文豪は犬小屋にいる

応募作品

波野發作

ルポ

3,414文字

南の島から飛んできた青年は、爽やかな笑顔を残して都会の雑踏に消えていった。
「手ぶらで帰る」ことそれは参加者にとっては最も屈辱的なことではあるが、青年は不満を口にするでもなく、笑顔で現れたときのまま、同じ笑顔で去った。ただまあ、目は笑ってねえないつもw

「それがですね、トイレがないらしいんですよ」

青年は楽しそうに、数日後に泊まることが確定している知人宅についての不安を述べた。

古民家はあまり得意ではないのだろう。

山奥の収容所の部屋とどちらがマシか、それはあまり議論をしても仕方がないが、ただ、バス・トイレ付きな点だけは、ここの方がだいぶ上等であるとは言える。よかった。

「トイレがない賃貸住宅なんてありえない。共同のはあるのだろう」

「かもしれないですが、わかりません」

軽く語尾を跳ね上げる独特のイントネーション。断言しているのか、聞き返しているのか、ちょっとわからないが、どちらでもいいので気にしてはいない。音感は心地よい。だいたいそのあとに笑い声が続く。ジョークのときはそうなるのだ。

「楽しいですか?」

このイベント中、なんども聞いた。

「楽しいですよ」

なんどもそう返事が返ってきた。

実際我々はエンジョイしていた。チームの四輪は噛み合っている。有機的に動けるいいチームだ。だがしかし、とにかくトラブルが多い。

配線キックで何度も泣いた。

ちょっといろいろあって葬式ムードにもなった(何もなかったんだけど)。

データが壊れて電子書籍を何度も作り直した。

テーブルが崩れた。

 

その中の極めつけは、彼が上京してきたときと同じ重量の荷物を送り返すということだ。

前回、同じチームになったふくだりょうこの作品が審査員に選ばれなかった。

そういうこともある。五人しか審査員がいない中で、好みで小説作品を選ぶとなれば、11人は選ばれない。そこに優劣はない。あるのは運だ。

運のなかったふくだりょうこは、不運を涙で洗い流し、1ヶ月後の栄冠を勝ち取った。

ぼくにとって青年は、ふくだりょうこだ。このままでは済まさない。

 

青年の知人あるいは友人もまた、前回同じイベントに挑戦し、玉砕を経験した。そこにあったのもまた、運であり、不運であった。

その友人は1ヶ月後、異なる価値基準によって、あるべき地位を正当に得るに至った。もっとも本人はまったく望んではおらず、授賞式にも現れることはなかった。いや終了ごろに顔だけだしたのだったか。どちらでもいいことだが。

 

翌朝。荷物をまとめて朝食を取っていると、約束通り青年は食堂に現れた。

もう少し落ち込むかとも思ったが、いつもと変わらずひょうひょうとしている。

別段、なにかに当たるでもなく、失策を悔いるでもなく。

かといってあるがままを受け入れるというわけでもないように見える。

 

ぼくは雑談を交わしながら、昨日彼が作り上げた物語を思い返していた。

 

名もなき主人公は、富豪である。世界をまたにかける投資家だ。

幾人もの妻を抱え、世界中どこでも自由に自宅に帰れるというサービスを受けて暮らしている。

何を言っているかわからないだろう。これは現実の物語ではない。SFの類なのである。

近未来。しかし技術レベルは現代と変わらない。少し違うのは、医学の倫理観ぐらいのものである。

人々は、世界中を駆け巡っても、ドアをくぐればいつもの自宅に戻るという課題をクリアするために、クローン技術を応用したのだ。

各国の好きな街にマンションを買う。そこに同じ女性から作ったクローン人間を配置する。それが妻たちだ。

妻たちはお互いにテレビ会議などで連絡を取り合い、その夫がどの国のどの街のどの家に帰ったとしても、でかけたときと寸分違わない日常生活を提供してくれるのである。

これが〈クラウドハウス〉という新時代のハイソサエティなライフスタイルだという。

そして合理主義の主人公は、これを所有するのではなく、サブスクリプションで契約するというのだからこれは便利である。

なにしろ同じ顔の妻が何人いようと、飽きたら解約して、別の妻たちを迎えればいいのである。

夢のような物語。

 

