ガソリンスタンド

フィフティ・イージー・ピーセス(第1話)

Fujiki

小説

2,077文字

作品集『フィフティ・イージー・ピーセス』収録作。第137回時空モノガタリ文学賞入賞。

ぼくが働くガソリンスタンドはちょっと変わった場所にある。海の上だ。面積十平方メートル程度の小島で、本島から離れた沖合に浮かんでいる。もちろん自動車は一台もない。車がないのにガソリンスタンドだけあるってのも変な話だけど、ここは最初から離れ小島だったわけじゃない。ずっと昔に地殻変動が起こってガソリンスタンドだけ本島からちぎれてしまったんだって。もう何年も前に死んだチーフが教えてくれたことだ。ぼくがチーフを水葬にしてここから送り出してやったんだ。

チーフはいい人だったよ。ぼくがここに来たときには既に白髪頭のおじいさんだったけど、真っ黒に日焼けして、目玉がぎょろっとしていて、筋骨たくましい怪物みたいだった。腕ずもうでは結局一度も勝てなかった。ぼくはチーフからすべてを教えてもらった。魚釣りとか星座のこととか、単調な島の生活を楽しむために必要なあらゆることだ。潜水の技術を習ったあとは、よく二人で海にもぐって貝を拾い集め、太陽の下で焼いて食べたものだ。給油のしかたや接客態度も教えてもらったけど、それはまだ役に立っていない。

一人になって数ヶ月のあいだはずっと寂しかった。涙が出そうな日には、ガソリンを一滴だけ海にたらして一日じゅう海の中を覗いて過ごしたものだ。ガソリンをたらすと、目がつぶれんばかりに輝く海面がそこだけぽっかり穴が開いたみたいに底まで見えるようになる。あるとき、ぼくは大きなタコが海底のサンゴのあいだから太い足を出しているのを見た。ぼくはすぐに銛を携えてガソリンの穴から海に飛び込み、サンゴの割れ目に銛を突き刺した。ところが大ダコは足をさっと銛に巻きつけて小枝のように折ってしまった。ぼくはすぐさま退散した。脚までへし折られちゃたまらないからね。大ダコは暗がりから顔を出してぼくをまぶたのない目で見つめていた。ぎょろっとした大きな眼球が叡智を宿しているかのようにチラチラと輝くのを見てぼくは確信した。チーフが大ダコになって見守ってくれているんだって。その日以来、ぼくはもうちっとも寂しくなかった。

ぼくはいつも海の上にいるわけじゃない。日曜日にはガソリンスタンドを閉めて、本島で買出しや他の用事を済ませる。移動手段はスワンボートだ。スワンボートは慣れれば運転しながら本も読めるし、快適だ。それに足で漕ぐだけで動くところがいい。売り物のガソリンを無駄遣いせずに済むからね。本島には姉さんがいて仏壇を守っている。ぼくは日曜日の夜は実家に泊まって、月曜日にガソリンスタンドに戻る生活を何年も送った。

2017年12月25日公開

作品集『フィフティ・イージー・ピーセス』第1話 (全50話)

フィフティ・イージー・ピーセス

フィフティ・イージー・ピーセスの全文は電子書籍でご覧頂けます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2017 Fujiki

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

哲学

"ガソリンスタンド"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る