桟橋の名を持つバーで

フィフティ・イージー・ピーセス(第36話)

藤城孝輔

小説

2,039文字

作品集『フィフティ・イージー・ピーセス』収録作。

一見いちげんの客に敷居の高い店も少なくない中、フランス語で「桟橋」を意味する店名はよそ者でも入りやすそうな印象を与えた。たとえ長年の知己のように受け入れてはくれなくても、桟橋は旅に疲れた船を拒絶しない。遥か彼方から航海を続けてきた船乗りにひとときの休息を与えてくれる場所だ。

店名の書かれたアルミのドアを開け、暗くて狭い階段を昇ると古い映画のポスターがベタベタと貼られた二階の入り口が目に入る。中は五人座ればいっぱいのカウンター席と、四人がけのテーブル席が一つだけ。古いボトルに積もったほこりとタバコの嗅覚信号が鼻をくすぐった。

奥の壁には古いモノクロ映画のスチル写真が飾ってある。店の名前の由来になった映画で、舞台は第三次世界大戦直後のパリだ。SFとしてその作品を観た当時の人間は今となっては誰一人として生きていない。彼らの暦で二十一世紀の前半に起こった核戦争は人類をすっかり殲滅してしまったのだ。

失われた人類の文明について知るには、仮想現実上に再構築した彼らの街にアクセスするのが一番容易である。放射線量が高い地球への一般航行はいまだに禁じられている。私みたいな普通の市民は太陽系の入り口にある通過ポイントで即座に止められてしまうだろう。その代わり、仮想現実の街ならいつでも自宅からアクセス可能である。地球上にあった主要な都市はあらかた網羅されている。私はかつてシンジュク・ゴールデン・ガイと呼ばれたトーキョーの歓楽街にアクセスした。

ベンチのように連なるカウンター席の端に腰を下ろすとピーナッツの入った皿が無言で目の前に置かれた。店のママも客たちも映像資料から再構築した幻影である。注文のコマンドを発信すれば酒を出してくれるが世間話には答えてくれない。もっともギヨーム星人の体はアルコールに感応しないため、酩酊する感覚は今ひとつ分からないが……。健康リスクを冒してまで人類が酩酊状態を求めた理由を考えながら、私はニートのウィスキーの味覚信号を味わった。

2018年5月1日公開

作品集『フィフティ・イージー・ピーセス』第36話 (全50話)

フィフティ・イージー・ピーセス

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© 2018 藤城孝輔

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