浮き世に浮かれて

二十四のひとり(第21話)

合評会2018年04月応募作品

Fujiki

小説

4,036文字

作品集『二十四のひとり』収録作。合評会2018年04月(テーマ「春画」)応募作。
画像:『陰陽涅槃相』19世紀中期、土佐光成(偽作)、大英博物館所蔵。

クレオパトラの鼻がもっと低かったなら世界の歴史は変わっていただろう、とパスカルは言った。灰谷ドリアンのちんこがもっと短かったなら僕らの現在はもっと違ったものになっていたのではないか、と僕は問いたい。

灰谷ドリアンこと本名灰田幹男はいだみきおは戦前に活躍したAV男優である。あ、これ第三次世界大戦のことね。彼は二十代半ばにして神の三〇センチ(通称、神サーティ)を売りに一世を風靡し、大戦が勃発するまでの五年間に一日二、三作の撮影ペースで千本以上の作品に出演。中でも『ドリアンのア~ン♡と言わせて』シリーズは、報道番組が一掃された地上波テレビのプライムタイム枠でレギュラー放送されるほどの人気作となった。撮影の合間には講演会やメディア出演を積極的に引き受け、彼が講師を務めた汁男優養成セミナーは全国三十都市で開催されて好評を博した。

ドリアンは六本木の夜景を見下ろす高層ビルの最上階に居を構え、週末ごとに豪華なパーティーをもよおした。もちろんザーメンの慈雨が降り、女たちが潮を吹き散らす乱交パーティーである。無尽蔵に湧き出る精力を活かし、公私を分けず一人でも多くの相手を恍惚の桃源郷にいざなうことこそが博愛主義者としての彼の使命であるとドリアンは信じていた。僕も一度だけ彼のパーティーに招待されたことがある。童貞ブサメンの僕がどうしてセレブの集う灰谷ドリアンのプライヴェート・パーティーに呼んでもらえたかなんて、そんな野暮な質問はよしてくれ。昔、製パン会社で働いていたころ、僕は「ドリアンの白あ~ん♡ロングロール」という彼がプロデュースする菓子パンの企画に携わっていた。小麦の輸入価格が高騰したせいで結局実現にはいたらなかったけれど、ドリアンは会議があるたびに僕たちスタッフ一同を料亭やナイトクラブに誘って労をねぎらってくれた。彼が自由に語るアイデアを文書にまとめる役をしていた僕には格別に目をかけてくれていたのだと思う。

パーティーはまさに酒池肉林の饗宴だった。この物不足のご時世にどこからかき集めたのかと不思議に思うほど大量の食べ物と酒とドラッグが白いクロスをかぶせた長テーブルに並んでいる。肉に魚に高級食材の数々。輸入制限がかかったはずのドリアンやマンゴスチンなどの外国の果物まである。高らかとそびえるシャンパンタワーは、トリクルダウンがうまくいかずに酒がテーブルクロスに盛大にこぼれていても誰も気にする様子がない。賓客の面々はほとんどが既に裸で、どこを向いても肌色ばかりが目についた。部屋の一角では時の首相夫人が宝石だけをまとったあられもない姿で革張りのソファに寝そべり、クリスタル・メスでハイになった五人組売れっ子アイドルグループの男たちにザーメンをぶっかけられて悦に浸っている。また別の一角では、翼賛小説家が二つ切りにしたメロンの皮をはげ頭にかぶり、妓生キーセンのコスプレをした整形美女の股間に匍匐前進で突撃している。テーブルの端ではFカップの乳房を揺らす若いグラビアアイドルが周囲をキョロキョロと見まわしながらタッパーに料理を詰めてブランド品のバッグに押し込んでいたが、見咎める者はいなかった。

僕は有名無名の男女の肌をかきわけてパーティーの主催者であるドリアンの姿を探した。ヒステリックな笑い声と大音量のジャズ演奏にかき消されて頭の中の自分の声さえ聞くことができない。香水とマリファナのにおいと人いきれで呼吸するだけでも精いっぱいだ。僕は階段に座り込んだ酔っ払いやらジャンキーやらを踏まないように気をつけながら二階に登り、吹き抜けから会場を見渡した。ドリアンの姿はどこにもない。