青年はゆっくりを食事をとる。ガツガツ食べるくせのある私とは違うようだ。

私は結構食べこぼしが多く、あまり早くたべるものだから胃が荒れる。彼を見習ったほうがいいかもしれない。

彼の向こう側には体育会系の学生と思しき集団が、私のようにガツガツと食事をしていた。

 

名もなき主人公は、失脚し、妻たちの家を追われる。

そうして流浪が始まるのだ。一転惨めな生活を送るはめに会うのだが、主人公はしたたかに状況に慣れていく。

そして運命の出会い。

彼らは性別も世代も越えた新たな家族となって旅を続ける。

 

という物語だ。

だいぶ伏せているので何もわからないだろうが、それは買って読めば済む話だ。

『川の先へ雲は流れ』

https://bccks.jp/bcck/156976/info

どうだろうか。よくわからない?

それならもう一度読むといい。解決する。

 

青年を池袋の雑踏に残し、浅草橋の事務所へと帰る。そして長考。

「しかし、これを布教するのは骨だな」

思わず口に出てしまう。

ぼくはこの作品が審査員に突き刺さらなかったことが気がかりだった。

この作品は、スピードを落とさなければ見ることができない風景が仕込まれている。

短時間で16作品を審査するような状況にはマッチしないのだ。

だが、それでも彼の美意識はこの作品の完成度を選択した。そこに妥協はなかった。

与えられた時間でベストを尽くし、その条件下で最も理想に近い作品を作り上げた、とぼくは思っているし、そう感じることができた。それは今、ぼく以外の読者もそう思っていることだろう。

 

翌々日、空港で彼を捉えて話をした。

「間に合ってよかった。話がある」

「どうしたんですか?」

「英訳しないか」

「英訳?」

「そうだ。きみは英語が得意なのだろう?」

「そうですが、私は英→日が専門ですよ」

アナウンスが流れる。彼の乗る飛行機の搭乗が始まるようだ。

翻訳する場合、ネイティブがアウトプットを担当するのがベストである。

確かに彼がやっても英語化はできるかもしれないが、そのレベルの作品は、彼の美意識が許さない。

英語版は英語ネイティブに委ねなければならないのだ。

「つまり、ネイティブの翻訳者が見つかればいいということなんだね」

「そういうことです」

ぼくは、その場で知人に問い合わせて1万字の日本語小説を、英語にした場合の費用感を聞いた。

返事はすぐに来た。最新のレートは問い合わせないとわからないが、数年前で1文字あたり、0.06カナダドル。日本円で約6万円ほどだろうという。

「6万円ぐらいあればなんとかなるそうだ」

「手が届きそうで、届かなさそうな金額ですね」

「そうだなあ。オーディオブックにもしたいからその費用もあるし、なかなかね」

「やれやれですね」

ぼくたちの戦いはまだ続くが、前途は多難なようだ。

「では元気で」

「ええ。がんばりましょう」

握手をして、青年は搭乗口へと消えていった。がすぐに戻ってきた。

「いい忘れていたことがあります」

「どうしたんですか?」

「昨晩まで泊めていただいていたお部屋なんですが」

「ああ、大変なところだったとか」

「いいえ、とてもいいところでしたよ」

「ほうほう。やはり文豪になる漢は違うわけだね」

「ええそうです」

「そうだろうね」

「そうなんです」

じゃ、と青年は踵を返して、今度こそ搭乗口に向かっていった。

姿が見えなくなるところで振り返って、手を振りながらこちらに何かを聞いている。

「いくらでしたっけ?」

「ああ、6万円だ」

「6万円ですね」

「そうだいたい6万円ぐらいが相場だそうだ!」

「そうなんですね!」

「そうだ!」

「また来ます!」

そう言って青年は今度こそ本当に飛行機で、南の空へ飛び去っていった。

ぼくたちの戦いは1月末まで続く。

前途は多難だが、きっといいことがあるだろう。

破滅派よ永遠なれ!

藤城孝輔よ世界にはばたけ!

栄冠を君に!

 

ところで高橋文樹さん、折り入ってお話があるのですが、お時間いただけますか?

すぐに済みます。お手間は取らせません。ええ。

あ、十四号ありがとうございました。いつものように素晴らしい出来栄えです。

とても。あ、いやいや。お世辞なんかではないですよ全然。まったくもって。

 

続く。

2018年11月29日公開

© 2018 波野發作

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