ、構造的に整理した上で説明されているように思いました。それでありながら、叙情的な雰囲気を醸し出しており、唸らされました。

  • 投稿者 | 2018-11-23 23:05

    「若者のすべて」という曲を知らないのです。なので楽曲と物語とのつながりはよく分かりません。ただ、挑発的に時事ネタを使ってくる藤城さんの志はさすがの一言です。
    でも私は彼女の死をここまで猟奇的事件に絡める必要はないように感じました。普通に(というと変だけど)自殺をして、その原因すら分からぬまま、苦しみたくても苦しめないモヤモヤを表現した方がよかったのではと思いました。「完結した」世界を愛する彼女が、「完結することのない」世界にどう絶望したのか迫ってほしかったです。

  • 編集長 | 2018-11-25 09:18

    10年代の印象深い事件、出来事が簡潔にまとめられていた。村上龍的な猟奇性もあり、楽しく読めた。

  • 編集者 | 2018-11-25 11:24

    CDを焼き宇宙に意識が向いていく最後が美しい。人生を読み捨ての本のように例えるのはあの死を良く象徴していると思った。

  • 投稿者 | 2018-11-25 13:53

    『はこにいれてほかんされていたものをゆうみのへやでみつけたので、そのままおおくりします、とだけ書かれた付箋紙のメモが小包の中の箱のふたに貼られていた。短い文なのに読み返さないと意味が取れなかった。手芸店で売っているような花柄模様のボール紙の箱はかび臭いにおいがした。』

    『それら一つ一つの品々は火花のように心の中ではじけてほろ苦い残像を呼び起こした』

    やはり藤城さんの描写はめちゃくちゃうまい。
    私もフジファブのファンであるため、『若者のすべて』を聴きながら本作を読んだが、フジファブリックの真髄はもう届かない青春の残像への憧憬であり、それを見事に表現してるなと思った。
    そして、結海と僕の書き分けも見事である。結海についての、『彼女がいちばん恐れていたのは変化だった。』で彼女の特徴がはっきりと浮き彫りにされている。

    座間の事件に対してのクッションがもう少し欲しかったが、4000字でこれを書ききるレベルは流石としかいいようがない。

    特に最後の描写は格別に美しい。星五つです。

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