出版社を辞めて県庁で働きはじめてから和馬はモノレール通勤になった。電車も地下鉄もないこの島では一路線しかないモノレールが唯一の鉄道である。ワイルドに時刻表を無視するバスよりも正確に運行し、渋滞に巻き込まれる心配もない。家がある丘の上からは二十分で職場に着く。
モノレールの中で和馬は毎朝車両の右側を向いて立つ。帰りは左側に体を向ける。自宅の最寄り駅が終点なので朝は席が空いているが、あえて座らない。車窓から朝夕同じアパートの部屋を見るのが彼の習慣だった。
その部屋の住人を最初に目にしたのは、和馬が夢うつつで景色を眺めていた朝だった。まだ眠りから覚めやらぬ頭で柔らかいベッドと羽根布団の余韻に浸っていると、線路沿いに建つアパートのベランダで男が三線を爪弾いているのが目に入った。男は三十代くらいで和馬とそう変わらない。着古したTシャツに短パン姿で口にはタバコ。毛深い脚を組んで屋外用のプラスチックの椅子に座っていた。三線のさおを右手で支えているので和馬と同じ左利きだ。ロングステイの観光客というよりは地元の人間に見えた。
次に男を見たのは同じ日の夕暮れだった。三線は外の椅子の上に出しっぱなしにされていた。レースカーテンこそ引かれてはいたものの、蛍光灯のついた部屋の中は丸見えだった。男は窓に面した机に向かい、ノートパソコンの画面をにらんでいた。背後には合板の本棚に収まりきらない本が床に幾山も積み上げられていた。つり革にぶら下がっていた和馬の目には部屋から漏れる青白い光がまぶしく映った。
モノレールが通り過ぎる瞬間、ちらっと顔を上げた男と目が合った気がした。乗客の顔が見えるはずがないのは分かっていたが、和馬は反射的に目をそらした。
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