二階にはドアの閉まった小部屋があった。寝室だろうか? ドリアンがどんちゃん騒ぎを離れて一人で休憩しているのかもしれないと考えた僕は、ノックをしようとドアに近づいた。

「その部屋はダメだ」

背後からするどい声が聞こえた。何も悪いことをしていないのに僕は反射的に身を縮める。おそるおそる振り返るとドリアンがいた。

ドリアンは全裸で、右手にシャンパングラスを手にし、既にだいぶ酒が回っている様子。今しがた発した声のするどさとは打って変わり、彼は人なつっこい笑顔で神サーティをぐいっと僕の前に差し出した。僕は先っぽのテカテカ輝く部分をつかんで握手した。

「寝室はいつも散らかってるから誰も入れないことにしてるんだ、兄弟」とドリアンは言った。名前を思い出せないとき、彼は相手を「兄弟」と呼ぶ。僕は傷ついた内心を笑顔で隠した。

2018年4月19日公開

作品集『二十四のひとり』第21話 (全24話)

二十四のひとり

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© 2018 Fujiki

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"浮き世に浮かれて"へのコメント 6

  • 投稿者 | 2018-04-22 20:29

    読後感は嫌いじゃないですが、冒頭はいったい……
    それはさておき藤城さんはいつも説明があと一歩親切じゃないのでもうすこしやさしい話を書いていただきたいです

  • 投稿者 | 2018-04-24 12:22

    パーティの描写の巧さに感動しました。実際「酒池肉林」をパシッと書ける実作者はなかなかいないので、楽しく読みました。

  • 投稿者 | 2018-04-25 00:08

    オスカー・ワイルドのパロディなのはわかりますが、引き合いに出された絵が凄すぎます(汗)世紀末の退廃を表現する乱交パーティーならヤクがつきものではとも思いました。生きるのに疲れている人々が精力ギンギンなのかなあ、ヤクでも決めないとできないのではと余計な心配をしました。
    それはともかく、偉大なちんこでのしあがり、時代の寵児となった男が、得意になればなるほど内面のちんこ(ってそりゃなんだ?)がグロテスクに萎びて行く、ワイルドもびっくりの設定だと思いました。さすがの発想です。
    春画は燃えない方がよかったです。

  • 投稿者 | 2018-04-25 04:50

    まず、最初に読む作品なのでここにぼくの出題者としての採点基準を表明させていただきます。今回は「春画」ということで、そのお題の捉え方を見させていただきます。春画とは何か、どういうものなのかを書いていただきたい、というのが出題の企図です。よって春画=エロい絵とか言う程度の浅い人は減点、逆に歴史的文化的背景や技術的な側面を掘り下げた場合はボーナスがあるかもしれません。自分は春画の本を手掛けたこともありますので、そっち方面はホームグラウンドでしたので人並みの造詣はあったります。破滅派は全員上手いのでレトリックの切れ味とか、人物描写、心理描写の良し悪しはぼくの「今回の」採点基準の主軸にはしません。感想は述べるかもしれませんが。

    さて、昨年度チャンピオンの藤城さんの作品ということで気合を入れて読まさせていただきました。題材は『陰陽涅槃相』ということで肉筆春画をモチーフに選択したのはさすがの着眼点ということで、しかも土佐光成贋作という具体的情報まで取り付けてある。それを背景に近未来のAV男優の生き様という破滅派らしい物語が綴られております。さすがは昨年度チャンピオンということで素直に敬服しつつ、最初に読んだので基準点とさせていただきます。プラマイゼロ。

  • 編集長 | 2018-04-26 12:29

    神サーティなどのパワーワードが炸裂しており、面白く読んだ。ただし、乱行パーティとドリアンのキャラクターが前面に出すぎており、春画はどうでも良かったかも?

  • 編集者 | 2018-04-26 12:53

    凄まじいドリアンの生きざまに感動する。春画が最後まで形として見えないのは、25歳の青年の生臭い思い出として良いのかもしれない。性器はいつまでも「良い」状態ではない、ということを、それも春画を通して確認させられるドリアンの心境は中々怖い物がある。

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